それぞれの恋の行方10
ベッドに寝転がりながら、携帯電話を開いてスクリーンをひたすら睨み付ける。
ディスプレイに表記されている名前は、「悪魔様」最初に登録した頃のまま変わっていない。
…あれ、この状況なんかデジャブ。
だけど、あの時と決定的に違うのは、私の心境。あの時と違って、今の私は確かにデイビットに恋をしている。恋をしている自覚がある。
だからこそ、よけい電話をするのが躊躇われる。…デイビットは、実家に帰ることを私には教えてなかった。もし今私がデイビットに関わることが、迷惑だと思われていたらどうしよう。そう考えると、どうしても通話ボタンを押すことが出来ない。
思わず、口から溜め息が漏れた。
――恋をすると、人は臆病になるっていうけど、本当だ。たかだか、電話。以前は単に自分のプライドが傷つくのが嫌だっただけなのに、今は電話をすること自体が、怖い。それが原因で、デイビットに嫌われたらなんて、そんなマイナス思考に陥ってしまう。
…ああ、もうこんな自分が嫌だ。うじうじうじ考えても何も変わらないっつーの。
現状を確かめるなら確かめるで、きっぱり諦めて帰還を待つなら待つで、いい加減心を決めろよ!!私!!
しかし内心でいくら自分を叱咤しても、結局考えは堂々巡り。ただひたすら携帯を睨み付けるだけで、時間が流れて行く。
「…そもそも、デイビットが悪いよね」
自分を責めるのは精神衛生上、あまり良くないと思うので、敢えて場面を見ないようにして携帯電話を指先で弄りながら、全ての責任をデイビットに丸投げして拗ねることにする。
私に一言もなく、勝手に実家に帰るデイビットが、そもそも悪い。そんなことをするから、不安になるんだ。ちゃんと言ってさえくれていれば、私も良い子で行儀よくステイできるんだ。
私を不安にさせた責任を持って、デイビットよ、どうか――
「っ!!」
不意になりだした携帯音に、慌てて携帯を見直す。
スクリーンに表記された、名前は「悪魔様」
…天に願いが通じたあああ―――!!!なんというナイスタイミング!!神様、悪魔様、ありがとうっ!!
思わず顔がだらしなく緩みだすのを、自身のほっぺたを叩いて落ち着かせながら、着信音が切れる前に慌てて電話に出る。
「――デイビット?」
『…ルクレアか』
電話ごしに聞こえる、デイビットの声に胸の奥が疼く。
…うわあ、デイビットだ。久しぶりの、デイビットの声だ…!!
「デイビット、実家に帰ってるんだって?大丈夫なの?何か、あった?」
『…ああ、大丈夫だ。もう解決した。明日には、学園に戻る』
…良かった!!特に何も問題ないっぽい!!いや、問題あったかもしれないけど、もう解決したっぽい!!
そして、明日にはちゃんとデイビット戻って来るんだ…!!良かったー。本当良かったっ!!
口元がにやけるのを抑えられない。…何だ、何も心配することは無かった。
明日から、また、同じ日常が返ってくるんだ。
森に出向きさえすれば、いつでもデイビットに会いに行ける、そんな当たり前の日常が。
『で、だ。…明日の放課後、お前に話したいことがあるんだ』
「え?」
『明日の放課後、森に来れるか?場所はそうだな…先日茶をした切り株の辺りでいいか?』
「っ行く、行く!!こないだの、あそこね!!明日授業終わり次第、すぐに向かうわ」
『ああ、頼んだ。…それじゃあ、明日な』
耳元で、ぷつりと携帯電話が切れる音を聞きながら、暫し呆然とする。
呆然としながら、じわじわと胸の奥にどうしようもない程の歓びが湧き上がってくるのを感じていた。
「…やったああああ!!」
携帯を放り投げた、湧き上がるパッションに任せてベッドの上をごろごろと転がる。
明日、デイビットと、会える…!!
久しぶりにちゃんと、話が出来る!!
そう考えたら、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。…あまり自覚は無かったがどうも思っていた以上に、デイビット不在の一週間に参っていたようだ。
なんだよ、さっきまでウジウジしてたのに、デイビットの声を聴いた瞬間、こんなにはしゃいじゃって。馬鹿じゃないの、私。どこの恋する乙女だよ。柄じゃないってば。
そう思うのに、口元のニヤニヤはどうやったって止まらない。
…良いの。私、17歳だから。前世の記憶があっても、私自身の体も情緒も、17歳だから。
17歳は、乙女の分類に入っても許される年齢だから、私が恋する乙女になってたとしても別にかまわないでしょう?
「…しまった。こんなことをしている場合じゃない!!」
ハッと我に返って、慌ててベッドから身を起こした。
明日、デイビットに会うなら、あらかじめコックに言ってまたパフェを作って貰わないと。
あ、せっかくだからメイドさんにいつもより少し時間を掛けて、髪を結って貰おう。お洒落したい気分なんだって、そう言えば気合を入れた髪型にしてくれるはず。
まだ、就業時間中だから、今ならコックもメイドさんも、持ち場にいる筈。急げ、急げ。
ベッドから降りて、気の置けない使用人たちに頼みごとをすべく、いそいそと部屋を後にする。
明日、デイビットに会ったらまず、開口一番で黙って実家に戻ったことの文句を言わなけば。
それで、状況確認して、ちゃんと話して。
二人でパフェ食べて。
それから、それから、えっと…
――久しぶりのデイビットとのコンタクトに浮かれる私は気づかなかった。
電話口のデイビットの声が、不自然なまでに固かったことを。
森に誘う声が、どこか痛みに耐えるように苦しげだったことを、私はその時少しも気づくことなく、翌日の邂逅が愉しいものであることを信じて疑っていなかった。