ルカ・ポアネスという不良44
唇が、全身がわなわなと震えた。
従属契約解除が、そんな悪意ある冗談だったというなら、私のこの数週間は一体何だったというんだ…!!悩み、落ち込み、うじうじしていた、あの時間は!!
返せ!!私の、葛藤の時間を!!利子をつけて返してくれっ!!
「……しっかし、予想外だったなぁー」
そんな私の様子を愉しげに眺めながら、デイビットはわざとらしく嘆息してみせると、にぃと口端を吊り上げた。
「契約解除されるって聞いたら、絶対喜ぶと思ってたのに、まさかルカに嫉妬するなんてなァ……いやぁ、愛されてんだなァ。俺って」
揶揄するようなデイビットの言葉を耳にした途端、脳裏に蘇る、自身の恥ずかしすぎる言葉。
『……私が、ルカに嫉妬したからっ…ルカに嫉妬して、デイビットが負ければいいと…ルカがデイビットに従って、自分が契約解除されたら嫌だって思ってしまったから、シルフィは私の想いに応えてくれただけなんだ…!!』
「…―――っ!!!!!」
ぼんっ
そんな間抜けな脳内効果音と共に、一瞬にして全身が沸騰した。
顔も、頬も、体のあちこちに至るまで、全てが熱い。
な、何アホなこと言ってしまったんだ私は―――っ!!!
「な、なし!!やっぱりさっきの言葉、なし!!あれ、ぜーんぶ嘘だからっっ!!」
「今さら、恥ずかしがらなくてもいーぞ…ちゃんと伝わって来たぜ?お前のご主人様への愛が、しっかりと」
「ち、違う!!あれは単に、えと、その…混乱してただけなんだ!!混乱して、思ってもないことを、思わず口走ってしまっただけなんだ!!本当は、私は自由が欲しい!!下僕なんて嫌だ!!解放されたい!!ぷりーず・ぎぶみーふりーだむ!!」
「何々、一生つかず離れ、身を粉にして俺にお仕えしたいって?いやぁ、こんな従順な下僕を持てて、俺は幸せもんだなァ」
「っだから違ーうっっ!!!!!!」
どんなに顔を真っ赤にして叫んでも、完全に今さら過ぎる。…本当に何をトチ狂っていたんだ、先刻までの私は…っ!!本当、アホ過ぎる。
頭を抱えて項垂れる私の姿にデイビットは目を細めながら、再び大げさに溜息を吐いた。
「――本当に、しょうがねぇ駄犬だな。おい」
項垂れる私に徐に近付いてて来たデイビットは、自身のおでこを私のおでこにコツンとぶつけると、そのまま吐息が分かる距離で囁いた。
「…しょうがねぇから、もう暫くは、お前だけの主人でいてやるよ。ルクレア」
そう囁きながらデイビットは、真っ直ぐ私と目を合せながら、小さく笑った。
「……っ」
間近で目の当たりにしたその笑みに、思わず息を飲んだ。
その笑みは、見慣れたデイビットの凶悪な笑みとは180°違っていた。
小さな子供がはにかむような、湧き上がる喜びを何とかして噛み殺そうとしているかのような、くすぐったさを耐えるような、そんな笑い方。
こんな無邪気な笑みを浮かべるデイビットを見たのは、初めてだった。
――きゅん
再び聞こえる脳内効果音。その笑みを見た途端、そんなおかしな効果音と共に心臓のあたりが、締め付けらた。
眼が縫い付けられたかのように、デイビットから逸らせなくなる。
少し冷めた筈の熱が、再び上がって、全身を熱くしていく。
……え、ちょっと待って。ちょっと待てよ。私。
「――んじゃ、取りあえず帰るか。今日くらいは訓練休んでもいいだろ。学園まで送ってやる…ったく、結界も貼らずに森の中飛び込んでんじゃねぇよ」
そう言いながら、デイビットはあっさりと私から、視線を外した。
デイビットから視線が外されたことに、僅かにショックを受けている自分に気が付き、愕然とする。
……いやいやいや、どう考えてもその思考、おかしいから。どう考えても、異常だから。
何これ。
何これ。
「……どうしたんだ?さっさと行くぞ」
怪訝そうに、再び私の方に再び視線をやるデイビットに、心臓が跳ねた。
跳ねた心臓は、そのまま鼓動を早くしていき、息が苦しくなって来る。
…息苦しいのに、何故かそれがどこか心地いいというのは、一体どういうことだろうか。
不意打ちに、ときめきを覚えることなんて、そう珍しいことじゃない。
大大大好きなツンデレ精霊達には、いつも不意打ちで萌え萌えさせられっぱなしだし、マシェルが不意打ちにでしてくる口説き文句のような言葉に、ドギマギすることだってある。
吊り橋効果っていったらちょっとおかしいかもしれないけど、サプライズとときめきというのは、相関関係にあるから仕方ない。
だから、予期せぬデイビットの無邪気な笑顔に、思わず胸きゅんしてしまったとしても、そこまでおかしくはないとは思う。
だけど。
だけど、それにしても、私のこの反応はちょっと異常じゃないかと思う。明らかに、ただのときめきにしては大げさすぎだ。
可愛い可愛い精霊達なら、萌えゲージが振り切れて、常軌を脱した反応を体がしてしまってもおかしくはないかもしれない。
だけど、相手はデイビットだ。小憎たらしい、鬼畜女装野郎だ。萌えゲージが振り切れる以前に、私の萌えツボにカスってもいない筈の生き物だ。
それなのに、何で。
何で、こんな反応。
これじゃあ、まるで――……。
「…マスター、大丈夫?」
シルフィが心配げに私の顔を覗き込んだ。
「サッキヨリモ、マスター、モットモット、顔赤クナッテルヨ?」
ありえない。
例え天と地がひっくり返ったとしてもそんなこと起るはずはずがない。
「――うん、大丈夫。…心配してくれてありがとう。シルフィ」
私は腕で顔の辺りを隠しながら大きく息を吐くと、動揺する自分自身を落ち着かせた。
…あって堪るか、そんなこと。
――私がデイビットに恋をしてしまったとか、そんなことあるはずがない。