アルク・ティムシーというドエム21
「…ぼげふっ」
お茶が…お茶が、入ってはいけないところに…っ!!
ああ、まずい、鼻から出るぞ、ちょ、待て、NG!!今の顔、大貴族令嬢的にも悪役令嬢的にもNG!!
「――お、おい、大丈夫か?」
「マスター、大丈夫!?」
「チョ、マスター顔ヒデー事ナッテンゾ!!」
「マスター…!!私、マスターノ顔、隠シマス…!!」
「…砂煙デ、隠スカ…?…シルフィ、一緒二…」
「ごふっ…げふ…だ、大丈夫。……ディーネ、隠してくれるのはありがたいけど、近過ぎてディーネ以外何も見えないから。そして、ノムル。それ私も含めて被害甚大だから、やめなさい。シルフィ、あんたも一緒に風魔法使おうとするんじゃないの………うん、サーラム。お前にだけ特に何も言わなかったからって、そんな捨てられた子犬のような目で私を見るんじゃない。ちゃんとお前も愛しているよ」
咽こみながらも、ちゃんと一人一人に言葉を返して、最終的に持参のハンカチーフ(アイロンの折り目入りbyボレア家メイドさん)で顔を隠すことで、何とか事なきを得る…うへ、なんか色々危なかったよ。ボレア家令嬢としてというか、女として。
そして精霊達よ、お前らどこまで可愛いんだ。超愛している…げふっ…
一頻り咽こむとハンカチについたものは敢えて見ないようにして、ハンカチを丁寧に折りたたんでコートのポケットにしまい、先程までの醜態をすっかりなかったことにして、満面の笑みを浮かべる。
「……で、何のこと?私はただ、デイビットに差し入れを持って来ただけで…」
「そこまで、動揺露わにして、誤魔化せるわけねぇだろ。アホ」
私の完璧スマイルを持ってしても誤魔化せないとは…ちぃっ!!これだから、勘が鋭い奴っていうのは…!!
デイビットはそんな私に呆れた視線を投げ掛ける。
「つーか、二回目だからな。お前が突然、差し入れを持って森に入ってくんのは。流石になんかあんだろうって気付くだろう」
次の瞬間伸ばされる手。
思わず固まってしまっていた私は、迫りくる凶行を咄嗟に回避出来なかった。
「…前回は、ルカとの勝負前の状況が知りたかったんだろうとすると…今回は、アルクとの鬼ごっこに勝てそうか探りに来たのか?」
「…っいたたたたた、ちょ、耳、耳!!」
ちょ、容赦なく耳引っ張んのやめて!!千切れる!!どこぞの耳にだけお経書き忘れたお坊さんみたいになっちゃう…!!
「前回負けた俺が言うのも何だが…お前はどこまでご主人様が信じらんねぇんだ?ん?俺があのドエム野郎に、簡単に捕まるとそう思ってんのか?」
「違、違、誤解…っ!!」
「誤解?――あぁ、そうか。俺が気が変わって、アルクを下僕にすんじゃねぇかと、そう疑ってんだな?俺がお前の為に、暫く他の下僕を取らねぇって言ってやってんのに、信じらんねぇと、そういうことだな。…ああ、心外だ。俺はこんなに、下僕としてのお前を可愛がってやってんのに、俺の愛が伝わってねぇのか。ここはいっちょ身を持って俺の愛を分からせてやらねぇと…」
「それも誤解―っ!!」
黒オーラを撒き散らして笑顔で凄むデイビットに、必死で首を横に振る。誤解です。冤罪です。
てかこの状況を持って、どの口が可愛がっているというか。嘘つけ。どこかじゃ。
身を持って分からせてやるって…ときめいてもおかしくない筈の言葉に、何故か恐怖しか感じないんだけど、一体何をする気なんだ…!?
てか、まずい。耳が、耳がこのままでは、千切れる…っ!!もしくは伸びて、エルフ転生してしまう…っ!!
「――全部、誤解だって!!私はただ、デイビットの村に昔貴族が来たって聞いたから、その貴族が私の知っている人かどうか確かめたいと思っただけで…っ!!」
取り返しがつかない事態になる前に、深い考えもなく大声で真実を叫ぶ。
その言葉を聞いた瞬間、デイビットは、まるで凍りついたかのようにぴたりと動きを止めた。




