アルク・ティムシーというドエム24
今思うと、当時の父は全てを察していたのだと思う。
その村に住むエンジェの存在の意味も、私自身の変化や葛藤も全て。
それくらい父の情報収集能力も、洞察力も際立って優秀なのだ。なんせ若干18にしてボレア家の当主となり、その地位を今に至るまで不動の物にしているような人だ。きっと全てを見透かしたうえで、最善と思える行動を取ったのだろう。全ては、娘である私の成長の為に。
だけど、私はそんな父の真意を察することは出来なかった。
寧ろ、自身を子供扱いする父親に、腹を立ててさえもいた。
何が、分かる。
ゲームで名前でしか出てこなかった存在の癖に、私の何が分かるというんだ。
前世の私よりも、年下の若造の癖に…!!
――正直に言おう。
当時の私は身の程知らずにも、父に対してライバル心を――激しい妬みを抱いていたのだ。
年少の頃から、その突出した才を認められ、とんとん拍子で当主まで上り詰め、国を裏側から支配している、父、アレクス・ボレア。
彼はさながら、生まれながらの生粋のエリートだった。生まれながらの「支配する側の人間」だった。
前世の私とは、正反対の、あらゆる意味で恵まれた存在だった。
そんな父に、優しく諭される度に、口では物わかりのいい返事を返しながらも、私の内にある劣等感はますます燻った。
そして劣等感が強くなればなるほど、その反動のように「自分は特別である」という選民思想も同時に大きくなっていった。
私は特別な存在なんだ。特別な、支配する側の人間なんだ。
精霊達も今はまだ反抗的な態度をとっていても、10年も経てばすっかり私に尻尾を振って従うようになるんだ。…ゲームのルクレア・ボレアに対する精霊達が極めて従順だったように。
お父様よりも、この国において、否、この世界においてはずっとずっと重要な役割を担う人間なんだ…っ!!
愚かな、私は気づかなかった。
そんな妄執に囚われること自体が、自身の未熟さの証明であることを。
膨れ上がる感情を制御できないことこそが、私の情緒が成長過程の子どものそれであると示していることを。
かつて大人だった頃の記憶はあっても、大人のような思想は出来ても、それでも当時の私は父が言う様に、どこまでも6歳の子供だった。
馬鹿で我が儘な、子供でしかなかった。
そしてその事実を、私は身を持って知ることになる。
村への同行の誘いに頷いたのには、特別意味は無かった。
滅多にない父の誘いだから、せっかくだし乗ってみようかと気まぐれに思っただけだ。
「ルクレア。この村周辺はとても安全だから、1人で遊びに行っても構わないよ。いつも大人に囲まれてばかりで疲れるだろう。子供らしく、伸び伸びと、自由に遊んでおいで」
しかし村に着くなり、そうやって宿を追い出された私は、自分のそんな気まぐれを後悔していた。
突然立たされたイレギュラーな状況に、戸惑う。
ルクレアに転生して以来、こうやって外で一人になることなんてなかった。いつも傍には、誰かしらの信用出来る大人がいた。
誘拐対策ではあるが、それにしても窮屈なその状況に、内心苛立っていたのも事実だ。放っておいて欲しい、一人にして欲しいと何度も何度も思ってはいた。
だが、実際こうやって一人で追い出されてみると、正直落ち着かない。
安全だとはいうものの、実際はすぐ傍に誘拐犯が隠れていて、隙を見て私を攫っていこうとするんじゃないか。そんなことを考えてビクビクしていた。
天使が住む村だと、大層な渾名で呼ばれてはいるものの、村には何もなかった。
ただひたすらに、豊かな自然に囲まれているだけだ。
私が前世の記憶がない生粋の6歳児のままだったら、その豊かな自然を生かして一人遊びに興じるんだろうが、残念ながら私の中身はすっかり大人。今さらそんな遊び出来やしない。
私は溜め息を吐いて、苔むした切り株の一つに腰を掛けた。仕方ないから、ここでぼうっとして時間を潰そう、
…お父様、まさか滞在中毎日、こうやって私を外に追い出したりしないだろうな…
そんな不安に眉を顰めながら、何気なく空を眺めた。
上空に集まった雲の、ぽっかり空いた部分から太陽の光が差し込み、スポットライトのように真っ直ぐに地面を照らしているのが見えた。
『天使の梯子』
そう言えばこんな光は、前世ではそう呼ばれていた。
天使が住む村に相応しい、なかなか幻想的な光景だなんて、そんなことを思った時だった。
「――お前が、今日うちに来た貴族の娘か?」
空から、天使が降ってきた。




