アルク・ティムシーというドエム15
…おお、なんか怒りを通り越して、だんだん笑えてきたぞ。どこまで私を舐めているのかな?オージン。
そりゃあオージンが舐めているのは私自身で、ボレア家そのものは尊重しているから私の逆鱗に触れることはないけど、それにしてもちょっと調子乗り過ぎじゃない?
ここらでいっちょ締めとかにゃあ。
「――ええ、勿論。それがボレア家の利益になるというのなら、婚約破棄くらい大したことではないですわ。婚約者を取られた悲しき令嬢の立場を、甘んじて受け入れましょう」
「なら…」
「ただし、『殿下がちゃんとした利益をボレア家に齎すことが出来るなら』の話ですけど」
手首を優雅に捻らせて懐からマイ扇を取り出すと、私は半開きにしたそれを口元に当てながら嘲笑を浮かべる。
「残念ながら、私はそこまでオージン殿下を買っておりませんの。仮面婚約者の立場を承諾したとして、殿下がちゃんと王位を継いで、私に利益を還元できる保証がどこにあるのかしら?利益どころか、殿下が王位継承争いに負けた場合、そんな殿下の婚約者になった私の名まで汚れることになりますわ。…私が見たところ、王としての才は、殿下もショムテ様も大差ありません。寧ろ所によってはショムテ様の方が優れていますわ。数年後にショムテ様が殿下を押しのけて王位を継承しても驚きはしません」
「……言うね、ルクレア嬢」
私の言葉に、オージンの口端が小さく引きつったのが見えた。顔は笑っているがその眼は笑っておらず、握った拳が僅かに震えているのが見える。
その姿に思わず扇で隠した口角がにぃっとあがる。…ふはは、気持ちいいわ。これ。やっぱり私ドエスかも。
巷では、王弟ショムテは自らの野心故に10近くも年下のオージンに冷たく当たる冷血漢であり、オージンはそんな叔父の仕打ちに耐えながらも、それでも叔父を慕っている健気な甥のように噂されることが多い。実際公衆の面前で、ショムテはオージンに対する負の感情を隠そうとはしない一方で、オージンはショムテに対して最大限の敬意を払って接しており、オージンがショムテに向ける視線は尊敬さえ滲んだ好意的なもののように見える。
だけど、私には、分かる。
――オージン・メトオグ。こいつ本当は滅茶苦茶ショムテが嫌いだ。
そしてその理由も、ショムテが自分を嫌っているからだとか、そんな可愛らしい理由からではない。
ショムテが自分の皇太子という地位を脅かす存在であり、なおかつそれが実現できる能力を持った人物だとオージンは知っているからだ。
ショムテが求める改革は、急進的で荒削りなもの。だが、そこにはショムテだからこそ思いつくような、独創的で思い切った案がいくつも含まれている。
普段の粗野で乱暴な態度から見失いがちだが、ショムテはやり方さえ間違えなければ、オージン以上の賢王になる素質を持っているのだ。それは生まれ備わった、ショムテの才能だといってもいい。
私でも気付くその事実に、観察眼が人一倍鋭いオージンが気づかない筈がない。
オージンは柔らかい物腰と、ふざけた態度に誤魔化されがちだが、その内面は野心的な自信家だ。そんな彼が、自分より優れた能力を持っている可能性がある叔父を、本気で慕う筈がない。
恐らく噂の発生源は九割九分、オージンの息がかかっているのだろう。…情報操作は随分お得意なようだし。
裏でひっそり情報操作をして、ショムテの悪評を意図的にばらまくという根暗な行為をしちゃうくらい、オージンはショムテが、嫌いなのだ。…自分が持っていない才を持つ叔父を、オージンは密かに妬んでいる。
そう、オージンは、ショムテに胸の奥ではコンプレックスを抱いているのだ。話題に出されれば、思わず被っている分厚い猫が剥がれそうになるくらいに。
もしかしたら程度の仮説だったけど、今のオージンの反応を見て、仮説が確信に変わった。
…いやぁ~、ならばこのコンプレックス、突かないわけにはいかないでしょう。この状況的に。