エンジェ・ルーチェを騙る悪魔6
…まずい、足の感覚無くなってきた。
「あのご主人様、そろそろ限界なんですが…」
「まだまだ余裕だろうが。絶対足崩すんじゃねぇぞ。崩したら【ペナルティ】科すからな」
洗面台に寄りかかってくつろいでらっしゃる悪魔様に、上目使いで声を掛けても一刀両断される。
ちなみに悪魔様の服と鬘は装着済みである。この下僕めが、恐れ多くも契約精霊(【酩酊】魔法解除済み)を使役させ頂き、先程の自分の時同様、ミスト付きドライヤーのごとき魔法を献上させて頂いた次第でございます。ええ。
ちなみに、私に対する暴挙に切れて刃向ったサーラムは、悪魔様に思いっきり握りしめられた挙句、激しくシャッフルされるという拷問を受けた。魔法行使が終わるなり、私の肩の上にしがみついて、脅える小動物のごとく震えている。…いいんだが、ちょっとその震動が足に来るぞ、サーラム。必要な時は召喚するから、他の精霊たちのように精霊界に逃げ帰ってくれて構わないぞ。主を心配するお前の気持ちは嬉しいが。嬉しいが、ぶっちゃけ今は邪魔だ。
…だぁ!!揺らすな!!ずっこける!!つうか体勢崩したら、悪魔様の【ペナルティ】が来る!!わかった、お前の恐怖も、お前がいかに勇敢に悪魔様に立ち向かったかも分かるからっ、お前の愛をしっかり受け止めたからっ、頼むからいったん精霊界帰れ!!まじで!!
「――しっかし、お前普段と雰囲気違ぇな」
「…へ?」
無言でサーラムと格闘していた私を、悪魔様が興味深そうに観察する。
「いっつも高飛車で嫌味くせぇ、すまし顔した典型的いいとこの糞令嬢かと思ってたけど、今見てみると存外アホっぽいな。なんだ、いつものあれ。キャラ作ってたのかよ」
「――い、いえ、そんなことはありませんわ!!ただ、今は予想外の事態に動揺しているだけ…」
「嘘をついたら【ペナルティ】な。ここで一時間、四つん這いになって俺の椅子になれよ」
「キャラを作っておりましたぁぁ!!本来の私めは、こんな感じのただのアホでございますぅぅ!!」
普段のボレア家令嬢モードで取り繕おうとしたものの、速攻で白旗を上げた。
…女の子をトイレで四つん這いって。
…しかも、その上に一時間以上乗るって。
どんだけ悪魔なんだっ、この悪魔様は!!ぜってぇ流れている血、青色だよっ!!
「――ふうん。で、なんでキャラを作ってたんだ?な・ん・で、俺にあんな糞ムカつく嫌がらせを色々してきやがったんだ?」
にっこり天使のごとき笑みを浮かべる悪魔様が心底怖い。先程までの変態ちっくな格好の悪魔様も怖かったが、天使のごとく愛らしい美少女姿の悪魔様は別の意味で怖い。こんな愛らしい少女の口から、口汚い言葉が次々出てくるのは、本当に何かのバグなんかじゃないかと思う。詐欺だ。絶対。
しかし、悪魔様の問いに、なんて答えればいいものか。
ドエス願望を満たしたかったから、なんて馬鹿正直に答えたら、どんな目に遭わせられるか分からない。かと言って、「あなたの恋を応援する為…」なんていい人ぶろうにも、それを答えるのには、乙女ゲームの世界に自身が転生したという諸事情を話す必要がある。そんなことを話せば、普通の人ならまず間違いなく、私の頭がおかしいと思うだろう。信じるはずがない。それで悪魔様が「頭おかしい奴だから関わらないでおこう」となってくれれば万々歳だが、果たしてそううまくいくだろうか…。さてさてどうしたもんか…
「沈黙は嘘と同等とみなす」
「ドエス願望叶えたかったからです!!ついでに乙女ゲームのヒロインであるエンジェちゃんの、恋の手助けになればとっ!!」
…どぅおっ!!焦るあまり、ぺろっと全部正直に白状してしまったぁぁあ!!
やばい、絶対、これは絶対、まずいっ。
ど、どうしようマジで!!制裁及び頭がおかしいこ扱いのWコンポの未来しか待っていない気がする!!そんな気しかしないっ!!
「…あぁ?乙女ゲーム?」
しかし、予想に反し、悪魔様は訝しげに片眉を小さくあげただけで、反応は薄かった。
「もしかして、てめぇも【転生者】とかいいだすんじゃねぇだろーな」
「っ!!何故、その単語をっ!?もしや、貴方様も!?」
まさか悪魔様も転生者なのか!?…転生者だとしたら、かつてのあの世界で一体どんな人生送ってたんだ。どんな人生を送ればこんな風に歪んでしまうんだ。SMの調教師かなんかだったのだろうか。切に問いただしたい。
悪魔様は私の言葉に、酷く不愉快そうに顔を歪めた。
「違ぇよ。俺がんなトチ狂ったこというか、ボケ。――【転生者】だなんだ乙女ゲームがどうたらこうたら、訳わかんねぇことをほざくのは、うちの愚姉だ」
そして悪魔様は、本物の乙女ゲームのヒロイン、エンジェ・ルーチェについて語りだした。