そして悪魔は恋を識る4
「――そうだ、ルクレア。ルカを従えることが出来たら、お前を下僕から解放すること、考えてやってもいいぞ」
それは、単純な嫌がらせのつもりで、発した言葉だった。
最初から『解放されるとぬか喜びをさせるだけして、考えてやってもいいって言っただけだ』と約束を反故するつもりで、俺はルクレアにその話を持ちかけていた。
正直に言うならば、多分それは八つ当たり故の行動だった。主人であるはずの俺ばかりが、ルクレアに振り回されている現状が、非常に不本意だったのだ。
お前も、俺の言動に振り回されれば、いい。
俺のことで、もっと頭を悩ませて、もっともっと俺のことを考えればいい。
俺ばかりが、お前に捉われているなんて、おかしいだろう?
そんな風に思って発した言葉は、俺の予想以上の効果をもたらすことになった。
「――…糞…格好悪ぃ…」
自信満々で臨んだルカとの戦闘は、最終的に俺の敗北で終わった。
途中不慮の突風が吹くというアクシデントがあったが、んなもん言い訳にもならねぇ。
…あれだけルクレアに大口叩いといて、この結果かよ。
情けなくて、涙が出そうだ。
試合が終わるなり、誰にも顔を合せたくなくて、一人で森に駆け込んだ。
滅多に人と遭遇することが無い森の中は、一人になりたい今の俺には最適な場所だった。
…自己嫌悪に浸るには、ちょうどいい。
近くにあった切り株に腰を溜息を吐いて、ぼんやりと虚空を眺めた。
……ルカごときを御せない俺が、本気で魑魅魍魎蔓延こる貴族の世界で成り上がることが出来るんだろうか。
5歳の頃から胸の奥に宿る野望が、遠くなっていくのを感じていた。
時間は、無限じゃない。だからこそ、5歳のあの日から、野望を叶える為に必死に努力を重ねて来た。
単に勉強が出来るだけじゃ、庶民出の文官なんてあっという間に潰されちまうだろうから、学問に重ねて肉体の鍛錬も怠らなかった。
一対一の試合だったら、どんな戦闘狂な奴相手だって負けないと思っていたのに…。
「――…っ!!」
溜息を吐いて俯いた俺は、不意に背後から感じた人の気配に、弾かれたように身を起こした。
誰かが、こっちに向かってきている。
だけど、滅多に生徒が足を踏み入れることがない森の中で、一体誰が?
しかもこんなにあからさまな気配を発しながらなんて…飢えた魔獣がいれば格好の獲物にされるぞ?どこのアホだ?
そっと木の陰に身を隠して気配の主を待つと、そいつは全く俺に気が付かずに脇を通り過ぎて行った。
――通り過ぎて行ったアホは、俺が良く知るアホだった。
木の根や、自分自身の足に持たれて何度も転びかけているアホの手を、後ろから掴む。
「……何してやがんだ、てめぇは」
顔のあちこちに擦り傷を作っていたアホは、何故か泣きそうな顔で振り返ってきた。
「デイビ…」
「アホか!?てめぇはっっ!!!」
アホに最後まで言葉を言わせることなく怒鳴りつけた。
「結界魔法も使わねぇ、精霊も連れねぇ、んな無防備な状態で森の中にノコノコ一人で入って来るとか、何考えてんだっ!!中級魔物は勿論、ただの野生動物だって不意打ちをつかれれば、死んじまうこともあるんだぞ!!実際、てめぇは俺がこんなに接近しても、気が付かなかっただろうが!!その程度の身体能力で、森の中に飛び込むとか、自殺行為以外の何もねぇだろっ!!」
アホだアホだと思っていたが、ここまでアホだったとは思わなかった!!
何かあったら本気でどうするつもりなんだよ、このアホ女!!
例え命に別状はなくても、一生残るくらいの傷を負ったりなんかしちまったら、女のお前には致命傷だろうが!!もっとよく考えて行動しやがれっ!!
「…ご、ごめん…」
…分かりゃあいいんだ。分かりゃあ。
身を縮ませて謝罪を口にするルクレアの態度に、少し溜飲が下がる。…たく、こいつは危機管理意識が甘すぎんだよ。
いくら魔法の才能があろうが、式の展開が間に合わなければ、非力な女でしかねぇこと、もっと自覚しやがれ。
「……で?んなに血相変えて、結界も忘れるくらい頭に血ぃ上らせて?何のために、森の中突っ走ってやがったんだ?」
「……そ、それは……」
「――まさか、試合に負けて落ち込んでいる、俺を探しに来やがったとか言わねぇよな?」
「…っ」
今ビクってなったところ見ると、どうやら図星だな。…畜生。
「……情けねぇな。おい。試合に負けて、下僕にここまで心配されるっつーのも……」




