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それぞれの恋の行方4

 マシェルを見据えてそう言い切ってから、そのまま頭を下げたら、もう顔が上げられなくなった。

 マシェルが今、どんな顔をしているのか、見るのが怖い。

 私の返答を聞いた瞬間に垣間見たマシェルの顔は、確かに傷ついていた。

 数泊経った今、返事を聞いた直後よりもさらにマシェルの痛みが増しているかと考えたら、爪が食い込むばかりに握り締めていた拳が震えた。マシェルの方を、見られない。


 沈黙が、その場を支配する。

 一秒が、一分にも、一時間にも思えた。


 ふいに降るように聞こえて来た溜め息に、びくりと体が跳ねた。


「――予想はしていたが、きつい、な」


 ぽつりと呟くように発せられたマシェルの声に、くしゃりと顔が歪むのが分かった。

 胸が、痛い。

 切なげなマシェルの言葉が、どうしようもなく、苦しい。


 そんな私の頬に、そっとマシェルの手が添えられた。


「…顔をあげてくれ。ルクレア」


 一瞬躊躇いを覚えながらも、それでも促されるままに顔をあげて、再びマシェルと顔を合せる。

 悲しげな色を帯びたマシェルの青い瞳が、私のそれとかち合う。


「ルクレア――ありがとう」


 どうしようもない程の悲痛の感情をその瞳に滲ませながらも、それでもマシェルは、私に笑いかけた。

 笑って、私に言った。


「私の気持ちを聞いてくれて、ちゃんと向き合って考えてくれたことに、心から感謝している。――ありがとう。ルクレア」


 告げられた感謝の言葉は、どんな罵りの言葉よりも、どんな嘆きの言葉よりも、深く鋭く私の胸を抉った。


「――何で…」


 聞いてはいけないと思った。

 聞いてしまえば、もっとマシェルを傷つけてしまうと、心の奥で別の自分が叫んでいた。


 けれども、どうしようもなく胸が苦しくて、向けられる想いに応えられないことが辛くて仕方なくて、思わず口にしてしまった。


「…何で、私なんかを好きになったの…っ!?…マシェル…」


 その問いは、きっとマシェルの想いを侮辱することになるかもしれないのに。

 分かっていても、口が勝手に動いて止まらなかった。


「私…はっきり言って、性格良くないよ…っ…マシェルの気持ち、ずっと知ってた。知ってて、敢えて、見ないふりしてた…向き合うのが怖くて、悪者に、なりたくなくて…っ」


「…ああ、知ってる」


「…普段だって、本当は色々ドジだったり、アホだったりするのに…人前では演技してお高く振る舞って…周囲の皆騙している…!!」


「それも、知っている」


「っ…精霊達だって…最初は自分の欲を満たす為の道具だとしか考えてなかった…!!…無理矢理契約させたのに、従わない精霊達に腹を立ててあたり散らしてた…!!自分の為なら、そんな風に平気で他の存在を利用出来る、そんなひどい女なんだ…!!」


「それは初耳だが…だけどお前は今もそんな風に精霊達を想っているのか?」


「っ違う!!…けど…」


「ならば今さらだろう。過去のことをいくら言われても、それが今のお前を貶める理由にはならない。少なくとも、今のお前は心から精霊達を想っているように私は思う」


 懺悔するように吐き出す、『マシェルが私を嫌いになる理由』を、あっさりと潰していくマシェルに、一層胸の痛みは増していく。

 嫌いになって欲しかった。…私の正体を知って幻滅するくらいのその程度の気持ちでいて欲しかった。

 それか――…


「…お前は何故だと聞くが、人を好きになるのに理由はいるのか?理由がないといけないと、そう思うのか?」


 微かに首を傾げながら告げられたマシェルの問いかけに、言葉に詰まった。


 人を好きになることに理由なんか、いらない。――寧ろ、理由なんかない方がいい。

 もしそこに理由がなければ、マシェルの私に対する想いを、私は割り切ることが出来るから。


 マシェルの私への思いは、全ては乙女ゲームから出来た世界の「強制力」によるものだと。

 私が本来はエンジェがとるべきだったはずのポジションを奪ってしまったが故の、ただの刷り込みだと、そう思える。


 本物の恋ではなくて、ただの錯覚だったんだと、そう。例え今一瞬傷ついたとしても、すぐに魔法が醒めたように傷が癒えるのだと、そう思い込むことが出来る。



 ――ああ、私は酷い。本当に性格が悪い女だ。


 ここまで来てもなお、自分を守りたいがために、マシェルの気持ちと真っ直ぐ向き合わずに逃げようとしているだなんて。


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