それぞれの恋の行方9
…やらなきゃいけないこと?
一体何なのだろうか。わざわざあんな辺境の地まで戻って、何日もかけてしなければならないことって。家族関係の何かかな?
まあ、なんにせよ、デイビットの身に何かあったわけではないようで良かった。
身内に何らかの不幸があった可能性も捨てきれないから、完全に安心は出来ないけど、それでも取りあえずほっと安堵の息を吐く。
「…しかし、ルクレア様知らんかったのは、正直意外ですわ。エンジェも言っていけばいいのに」
ぼそりと告げられたキエラの言葉が、胸に突き刺さる。
…本当だよねっ!!デイビットめ、私に一言くらい、先に言っておいてくれればいいのに。
姿見えなくて、私が心配することとか、ちゃんと考えて置いてくれよ。自称、私の飼い主なんだからさ。ペットメンタルケア、これ大事です。飼い主の姿が長時間見れないと、ペットは不安になっちゃうよ?くぅん…くぅん…鳴いて淋しがるよ?…まあ、あくまでペットの話だから、別に私の話ってわけじゃないですが。はい。
「まあ、心配せんでももう暫くすれば帰ってくると思いますよ。…で、ルクレア様。情報料代わりにちょっと聞きたいことがあるんですが…」
そう言って、突然真面目な顔で榛色の瞳を向けるキエラに、たじろく。
…さっき、タダでいいって言ったじゃん!!
勝手に納得して、情報漏らしたんだから、この場合契約は不成立デスよ?私、答える義務ありませんよ?
だから、例え請求されたとしてもボレア家の貴重な情報なんて、絶対に漏らさないからな…!!
しかし身構える私に、キエラから掛けられた問いは、完全に予想外の物だった。
「――ルクレア様って、【銀狼の再来】と親しい関係だって、ほんまですの?」
……うん?
「【銀狼の再来】…ルカのことかしら?」
普段のヘタレわんこっぷりに、巷で知られている通称がいまいちしっくり来なくて思わず確認してしまった。
そんな私の言葉に、キエラは眼鏡の奥の目を見開いた。
「…下の名前を呼びあえるくらいの仲っちゅーわけですね」
「呼び合えるって…」
「以前、ポアネス卿が電話で、ルクレア様の名前を呼び捨てにしてはるのを聞いたことあるんですわ」
…まあ、よくよく考えてみれば確かにルカの私の呼び方って、呼び捨てだな。あんま考えたことなかったけど。寧ろ敬称使えんのか、こいつって思ってたくらいだから、特別気にしたことなかったわ。
ルカの普段のツン状態における態度の悪さを思い出して、遠い目をしていると、キエラがどこか痛みを耐えるかのような表情で目を伏せて、溜息を吐いた。
「そっか…やっぱり、仲ええんやな…ルクレア様とポアネス卿」
……おんや?
「…仲がいいって言っても、あくまで友人としてですわよ」
「…え」
「私もルカも、お互いに男女として意識したことなぞ、一度もありませんわ」
私の言葉に、キエラの頬が僅かに紅潮する。こころなしか眼鏡の奥の目が輝いている気がする。
…おんやおんやおんや?
私は思わずにやけそうになる口端を、懐から取り出した扇子で隠した。
この反応はひょっとするとひょっとするんじゃないか?
…ちょっと、揺さぶってみるか。
「それに例え、私がルカを異性として意識したところで――ルカには、熱烈に片思いしている女性がいるようだから、とても私に靡くとは思いませんわ」
「片、思い…?」
「そう」
私は複雑な表情を浮かべるキエラに、意味深な流し目を送りながら笑いかけた。
「…何でも17の誕生日の直前、暴漢に身ぐるみ剥がされて困っていた所を、助けてくれた女性だとか。キエラ、貴女、恋愛特化の情報屋として、何かご存じかしら?」
「…っ!!!!」
そう言った瞬間、キエラの顔が耳まで真っ赤に染まった。
―ルカ、これ貸し1な。いつかきっと、その体で払って(肉体労働的な意味で)恩返ししろよ?
完全に一方通行だと思っていたわんこの恋だが、キエラの反応を見る限り、存外脈がありそうである。出来るだけ応援してやるとしよう。