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アルク・ティムシーというドエム32

 前世での記憶を思い出してから、私は自分自身を大人だと、そう錯覚していた。

 体は子どもでも、頭脳は前世との通算年齢で30も半ば過ぎた、一人前の人間なのだとそう思っていた。そう思いながら、敢えて子どもの振りをすることで、周囲を思いのままに操って嘲笑っていた。

 だけど、違った。私は、その時、どうしようもないまでに子どもだった。

 下手したら、同じ六歳の子どもよりも、ずっとずっと、子どもだった。

 全てを分かっているようで、本当はちっとも分かっていないのに、それなのに全てを分かっていると信じて疑うこともなく、ただ思うがままに我がままに、自制することが出来ない私が、大人であるはずがなかったのだ。……そんなことに、当時はちっとも気付かなかったけれど。


「……っ」


 私はそのまま背を向けて、衝動のままに駆け出していた。

 デイビットは、追ってこない。

 だけどその鋭い視線だけは、突き刺すように私の背中へと向けられていることを感じられた。

 私は体に纏わりつく視線を振り払うように、ただ一心不乱に林の中を駆けていた。


 怖い怖い怖い怖い


 向けられる視線が、視線に込められた感情の強さが、デイビットの憎悪が、怖くてたまらない。


 走りながら、途中で何度も木の根に躓いて転んだ。足元なんかろくに見られなかった。

 だけど痛みを感じる余裕もなく、体を土塗れにして、あちこちに傷を作りながらも、私は走ることをやめなかった。


 木々をかき分けて、到着した町の大広場。

 そこには、馬車を脇に止めた父が、私の帰りを待っていた。


「お帰り、ルクレア。まだ日が暮れるのは早いけど、お別れがすんだなら行こうか。……!?」


 馬車を点検していた父は、顔をあげるなり、悲惨な状態になった私の姿に唖然と目を見開いた。


「ルクレア!!どうしたんだい、その格好は!?もしかして誰かに乱暴され…」


「――違うわ。お父様」


 慌てふためく父に対して、笑みを作って首を横に振ろうとして失敗した。

 ぽろりと目から涙が零れおち、そうと気づいた瞬間くしゃりと顔が歪んだ。


「加害者は、傷つけたのは、私だわ…!!私が、どうしようもないくらいまで、人を傷つけたの…!!」


 叫びながら、私はわあわあ声をあげて泣きだした。誰がどう聞いても、それはきっと、子どもの泣き方にしか聞こえないような、そんな幼稚な泣き方だった。

 涙が、声が、勝手に出てきて、止められない。


 父は、突然泣きわめき始めた私に困惑しながら私に近づいて、手を取った。


「……何があったのかは分からないけれど、取りあえず馬車を出そうか。話は、家に帰る道中で聞くよ」



 動きだした馬車の中で、まるで私は懺悔するかのように、村での滞在中の出来事を父に向かって話し出した。


 仲が良い友達が、デイビットという名の男の子であったこと。

 自分の自尊心を満たす為に、デイビットが私を好きになる様に仕向けたこと。

 帰り際に、八つ当たりでその真相を知らせた結果、デイビットに恨まれたこと。


 ところどころしゃっくりや、鼻水に邪魔されながらも、全て、思い出せるだけの事実を詳細に至るまで父に打ち明けた。

 父はそんな私の言葉を、頷いたり相槌をうったりして聞いていたが、話が後半になるにつれてだんだんと口数が少なくなっていった。


「――じゃあ、ルクレアは、そのデイビット君とやらを傷つけたくて、そういった行動を取って、そしてその願いは叶ったと、そういうことだね?」


「…うん、でも…」


 父の言葉に目を伏せて、唇を噛む。自分のしでかしたことの愚かさを実感して、さらに涙が滲んで来た。

 しかし、父はそんな私の顎を掴むと、無理矢理顔をあげさせた。


「――ならば、泣くのはやめなさい、ルクレア」


 涙で滲んだ世界に入って来た父の表情に、発せられた声の冷たさに、息を飲んだ。


「そうやって泣く今のお前は、どうしようもみっともなくて、無様だ」


 そういって感情がない無機質な目で私を見る父の姿は、普段の私を溺愛する父の姿からは全く想像できないもので、まるで姿形だけが同じ別人のようだった。


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