それぞれの恋の行方15
本日二度目の更新です。
ぽつりと呟くようなその声を、私は上手く聞き取ることが出来なかった。
「いや…それよりお前は、俺がずっとお前を恨んでいるのを承知で正体ばらしたんだ。…覚悟はできているんだろうな」
パキリと指の関節を鳴らしながら、睨み付けられ、サッと血の気が引く。
や ら れ る。
…ああ、でも、因果応報、自業自得だ…!!それでデイビットの気が済むのなら、私は拳の一つや二つ、甘んじて受け入れようじゃないか…!!
「…に、煮ようが焼こうが好きにして!!」
私の言葉に、デイビットはにいっと口端を吊り上げる。…まさに悪魔の笑みとはこのことだ。
「いい度胸だ…歯ぁ食いしばって、目瞑っとけ」
覚悟を決めて、目を瞑る。
ええい!!好きなだけ殴ればいい…だけど、その代わり出来たらこれからも傍にいさせてね…!!愚痴愚痴いつまでもいつまでも詰ってくれて構わないからさ…!!
しかし、私を殴るはずのデイビットの手は、ただ私の頬をそっと掴むのにとどまった。
…え
そして次の瞬間感じたのは、唇に触れる柔らかい感触。
――…えぇーっ!!何ゆえ、ここでマウス・トゥ・マウス!?
今、この状況で、私にフェロモン魔法をかけたところで、何にもならないと言うのに。
だけど、いくら身構えても、あの時のように脳髄を溶ろかすような甘い香りは漂ってこない。
二度目のキスは、本当に、ただの口づけだった。
「…デイ、ビット?」
「――愚姉と入れ替わったら、俺はひたすら勉強して、次の文官試験を受けるつもりだ。それに合格して、文官として働いて貴族を目指す――11年前、お前に宣言した通りに、な」
困惑する私に、唇を離したデイビットが息がかかる距離で目を細める。
「自力で貴族の身分を勝ち取ったら、誰も文句は言わねぇだろ」
「…文句って、何の?」
「…11年前、話したあれだよ」
11年前話したあれって――…っ!!
その言葉が何を指すか気付いた瞬間、かあっと耳まで真っ赤になるのが分かった。
「なあ、ルクレア」
そんな私の様子を眺めながら、デイビットは不敵に笑った。
「最後はボレア家当主まで上り詰めるっつーのも、野望の到達点としては十分過ぎると思わねぇか?」
―――――――――
(…あ、世界が壊れた)
自分が作りあげた世界の一つが壊れた気配に、創造神はコンピュータを操る手を止めた。
面倒くさいことになったと、溜息を一つ吐く。
神の役割は世界を作り出すこと。その後世界がどうなろうと、その世界に生きるもの達の自己責任で、神の知ったことではない。
だけど、世界が壊れた場合は別だ。一つの世界が壊れて無くなった場合、放っておくとそれは他の世界にまで影響を及ぼしてしまう。世界の数は、バランスだ。これ以上多くても、少なくともいけない。無くなった以上、補完するのが神の役割だ。
ああ、だけど面倒くさい。一から世界を全て作りだすことはかなり骨が折れる作業なのだ。
ふと神の視線が、先程まで興じていたコンピュータゲームに向く。場面に映し出されているのは、デフォルメされた人間の女性体が、男性体に求愛されているシーン。【仮宿主】が好んでいた、「乙女ゲーム」と呼ばれる恋愛シミュレーションゲームだ。
そう言えば、【仮宿主】が好んでいた携帯小説に、こんなゲームの世界に転生する者があったな、と思い出す。
長すぎる生の退屈しのぎに、時たま自分で作った世界に降り立って見るのだが、今回の世界を訪れた時、たまたま交通事故で魂が解離しかけている丁度良い【仮宿主】の体があった。魂が抜ければ、体は朽ちる。魂があれば、体を借りれない。まさにそれは、神の仮宿にするのにちょうどよい体だった。
事故で体は損傷を負っていたが、それを修復することなんて造作がないこと。ついでに人気がない夜道で唯一の事故の目撃者である、運転手の記憶も消しておいた。可哀想なくらいに震えていたから、きっとそれは彼にとっても幸いなことだろう。
だけど修復したとはいえ、一度魂が抜けかけた体だ。そう持つものではない。持って一週間といった所だろうか。一週間もすればゆるりとこの体は自然死を迎えるだろう。…その間、少し借りよう。
一週間、神は【仮宿主】として生活し、【仮宿主】の仕事をして、【仮宿主】が好む遊びをして、【仮宿主】の視点から世界を観察していた。今乙女ゲームをプレイしていたのも、その一環である。なかなか、興味深いものだ。
ふと、神は思いつく。
そうだ、【仮宿主】の好んだ小説を模してみよう。新しく創り出す世界は、今まさにプレイしているゲームを元にするのだ。一から創り出すより、その方がきっとずっと楽だ。そうだ、そうしよう。
せっかくだから、体を貸して貰ったお礼に、まだ体に抜けかけたまま残っている【仮宿主】の魂を、小説のようにゲームの悪役キャラに転生させてみようか。…ああ。二軒先の家でちょうど今抜けかけている別の魂の気配を感じる。この魂はヒロインにしてみよう。そうだ、なかなか面白い。
そうやって面白がって神は新たな世界を創りあげたが、創りあげるだけ創りあげると、すっかり満足して、束の間体を借りた仮宿の魂のその後のことなんて、全く気に掛けることもなかった。
気まぐれで、飽きっぽい。それこそが神の本質だから。
そしてまた、退屈しのぎのように、また別の世界に繰り出す。
…そう、それはただの神さまの気まぐれ。
ゲームの登場人物と同じ姿と設定を持って生まれた人間たちに、特別な使命も何もなかった。深い意味なんか、そこに存在しなかった。
――それでも。
「…二年になればエンジェがこの学園に来るのか…ふふふ。待ち遠しいな。その時までに、私がエンジェの傍にいても、絶対に彼女に害を及ぼさない環境をちゃんと整備しておかないと…」
「トリエットさん、トリエットさん!!大好きです!!」
「…何十回、何百回も聞いたわ。その言葉……ああ、最近ちょっと絆されてきている自分が嫌だわ。私はお姉様一筋のはずなのに…」
「…ちっ…ルクレア嬢。やっぱりあの人が一番の敵か…」
「ちょっと、貴方!!お姉様に何かしたら許さないわよっ!!」
「…また、来たん?あのこんなこと言うのもなんやけど…お金大丈夫何ですか?」
「ああ、大丈夫だ。最近、ギルドの高額依頼も楽にこなせるようになったからな」
「…何で、そこまで」
「だって金がねえと、キエラに会いに来られねぇからな」
「え」
「あ…わ、忘れろっ!!」
「ちょ、ちょっと待ってや!!ポアネス卿!!」
「…友人だからって、恋をしてはいけない道理はないよな。ルクレア。…せめて卒業するまでの間くらいは」
「エンジェ嬢…俺は諦めんぞ…」
それでも、特別な使命なんて持たない登場人物は、自分達だけの特別な生を必死で生きていく。
「ねえ、デイビット…それってどういう意味?」
「…分かるだろう。察しろ」
「分かるけど――言って、欲しい」
「デイビットの口から、聞きたい――答え合わせがしたいんだ。私が期待しているそれが、本当に正しいのか」
「――好きだっていう意味だよ。…言わせんな、馬鹿」
特別な恋を、していく。