そして悪魔は恋を識る3
『キャラを作っておりましたぁぁ!!本来の私めは、こんな感じのただのアホでございますぅぅ!!』
『ドエス願望叶えたかったからです!!ついでに乙女ゲームのヒロインであるエンジェちゃんの、恋の手助けになればとっ!!』
『だ、だって、悪魔様が、攻略対象どもに囲まれて、チヤホヤされたいって…』
『ほうほういははいへふははい!!(訳:調教言わないで下さい!!)』
ルクレアは、変な女だった。
びっくりするくらいに、本当に変な女だった。
被っている猫を一皮剥げば、その実態はどうしようも無く残念でアホな奴で。
『まだ、諦めるのは早いです。全員でなくても良いなら、私ルクレア・ボレアが全身全霊をかけて攻略キャラを複数人、下僕化して見せましょう!!』
変に前向きで明るくて、ちょっとやそっとの虐げ方じゃへこたれない、雑草のような図太さを持っていて。
『――馬鹿だねぇ』
『――ご主人様や、ご主人様の家族を、オージン程度に罰せさせるわけがないでしょうが』
『私がそんなこと許す筈がないでしょうが!!王族にだって、けして手出しなぞさせない。必要だったら、法だって捻じ伏せてみせる――どんなことをしても絶対に、守って見せるに決まっているでしょうが!!』
理不尽な隷属関係をあっさりと受け入れて、主である俺を全身全霊で守ると本心から口にしやがった。
分からない。理解、出来ない。
何なんだ、この女は。どういう脳内構造をしてやがるんだ。どっかおかしいんじゃねーの。
本当に変な女だ…だけど、そんなルクレアが嫌いじゃないと思ってしまった。
『ムカつく発言されたくなかったら、もっと私に優しくしてくださーい!!ぎぶみーラブ!!慈しみの心、ぷりーず!!』
『…どうよ、デイビット。私の脚本は?』
『…のおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!!』
『--はい、これあげる』
『テストの結果でデイビットが裏口かもとか言われないように、ちょっと過去問引っ張り出してまとめてみた。良かったら使ってよ』
ルクレアと接する時間が長くなればなるほど、ルクレアに絆されていく自分がいることに気が付かずにはいられなかった。
まるで犬のようなルクレアを、俺の行動に振り回されてコロコロと表情を変える姿を、可愛いと思ってしまう俺がいた。
当初は遠慮なく使ってやるつもりだった隷属魔法におけるペナルティも、使用を躊躇うどころか、使う気すら起きないまでになっていた。
…おいおい、ちょっと待てよ。俺。
こいつは、あのクレアかもしれない女だぜ?
俺を弄んで、消えない傷跡をつけた女である可能性が高いんだぞ。
何、絆されてんだよ。今こそ復讐の時だろうが。主人である立場を活用して、当時の俺以上の苦しみを味合せてやれよ。
復讐心が萎えかけている自分をいくら叱咤しても、つい先日まで恐ろしいまでの熱を持って筈の憎悪の炎が、同じように燃え上がることは無かった。
ルクレアの間抜けな顔が、どこか間延びしたような声が、脳裏に浮かぶ度に、胸の中に宿る炎が沈静化していくことを感じて、焦った。
……まあ、でも。実際に、クレアがルクレアと同一人物だという確証があるわけじゃねぇんだよな。
他人のそら似だということだって、十分あり得る。
もしそうだったら、俺のルクレアへの恨みは、単純に入学当初の複数の嫌がらせに対するものなだけで。正直あいつの嫌がらせは、対応が面倒だっただけで、別に俺自身は傷ついても苦しんでもいねぇし。下僕にして散々虐めてやったから、それで十分相殺できるレベルの話だ。
だから、もしこいつがクレアじゃねぇなら、別に絆されても問題ねぇんじゃないのか?…よくよく考えたら俺のクレアの姿形に関する記憶も怪しいもんだしな。なんせ10年以上も前の5歳のガキの記憶だ。そう考えたらと、記憶の中のクレアと実際のルクレアがあまり似ていねぇような気もしてきた。
段々、分からなくなってきた。
ルクレアが、クレアであって欲しいのか、欲しくないのか。
もしルクレアが本当にクレアだったら、クレアだという確証を得ることになったら、
その時は、俺は一体ルクレアをどうするのだろう。
どう、したいのだろう。