【番外編①】そして悪魔は恋を識る1
※デイビットがルクレアを好き過ぎて、ちょっと内心乙女っぽいです。本編のイメージが崩れる恐れがあります。
『――ねぇ、貴方、私のお友達になってくれる?』
5歳の春。
俺は、初めての恋を、知った。
10年以上も前の手酷い失恋を引きずっているといえば、人は笑う。
「そんな子供の気まぐれ、いつまでも気にしているなんて」と、苦笑する。冗談だと思って、大声で笑い飛ばす奴さえいた。器が小さすぎると、からかうように詰りながら。
だが、俺が今でも初恋の相手を恨み続けて、いつかあいつを見返すたびに本気で文官を目指しているのだと知った瞬間、どいつもこいつも浮かべていた笑みはひきつり、向けられる視線は異様なものをみるようない畏怖が混じったものに変わった。
「――そりゃそうやで。デイビット。普通の人間は、五歳の頃の初恋にそこまで固執できへんもの」
キエラはそう言いながらも、その目に好奇以外の感情を僅かにも滲ませることなく、からからと笑った。
「それが恋であれ、憎悪であれ、そこまで一人の人間を思い続けられるなんて『狂気』以外の何者でもあらへん――あんたは『異常』や。デイビット」
…普通の人間が口にすることを躊躇う言葉を、はっきり言う女だ。
喜悦混じりのキエラの言葉に舌打ちをするが、それでも本気で不愉快にはならない。
キエラの言葉に込められているのは、紛れもない「親愛」の感情。
自分を「異常」だと忌み嫌うこの女は、同じ痛みを分けあえるような同類に飢えている。なぜ備わったのか分からない隷属魔法の能力も含めて、こいつは俺が異常であればあるほど喜ぶのだ。
哀れな女だと思う。――だけどそんなキエラを、俺はけして嫌いじゃない。寧ろ、その歪んだ喜悦を隠さないで俺に見せてくるところに好感を持てる。
まだ出会ったばかりだが、それでもキエラとは良い友人になれると密かに確信していた。
「――で、キエラ。頼んだ情報はどうだ?」
「あー、あれな。やっぱり無理だったわ」
予想通りの返答。だがそれでもどうしても落胆は隠せない。
そんな俺を眺めながら、キエラも溜め息を吐いた。
「さすがボレア家。悔しいとも思えへんくらい情報規制は完璧やわ――どれだけ探っても、一般的に公開されとる以上の情報は得られへんかったわ」
再び舌打ちが口から漏れる。
ルクレア・ボレア
…腐ってもボレア家直系令嬢だ。そう簡単に情報は探らせてはくれねぇか。
『――貴女が、エンジェ・ルーチェかしら?』
昼間、一人で廊下を歩いていたら、背後から突然声を掛けられた。
あからさまに悪意が滲んだ聞き覚えがない声に、厄介ごとかと警戒心も露わに眉を寄せた俺は、振り返って声の主を目に留めた瞬間、頭の中が真っ白になった。
緩やかに巻かれた、鮮やかな金色の髪。
猫のようにつり上がった大きなアーモンドアイの中で、輝くヴァイオレットの瞳。
真っ直ぐ筋が通り、つんと尖った形良い鼻。
赤く色づいた、少し厚みがある唇。
雪のように真っ白な、透明感がある肌。
まるで毒花のような、艶やかな美しさを持った女が、目の前に立っていた。
俺は咄嗟に何も言葉も返すことが出来ず、呆然とその女を凝視していた。まるで縫い付けられたかのように、女から視線が離せない。
そんな俺の態度に、女は嘲るようにその赤い唇の端を吊り上げた。
『――身の程知らずな庶民は、高位貴族を前にしても、挨拶の言葉1つまともに言えないのかしら?』
馬鹿にするような言葉に、ようやく我に返った。
…ちょっと待て、俺。何を見惚れているんだ…こんな性悪そうな女に。
俺は動揺する気持ちを抑えて、女に向かって真っ直ぐに射抜くような視線を向けた。
『――あら、この学園の中では生徒は身分は関係なしに、皆平等だと伺っていたのだけど、私の記憶違いかしら?』
そして挑発するように、口端を上げる。
『対等な物同士の間では、声を掛けた方こそ先に挨拶をするべきだっていう常識、まさか高貴で教養深いお貴族様が知らないわけないわよねぇ?』