アルク・ティムシーというドエム13
「――いやあ、まさかルクレア嬢がかくも色事に不得手だとはね。知らなかったよ」
結界を張った教室に入った途端、意図的に滲ませていた甘い雰囲気を霧散して肩を竦めるオージンを、キッと睨み付ける。
「…何をおっしゃりたいのかしら?」
「あれ、とぼける気かい?君の動揺なんて、あれだけ近くで見てたら、私じゃなくても気付いていただろうに」
愉しげに眼を細めるオージンには、私が恋愛事が苦手だということは既に真実となってしまっている。
……そうだろうとは思ってたけど、弱みを握られたようで実に腹立たしい。ぶん殴って記憶を抹消できないものか。…おや、あそこに鈍器として扱うのにちょうどよさそうな置物が…。
「しかし、君も分かりやすかったけど、輪に掛けてメネガ卿が分かりやすかったね。それなのによくもまぁ、人前で恥ずかしげもなく君に迫れたものだ…恋は人を愚かにするといった君の言葉は、実に真理だね」
「…殿下が何をおっしゃりたいのか、私にはさっぱりわかりませんわ」
今更否定しても無駄だとは分かっているが、マシェルの名誉の為にも、ここは否定しとかなければなるまい。
私は先程までの動揺が嘘のように、いつもの「ルクレア・ボレア」の仮面を被って、不愉快気に眉を顰めて見せた。
「オージン殿下が一体どこから私とマシェル・メネガ卿の話を聞いていらっしゃたのか存じ上げませんが、彼は友人としてパートナーがいない私を憐れんでくれただけですわ。そんな心優しい私の友を、まるでフラれ男の様に語るのはやめてくださいません?些か不愉快ですわ」
「それは失礼なことをした。…でも君だって、気付いているだろう?」
口先だけの謝罪を口にしながら、オージンはじりじりと獲物を追いつめるかのような目つきで、私が直視したくない現実を突きつける。
「私は、君とメネガ卿の話を失礼ながら、最初から最後まで聞かせてもらったよ。聞いたうえで、私は彼の君への一途な想いを確信しているんだ。…聡い君が、彼の感情に気付かないわけがないよね?」
…本当、こいつは性格が悪いと思う。それが私にとって触れられたくない話題だと知っていながら、敢えてぶつけてくるのだから。
精神的な鬼畜度では、デイビットの上を行くんでないだろうか。…本当、腹黒って厄介な人種だ。
だけど、こんな奴に私は屈するわけにはいかないのだ。
「――私はマシェルから何も、言われてませんわ」
僅かな動揺も見せることなく、私は艶然とオージンに微笑みかける。
恋愛ごとには不得手だ。だけど、私に恋愛感情など一切持っていないと分かっているオージン相手なら、例えその部分を突っつかれたとしても私は普段の私を取り繕うことができる。
「口にされていない感情が、真実だなんて誰が分かりますの?他者の感情を勝手な憶測から真実だと決めつけるのは、私にはとても傲慢なことだと思いますわ。御自身の観察眼に自信を持ってらっしゃるのは結構だと思いますが、全てを見たままに決めつけますといつか足元を掬われますわよ?」
「……なるほどね。君はそうやって自分に言い訳をして、見ないふりをするわけだね」
「……これ以上、私とマシェルを侮辱すると怒りますわよ」
「もう十分怒っているじゃないか…まぁ、あまり君を怒らせたくないからこれ以上は追及しないけれど」
でも、見ないふりするより、利用する方が楽なんじゃないかなぁ…と、ぼやくオージンに、内心舌打ちをする。
…そう簡単に割り切れるか。
好意を持ってくれる相手を駒として利用することが出来るなら、私はこんなに胸が痛んだりせんわ。
「――そんなことより、私とオージン殿下の関係が随分と噂になってらっしゃるみたいですけど、どういうことか説明して頂けるかしら?」
取りあえず不愉快な話題から話を逸らすべく、オージンに勝手に人の名前を使っている怒りをぶつけることにする。
…こちとらボレア家直系令嬢だぞ。名前だって安くない。
勝手に人の名前を利用しやがっているんだから、当然それ相応の覚悟はあるんだろうな?ああん?




