アルク・ティムシーというドエム30
…ぱぁどぅん?
「…貴族になるって…」
「親父から、聞いたことあるんだ。一年に一度の試験で優秀な成績を取れば、城勤めが出来んだろ?それで、城勤めで功績を出せば、ご褒美として王様たちから貴族の身分を貰えるって言ってた。…俺、今からすっごく勉強して、将来は絶対貴族の身分を勝ち取って見せるから、どうかそれまで待っててくれ」
……いやいやいや。簡単に言うけど、明らかに無謀でしょ。
デイビットがいう、一年に一度の試験というのは、前世の中国における科挙のようなものだ。受験者の貴賤は問わない代わりに、その内容は非常に難しい。試験で合格するのなんて、天才と言われる人の中でも、ごくごく一握りだ。
そして平民の場合、試験に合格したからといって安心出来ない。城勤めが始まった瞬間、そういった合格者は身分を重視する上役や同僚から、まず間違いなく徹底的に虐められる。どんなに優秀だろうが、否優秀であればあるほど妬心ゆえに風当たりは強くなる。そのまま城勤めが続けられればそれだけで僥倖。出世なんてまず無理だし、出世したうえで貴族の身分を貰えるくらいまで頭角を現すなんて、それだけで歴史に名前を残す偉人になれる。
無理だ。不可能。……どこまでも子どもの、戯言だ。
だが、私を見つめるデイビットの眼はどこまでも真剣だった。真剣に、頑張ればそれが成せると信じ切っている、何も知らない無垢で真っ直ぐな目をしていた。
「………」
――その眼が、何だか無性に気に障った。
『――流石ボレア家の令嬢、志が高くていらっしゃるわ』
不意に脳裏に蘇る、上品に取り繕った女の声。
『人型精霊4体と主従契約を結んだだけでも素晴らしいのに、そのうえさらに精霊達を完璧に御そうと考えてらっしゃるなんて!!まだ幼いのに、すごく向上心が高くていらっしゃるのね』
『精霊に好かれるなんて、同属性の者ですら滅多に達成できないというのに、無属性でそれを成そうとしてらっしゃるなんて、すごいですわ』
『このように優秀なお嬢様がいるのなら、ボレア家は安泰ですわね』
それは、先日屋敷を訪れた高位の貴族女性に放たれた言葉だった。私はそれに、子どもらしい無邪気な笑みを浮かべながらお礼を言って返した。
だが、私は気が付いていた。
その一見賞賛のように思える言葉の裏に隠れた侮蔑に、私は気が付いていた。
無属性の癖に、精霊達を御そうなんて不可能だと、思い上がるのではないと、言外に女はそう言っていたのだ。私がそれを成そうとすること自体、無謀だと。
そんな考えは、所詮現実味のない子どもの夢だと、そう告げていたのだ。
女は、代々水属性の家系で、一族水の精霊を信仰していた。
人型水精霊であるディーネを従えた私が気にくわなかったのだろう。
元々属性が強い人間というのは、オールマイティだが器用貧乏で、突出した属性魔法を使えない無属性の人間を見下すことは珍しくない。私がボレア家だから表だって言えないだけで、内心では私を格下に見ている人間なんて、きっとごろごろいる。
6歳の子供相手に、いくらこっちが気が付かないだろうと侮っているからって、それにしても随分と大人げない対応をする女だと、内心鼻で笑っていた。
鼻で笑いながら、同時に激しく心を掻き乱される自分自身にも、気付いていた。
だって、女の言うことは、間違っていない。
無属性の私に対する精霊達の態度は、一年経っても頑ななままで、顔も見たくない嫌われてしまっている。
彼らに心を開いてもらうことなんて、一生かけても不可能なのだはと、そう思ってしまうくらいに。
間違っていないからこそ、その台詞は余計認めるわけにはいかなかった。私のプライドに賭けて、その女の言うことが正しいと思うわけにはいかなかったのだ。
――私が今、デイビットに対して抱いているような思いを、あの女はあの時、私に対して抱いていたというのか。
そう思ったらカッと脳が沸騰しそうになった。
違う。
違う。
私は、違う。
こんな現実を知らない、現実が見えていない、子どもとは違う。
こんな大それた野望を、恥ずかしげもなく臆面もなく語るガキではないんだ…!!
「――ばっかじゃないの」
激情に駆られて発した言葉は、多分、そう…八つ当たりだった。