アルク・ティムシーというドエム34
私は、自分のことを被害者だと思っていた。
悪いのは私に従うべき摂理に逆らう精霊達で、私はなにも悪くないのに、なぜこのような情けない状況に陥られなければならないと、精霊達を逆恨みしていた。
だけど、今なら、分かる。
精霊達が私に向ける負の感情は、憎悪の視線は、デイビットのそれと同じだ。
理不尽に傷つけられたものが見せる、怒りだ。
そうだ、私は力で無理矢理彼らを蹂躙して契約を結ばせたのだ。それはどれほど、精霊達の心を、矜持を傷つけたことだろう。
だけど馬鹿な私は、そんな当たり前のことにすら考えが行かなかった。精霊達を意志がある、自分と同じような生き物だとすらまともに認識して無かったのかもしれない。
彼らは私にとって、ただの便利な道具、それだけの存在だった。
「…あ」
そう気づいた途端、体が震えた。
デイビットに対して抱いた恐怖が、五倍になって私に伸し掛かる。私はこの一年の間、それだけの憎悪を背負っていたかと思うと、震えが止まらなかった。
怖い怖い怖い怖い
誰かに憎まれるというのは、なんて怖いことなんだろう。
前世では希薄な人間関係しか築いていなかった私は、そんな当たり前なことを、今さら知った。
前世では三十年間近くも生きて来た筈なのに、そんな風に誰かに表だって憎まれることなんて、経験したことが無かった。
恐怖で頭の中がごちゃごちゃになる。
どうしよう。怖い、逃げたい。全て投げ出してしまいたい。
――だけど
「…お父様」
「なんだい、ルクレア」
「……私はボレア家として、自分が覚悟なく行動したことの後始末をしなければならないのね。そしてそれがいかに難しいことかを、学ばなければならない…そういうことでしょ?」
真っ直ぐに父を見据えながら言い切った私の言葉に、父は満足気に微笑んだ。
「――ああ、そうだよ。ルクレア。流石私の娘だ。傷つけることの恐怖を、その行為の大きさを学んだお前が次に学ぶことは、壊した物を修復することだ」
父の手が私の肩に置かれ、その深いサファイア色の瞳が私に向けられる。
「例えどんなに難しくても、どんなに時間がかかろうとも、お前は必ずお前が従えた精霊達を御さなければならない。彼らと向き合い、確かな関係性を築かないといけない。お前が精霊達と契約を結んだことは既に、お前だけの事実じゃない。ルクレアという個人の行為ではなく、『ボレア家の令嬢である』ルクレアがした行為だ。…私はボレア家と当主として、お前に精霊達との関係を改善することを命じるよ」
どこまでもボレア家当主である父の言葉に苦笑いを浮かべながら、拗ねるように唇を尖らせる。
「…お父様は、娘よりもボレア家の名誉の方が大事なのね。ひどいわ」
「お前が大事だから、言っているんだよ」
そういって父はそっと私を抱きしめた。
「お前が大事だからこそ、お前にはボレア家として相応しい娘になってもらいたい。私は当主としての役割を全うする以上、ボレア家に相応しくない存在を切り捨てなければならないから。私は愛しいお前を切り捨てるような父親にはなりたくないから、お前を必死で軌道修正するんだ。……それにお前はそれが出来ると信じている」
「買被り過ぎだわ、お父様…私はこんなに愚かなのに」
父の言葉に思わず自嘲の笑みが漏れる。私がもっと優秀だったら、精霊達にもデイビットにも、こんな愚かな行動を取らなかっただろう。もっとちゃんと、相応しい行動を取れていただろうに。
そんな私の何を信じるというのか。
私には、重い。ボレア家の名前も、精霊達の存在も。
しかし、父はそんな私に、慈愛に満ちた優しい視線を向けた。
「愚かなのは仕方ないよ…だってお前はまだ子どもなのだから。前にも言っただろう?」
「…」
「お前が自分をどう思っているかは分からないけれど、例えどんな事情があろうと、お前はまだ6歳の子どもだ。…間違う時も、ある。感情のままに、暴走するときもある。…それを乗り越えて、学んで、そして成長していくんだよ。それが子どもというものなんだよ」