そして悪魔は恋を識る5
「…いや、違、その…」
必死に否定しようとするルクレアの態度に余計惨めになる。
「ルクレア、お前も試合見ていたんだろう?…クソ、格好悪ぃ」
…ちょっと待て、俺。何を言ってるんだ。
これじゃあ、下僕相手に弱みを晒しているようなもんだろ。
例え内心どれだけ凹んでても、あくまで毅然とした態度でいろよ。
頭では分かっているのに、一度吐き出した言葉は止まらなかった。
「…あれだけ大口叩いといて、偶然の強風一つであのざまだ。…あぁ、だせぇ」
…何で、俺はこいつにこんなことを言っちまってるんだ。
俺は、何を期待しているんだ。慰められたいのか?
恨んでいる女かもしれねぇ、ルクレアに?
わからねぇ。――自分がルクレアに何を望んでいるのか分からねぇ。
けれど、わからねぇはずなのに、確かにその時ルクレアに晒したのは、全ての虚勢を取り払った素のままの俺の姿だった。
「――違うよ。デイビット。偶然何かじゃないんだ」
「…あ?」
突然発せられた言葉の意味が分からず、顔を顰めてルクレアを見ると、ルクレアは泣きそうに顔を歪めた。
「あの、強風は、シルフィが起こしたものなんだ」
タイミングよく起った、突発的な強風。――あれは、偶然じゃなかったのか?
「デイビットが負けたのは、私のせいなんだ…!!」
悲痛の表情で発せられたルクレアの言葉は、腑に落ちたは落ちたが、別段俺にとって衝撃的なものではなかった。
「――シルフィって、お前の風精霊か?」
「…うん。そう。…ごめんなさい。本当に」
そういってルクレアは、何かに耐えるかのように固く目を瞑る。
…いや、何を気にして身構えてんのかしらねぇが、別に大したことじゃねぇだろ。
「――たく、あの糞ガキ…どんだけ俺のことが嫌いなんだ」
…まあ、それでも多少ムカつくっちゃ、ムカつくけどな。
「…え」
唖然と俺を見つめるルクレアに、溜息を押し殺して首を横に振る。
「どうせ、あれだろ?大好きなご主人様を虐げる俺が嫌いだから、復讐のタイミングを狙ってたとかいう感じだろ…ったく、何つー的確なタイミングで嫌がらせしてきやがるんだ…あのガキ」
…あれだけ主人馬鹿だから、仕方ねぇっちゃ仕方ねぇかもしれないけどな。
くそ、この事態を想定して、予めルクレアに精霊に手出しさせねぇように、釘を刺して置くべきだった。
事前準備が足りな過ぎる。――舐めすぎたな、ルカ・ポアネスの実力を。これは、間違いなく俺自身に非がある。
「ち、違…っ」
「いい、いい。庇わなくたって、分かってる。てめぇが、自分から命令してきて、俺の邪魔何か仕掛けたりなんかしねぇことくらいわ。暴走したガキを止められなかっただけだろ?…別に怒りはしねぇさ」
自らの精霊が大好きなルクレアは、あくまでそれを自分の非にしようとしているようだが、別に庇わなくても、精霊を罰しようと何かしねぇから安心しろよと言いたい。
自分が負けた要因を、全て一つの要因のせいにするほど俺は落ちぶれちゃいねぇ。
しかしそんな俺の気持ちとは裏腹に、ルクレアの表情は一層苦悶に満ちたものに変わった。
「…違うんだよ。違うの…そんなんじゃないんだ」
「…あん?」
「本当に、私のせいなんだ…シルフィはただ、私の望みをかなえてくれただけなんだ」
そう言って俯いていた顔をあげたルクレアに、どきりと心臓が跳ねた。
そのバイオレットの瞳は、滲む涙で濡れていた。
「……私が、ルカに嫉妬したからっ…ルカに嫉妬して、デイビットが負ければいいと…ルカがデイビットに従って、自分が契約解除されたら嫌だって思ってしまったから、シルフィは私の想いに応えてくれただけなんだ…!!」
身を切る様な叫びと共に向けられるその瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ち、俺は狼狽えた。
ルクレアの泣き顔――それは、確かに俺が見ることを切望していた筈の表情だった。
ルクレアを泣かすことが出来れば、胸の奥に溜まった澱のような憎悪も、きっと晴れるだろうと、そう思っていた。
心から、愉快だとそう思って、笑えるだろうと、そう思っていたのに。
――初めて見たルクレアの泣き顔は、期待とは裏腹に、どうしようもねぇくらいに俺の胸を締め付けた。
どうしようもねぇくらいに、胸が苦しくて仕方ない。
「…不細工で情けねぇ顔してんじゃねぇよ。アホ」
頼むから、ルクレア――泣くな。