アルク・ティムシーというドエム23
私が前世で読んだ悪役令嬢もののネット小説。
その中には、前世での記憶を覚醒したした途端、人が変わったかのようになって軌道修正をはかる物語のパターンがあった。
前世では数十年の人生を歩んできて、既に大人の領域に入った主人公なら、そういう分別は持っていてしかるべきと、そういうことなのだろう。
体は子供、頭脳は大人、という某アニメ主人公ではないけれど、前世の記憶を持っているということはそれだけで頭脳チート、情緒チートを持っていることと見なしていいのだから。
だが、そんな経験をこの身で味わった私が真に愚かだった頃は、残念ながら前世の記憶を思い出したその直後だ。記憶を思い出す前の私は、ちょっと我が儘なところはある少女だったが、実際のところそれ程酷い傲慢さは持っていなかった。…いくらボレア家令嬢とはいえ、所詮は外の世界を知らない、ただの五歳児なのだから。私を取り巻く大人たちは私に非常に甘かったが、それでもただ猫かわいがりをすることはなく、ボレア家として恥ずかしくはない躾けを心がけて行動していた。使用人ですら、時には声を荒げて私のしたことを諌めた。
そんな私を傲慢にさせたのは、皮肉なことに、通常ならば軌道修正をするはずの、前世の記憶、それだった。
私は、特別な存在なんだ
ゲームのヒロインではなかったけど…それでも、私はこの世界に強い影響力を持つ、ハイスペックな能力を持つ、特別な存在。モブなんかじゃない…主要なキャラクターなんだ。
この能力をフル活用して、世界の上位者として君臨することこそが私の使命なんだ。
その思考はさながら、アンチヒロイン物の、逆ハレームを目論むヒロインのよう。
抱いていたのが人に愛されたいという願望ではなく、周囲を支配し見下す立場になりたいと、カースト制度の頂点に立ちたいと思っただけで、その根本は変わらない。
与えられた運命に酔い、世界の全てが自分の掌にあるかのような、錯覚に陥った。
5歳から、6歳に掛けての私は、人生において最高潮に愚かだった時期といえる。…そう、まるで中二病を患っていた過去のように、私の中では完全に黒歴史と認定されている時期だ。
だけど、私のそんな傲慢さは件のヒロインたちと違って、かなり早い段階でへし折られた。
支配し自らの所有物として掌握したたはずの、精霊達の、反抗的な態度によって。
一年経ってもなお変わらぬどころか、さらに頑なになり、態度が悪化していく精霊達に、私の心は荒れに荒れた。
何故、従わない?
何故、私を主人と認めない?
ゲームでは精霊達は完全にルクレアによって、掌握されていたというのに!!どこまでもルクレアに対して従順だったのに、一体何故…っ!?
思い通りにならない現状は、私の中に眠っていた、激しい劣等感を蘇らせた。
からかわれ、馬鹿にされる現状を甘んじながらも、それでも心の片隅で着実に蓄積されていた、どうしようもない劣等感を。
精霊達が私に従わないのは…ルクレアに転生したのが、私、だから?
いくら元々持つスペックが高くても、私が私である限り、どうやったってうまくは行かないというのか?
私みたいな人間が、人を支配するような立場になること自体が、無理だというのか?
劣等感は焦りを生み、焦りは私の行動を空回りさせ、その結果増々精霊達と私の関係は悪化した。
やればやるほど、近づこうとすればするほど、精霊達と私の溝は一層深くなり、その事実は私を絶望させた。
やることなすことが、全て裏目に出た。
精霊達はただ、呼び出しただけで、嫌な顔をする。一言だって、私とまともに言葉を交わそうとしない。
私の全てを、全身で否定している。
その結果、ヒステリーを起こした私は、精霊達に怒鳴り散らし、主人であるという権限を行使して、精霊達を物理的に罰した。
そして、昨日より、今日。今日よりも、明日。時間が経てば経つほど、精霊達は私を嫌いになっていく。
最低の、悪循環。だけど、どうやってもその負のスパイラルを止められない。
――そんな時だった。
「ルクレア…天使が住む村に、一緒に行ってみないかい?」
父が私を、あの村に連れて行ったのは。