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アルク・ティムシーというドエム33

「…無様…」


 あんまりの父の言葉に、涙が引っ込んだ。

 そんな私に、父は冷たい目のまま口元を緩めた。


「ああ、無様だよ。意図を持って行動に移しながら、その結果を背負う覚悟もなかったお前は、酷く滑稽で醜悪だ」


 口では冷たい言葉を吐きながらも、そう言って私の頭を撫でるその手は、いつもの優しい父の者だった。


「私は人を傷つけることが悪いとは思わない。貴族社会は綺麗ごとだけではやって行けないし、時には人を傷つけることが必要なこともある。事実、今のお前にはその少年を傷つけるという行動が必要だったのだと、私は思う」


「……」


「だけど、その少年が燃え上がらせた憎悪は、いくらでも予想できたことだ。お前は、そうなる可能性を最初から知っていて、少年を傷つけることを選んだはずだ。なら、その結果を全て、お前は受け止めなければならない。後悔してみっともなく狼狽えるなんて、恥だと思いなさい」


「…受け、止める」


 私の言葉に、父は頷いた。


「そう受け止めるんだ。受け止めて、考えなさい。何が悪かったのか、何をすべきだったのか、そしてこれから何をすべきなのか。後悔なら、猿でもできるのだから」


 父の言葉に、私は言葉を失った。

 私は、何が悪かったのか。何をすべきだったのか。何をするべきなのか。

 必死に頭の中を整理して、言葉を紡ぐ。


「――お父様」


「なんだい?ルクレア」


「私は、人を傷つけることを、軽んじてたわ。人を傷つけることの重みを知らなかった。だから、覚悟もなにもしていなかった。深い考えもなく、ただ望むがままに、短絡的にデイビットを傷つけようとした」


「うん、そうだね」


「そして、傷つけてからようやく、自分が何をしたのかを知った。自分を客観的に捉えることも出来ずに、その癖、返って来た負の感情の大きさに狼狽えて醜態を晒した…それが、私の罪だわ」


 改めて自分の状況を口に出したら、あまりに情けなくて再び涙が滲んできたが、必死に堪える。

 これ以上みっともない姿を見せて、父を幻滅させたくなかった。

 私の解答に、父の眼の冷たさが少し和らいだ。


「それで?それで、ルクレアはどうするの?」


 父の言葉に、さらに私は考える。

 私が今、出来ること。それは――


「――何も」


「ん?」


「――何も、出来ないわ」


 唇が、声が震えた。

 デイビットと私は、きっともう二度と、出会うことはないだろう。一期一会の、今だけの出会いだった。

 どうやってもきっと、取り返しがつかない。私はもう、取り返しがつかないことをやってしまったのだと思うと、顔が情けなく歪んだ。


 暫くの沈黙の後、父は大きくため息を吐きだした。

 聞こえて来た溜め息の音に、びくりと体が跳ねる。

 …やはり、幻滅させてしまっただろうか。

「…何も出来ない、ね」


「……ええ。もう二度と会うこともない人だもの」


「まぁ、あの少年にはそうかもしれないね…だけど私がお前に考えて欲しいのは、あの少年のことじゃない」


 え…?

 予想外の言葉に、思わず下を向いていた顔をあげる。

 私に向ける父の顔はひどく真剣だった。


「正直、その少年のことはどうでもいいんだ。私にとっては、そんな大した縁がない少年よりも、可愛い娘のお前の方がずっとずっと大切だから。だからこそ、可愛いお前の将来の為に、聞きたい。傷つけることの怖さを、意図的に仕掛けた結果を受け止めることの辛さを知ったお前が、お前の将来の為に今、すべきことは何だと思う?」


「私の、将来の為…?」


「ああ、そうだ」


 唖然とする私の耳元で、父は囁く。


「――少年よりも前に、少年よりももっと深く、お前が傷つけたのは、今もなお傷つけ続けている存在は、一体誰だい?そしてそれでもなお、この先ずっと傍にいることを望む相手は」


「そんな相手……」


 いない、と言いかけた途端、脳裏に過去の声が蘇った。



『人間ゴトキガ、フザケルナ!!』


『人間ニナンカ、絶対二従イマセン…!!』


『調子二ノラナイデヨ。薄汚イ、人間風情ガ』


『…消エロ、人間』



 ……ああ、そうか。そうだったのか。


「――精、霊」


 私はずっと、彼らを傷つけていたのか。


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