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アルク・ティムシーというドエム22

 デイビットの手の力が弱まった隙をついて、無事脱出する。

 …良かった、私の耳、千切れても伸びてもいない…!!


「――誰から聞いたんだ、その話」


 耳を擦りながら安堵に浸っていた私は、掛けられた声の冷たさに、思わずびくっと体を跳ねさせる。

 視線を向けたデイビットの顔は、表情を一切消していた。


「…誰って、オージンがエンジェさんの手紙に書いてあったからって…」


「…ちっ、あの愚姉め…余計なことを」


 突然のデイビットの変化に、正直戸惑う。さっきまではいつものデイビットだったのに。何でいきなり、超シリアスな雰囲気垂れ流してんの?え、だって私、その……お父様が、デイビットの村に来ていたのか、確かめたかっただけだよ。


 なんで、そんなに…まるで、それじゃ、村に来たその貴族と確執があるみたいじゃないか。



「え、と…デイビットもその貴族のこと覚えているの?なんか、随分小さい頃の話見たいだけど…」


 自分の心臓の音が、聞こえる。

 まるで何かを警告するかのように。


 否定してくれ。忘れていてくれと、脳の片隅で叫ぶ自分がいる。


「――あぁ、覚えている」


 だけど、デイビットはそんな私の願いを、嘲るような笑みと共に打ち砕いた。


「覚えているに決まってんだろう――だって、そいつの娘こそ、俺を弄んだ張本人なんだからな」




 その言葉を聞いた瞬間、頭の中で、ガラスが割れるような音がした。


『お前、きれいだな。…お前みたいな、きれいな奴、初めて見た』


『来月には、もう帰るのか?…帰るな。帰らないでくれ。…ずっと、ここにいろよ』


『約束してくれ…今度、今度会った時は、きっと――…』



 洪水のようにどこからか現れ、脳内に溢れ出る、この記憶は。


 この言葉は。


 この声は。



『――嘘つき』


『嘘つき、嘘つき、嘘つき!!――最低だ、お前は…っ!!』


『許さない--絶対に、許さないから…!!』



 泣きながら、私を睨む、あの少年は。



「――ちょっと待ってよ、デイビット」


 冷たい汗が全身を伝うのを感じながらも、私はあくまで平然を装って尋ねる。


「弄ばれたって…話を聞く限り、その貴族が来たのってかなり昔のようだけど?」


「ああ、そうだな――10年以上前のことだ」


「その…弄んだ相手って、かなり年上の人?」


「いや?俺と同じくらいのはずだ」


 ちょっと待ってよ。


 そんなの、そんなのってさ


「弄んだって、5歳とかそこらの子供の言うことでしょ?…そんなのただの子供の遊びみたいなもんじゃないの?」


 キエラは言った。デイビットは非常にくだらない過去に囚われていると。

 そのあと、それが女性に弄ばれた過去だって聞いて、なんてひどいことをって、そう思ったけど。

 だけど、真実を知った今、キエラが言った意味がようやく分かる。


 たかが、幼児の戯れ言。くだらないことなんだ。そんなこと。


「――だけど、俺は本気だったんだ!!」


 くだらないんだ――当事者以外の人間にとって、は。


 私の言葉に、デイビットは激高を露わにして吼えた。


「本気だったんだ…!!本気の初恋だったのに、あの女は村に滞在中散々折れに気がある素振りを見せていたのに、帰るとなった途端『庶民相手に私が恋するわけないじゃないの?馬鹿じゃないの?』と、そうほざいたんだ…っ!!ショックで呆然自失な俺を嘲笑いながら…っ!!」


 ……うわい。なんて言う糞ガキ。親の顔が見てみたいもんだ…はははは……


 10年以上も前の幼い頃の記憶を、まるで昨日のことの様に語るデイビットに、乾いた笑いが漏れる。

 そんな昔のこといつまでも引きずるなんて格好悪!!ぷぷぷ!!…と笑ってやれたらどんなに良かっただろうか。

 だけど、さっきから次から次へと蘇ってくる過去の記憶が、それを許してくれない。


「だから、あの時俺は、誓ったんだ…!!絶対、いつかあの女より偉くなって、見返してやると…いつかあの女を、俺の前に這い蹲らせてやると、そう、な…っ!!」



 拳を震わせてぎりと奥歯を鳴らすデイビットの眼に宿る憎悪の炎は、それが最初に宿ってからゆうに10年経った今でも、なお弱まることなく激しく燃え上がっている。


 ――私は、この眼を知っている。


 その炎が最初に宿ったその瞬間を、私はこの眼で目撃した。


 向けられる眼の強さに脅えて、そこに宿る感情の強さに恐怖して、泣いて、震えて――そして、忘れた。

 前に進むために、その存在そのものを、共に過ごした時間自体を、なかったことにした。



 ……ああ、思い出したよ。全部、すっかり、思い出したよ。



 デイビットを傷つけた糞ガキ――それ、間違いなく、6歳の頃の私だ。





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