それぞれの恋の行方1
12の頃、懇意にしていた人型の高位精霊に、主従契約を持ちかけた。
人型の高位精霊と契約は非常に難しいことを知っていたが、正直に言えば当時の私は当然のように承諾してもらえるものだと思い込んでいた。
私は生まれつき非常に強力な氷属性を持っていて、氷精霊には無条件に好かれ常に特別扱いを受けていたからだ。
しかしそんな私の驕りを嘲笑うかのように、かの精霊は首を横に振って契約を拒絶した。
『氷ノ愛シ子ヨ。我ハ確カニソナタガ好キジャ。ダケド、今ノ未熟ナソナタト契約ヲ結ブ気ハ無イ――十年後ニ、出直シテオイデ』
発せられた言葉も、向ける視線も、慈愛に満ちた優しいものだったが、ショックだった。
氷属性の精霊に拒絶される。それは、生れて初めての経験だったからだ。
どうしようもなく狼狽し、プライドを傷つけられた私は、黙ってその場から逃げ出した。そして情けないことに、それ以降私は氷精霊との接触を避けるようになった。
――大丈夫だ。精霊に拒絶されても、私には氷魔法の才能がある。
精霊になんて頼らずとも、魔法を磨けば、そちらの方がよほど使い勝手が良い力になる。
傷ついたプライドを癒やすように我武者羅に行った魔法訓練は、私の氷魔法の才をより確かなものにして行った。
いつしか当代随一の氷魔法の使い手だと讃えられるようになっていったが、それでも私の中に生まれた劣等感は消えてくれなかった。
寧ろ氷魔法の能力を褒められれば褒められるほど、これほど能力が高くても高位精霊は受け入れてくれないのかと、劣等感は増す一方だった。
そんな時だった。進学した魔法学園で、「ルクレア・ボレア」と出会ったのは。
【ボレア家の令嬢は、精霊を手なづける天才だ】
幾度も幾度も、周囲の人たちがそんな言葉を口にするのを耳にしていた。
僅か五歳にして、属性の異なる4種の人型精霊を従えた、無属性の少女。
属性が異なるが故に反発する精霊達を、その能力を駆使して完璧に調教して、誰もが驚くほどに従順な駒に仕立てあげたという。
ルクレア・ボレアの名を風の噂で聞くたびに、焼け焦げるような劣等感で胸が疼いた。
精霊に愛されている属性を持っていないのにも関わらず、それでも四体もの精霊の主になったルクレア・ボレア。
精霊に愛される属性を持ちながら、ただ一体の精霊の主にすらなれなかった自分。
一体私とその女の、何が違うというのか…!!
そんな密かに妬心を燃やしていた存在と、たまたま入学式で隣合わせの席になった。
『初めまして…ですわね?マシェル・メネガ卿。貴方の非常に優秀な噂は、かねがね聞いていますわ』
ルクレアはその華やかで威圧的な美貌を私に向けながら、その血のように赤い唇を歪めて笑った。
『――所詮誇張された、噂。…貴方がそんな風に揶揄される存在じゃないといいのですけど』
馬鹿にするように発せられたその言葉を聞いた瞬間、私は一瞬にして、目の前の女が嫌いになった。
傲慢で、生意気な女――何で、誇り高い人型の精霊達が、何でこんな女に従っているのかが理解できない。
…ああ、そうだ、きっと無理矢理従えたのだ…!!力で、契約による強制力で精霊達を縛って、その思考ですら無理やり変えさせたに決まっている!!じゃなければ、精霊達が――私の契約ですら拒絶する精霊達が、こんな女を主として認める筈がない…!!
なんて、非人道的な悪魔のような女なんだ…!!許せない…!!
対峙した瞬間から際限なく膨んでいく劣等感は、自分にとって都合が良い荒唐無稽な妄想を、私に肯定させた。
私にとってルクレアは、悪でなければならなかったのだ。ルクレアが正当な方法で、精霊の主になったことを私は認めたくはなかった。それを認めることは、私がルクレアより劣った存在であることを、認めることに他ならないからだ。
『――少なくとも、貴様の噂程は誇張されていないと断言できるな。かの有名なルクレア嬢が、貴様のような人物で、非常に残念だ』
私はルクレアを悪として貶めることで、自らの胸の内にある負の感情を肯定しようとしていたのだ。