アルク・ティムシーというドエム43
「現段階で俺が隷属魔法を使っているのは、こいつだけだ。つまりお前は唯一の被害者も望まない状況で、ただのおせっかいな正義感故に騒ぎ立てるということになるな。その為に、ボレア家である、こいつを敵に回して。……馬鹿馬鹿しい話だと思わねぇか?」
「っ…」
「状況を理解したなら、引っ込んでろ。優男」
完全に打ちのめされているマシェルを嘲笑いながら、デイビットが私に向かって手を差し出す。
「――来い、ルクレア」
――悪魔だ、悪魔がいる…っ!!
私に自ら手を取るように仕向けるとか、デイビットどんだけマシェルを追い詰める気なの!?
私が言うのもあれだけど、やめて、やめてあげて…!!マシェルのライフはもう0よ…!!ついでに私の罪悪感もMaxでゲージ振り切れそうよ…!!
思わず固まってしまった私に、機嫌が急降下したデイビットが舌打ちをする。
「…そろそろこの辺りまで来てるはずだから、さっさとしろ」
……あ、そうか。デイビット鬼ごっこの最中だ。アルクを撒いて、ここまで来たわけか。
このまま迷っていたら、アルクが追い付いて、デイビットが捕まってしまう。
そうなったらデイビットは、アルクのパートナーになる。…それは嫌だ。
「……ごめん、マシェル」
私はマシェルから離れて、デイビットの手を取った。
にんまりと満足そうに口端を吊り上げるデイビットと、絶望に顔を染めるマシェル。
やめて、やめて
そんな、顔をしないで
お願いだから、マシェル。傷つかないで
私のせいで、傷つかないで
「よし、走るぞ、ルクレア。ついて来い」
「………」
オージンにパートナーを申し込まれた時と、脳内で情景がリンクした。
連れ去ってくれる誰かに身を任せて、マシェルを傷つけたまま、逃げ去る私。
――良いのか?本当に、これで
逃げて、誤魔化して、見ないふりをして、傷つけて
本当に、それで良いのか?私
胸を張って、自分は正しいと、それによって生じた全てを潔く受け止めることができると、そう思えるのか?
デイビットが足を向けるも動かし始めた。考える時間は、ない。
立ち竦むマシェルの脇を横切りながら、叫ぶ。
「――明日の、放課後!!ここで、さっきの話の続きを、しよう!!」
弾かれたように私の方を向いたマシェルに、今の私のできる精一杯の微笑みを向ける。
気品とか優雅さとかにはほど遠い、情けないまでに引きつった笑みを。
「マシェルの言いたいこと、全部聞くよ!!話せることは、全部話す!!だから、明日放課後ここに来て!!」
マシェルを傷つけなくて済む選択肢なんて、思い付かない。どうやっても、私はマシェルを傷つけるだろう。
ならばせめて、覚悟を持ってちゃんと向き合おう。傷つける現実がどんなに怖くても、逃げずにマシェルと話そう。
それが私がマシェルに示せる、精一杯の誠意だから。
「――ああ、必ず」
驚いたように目を見開いていたマシェルは、ややあって泣き笑いのような、そんな複雑な笑みを浮かべて私を見た。
「必ず、明日ここに来る。――約束だ」
向けられたその声は、悲しそうでもあり、それでいてどこか嬉しそうでもあった。
デイビットの足は速い。それについていけば、瞬く間にマシェルの姿は遠くなる。
だけど、物陰に隠れて姿が見えなくなったであろうその瞬間まで、焦がすような熱い視線が向けられていることを、背中で確かに感じていた。
「――エンジェ嬢…!!……どこだ…どこにいるんだ……!!」
「……ちっ!!あのドエム野郎!!追い付いて来やがった…!!」
「………てか、ちゃんと男の格好してんのに、正体バレてるとか……あ、そうか。男装としか思われなかったのか」
「うっせぇ…!!この格好見ても男だと思わねぇ、あの野郎の目が節穴なんだよ…!!」
鬼ごっこ いん だーくほれすと なう
……あれ、そういえば私、何で今デイビットと一緒に逃げる羽目になっているんだろう?
なんで、アルクとデイビットの鬼ごっこに、私まで巻き込まれてるんだ?
……あれ?