ルカ・ポアネスという不良40
全身で感じる、人の温もりに、頭をなでる不器用な手つきに、一層涙腺が緩む。
…なんでこんな場面だけ、イケメンっぽいことやって来るんだ。デイビット…鬼畜女装野郎な悪魔様な癖に…。
「――言っとくが鼻水を俺の服につけたら、後でお仕置きだからな」
「……もう今の時点で、手遅れでず…既に、大ぎな鼻水の染みが…」
「……よし、ルクレア。お仕置きポイント1追加な。10溜まったら、豪華なお仕置きが待っているから、楽しみにしてろ」
……と、思ったら、やっぱりいつもの悪魔様だったあああ!!!
豪華お仕置きって何?どんだけ恐ろしい拷問が待っているの!?
恐ろしすぎるわ!!鬼!!鬼畜!!
「……ぷはっ」
心中で突っ込んだ途端、張りつめていた緊張が吹っ飛んで、思わず笑ってしまった。
……デイビットは、やっぱりデイビットだよな。
うん、これでこそ、デイビット。
そう思ったら、笑いが込み上げて来て仕方なかった。
「……なんだ。そんな泣かねぇうちに、笑える余裕出てきたじゃねぇか」
そんな私の変化に、デイビットはどこか満足げに目を細めて、頭を撫でる手の力が強まる。
…痛い痛い痛い痛い。
ちょ、もっと繊細な手つきで扱って下さい。傷心で弱っているのだから、これでも。
「もう大丈夫そうだったら、さっきからそこの木の陰に隠れている奴と話してやれよ」
「…え」
デイビットに促されるままに、視線を移すと、サッと木の後ろに隠れる影が見えた。
あれは。
陰でもはっきり分かる、あのぷりてぃオーラは…。
「……シルフィ」
「お前が来た時から、あいつ、ずっとあそこでお前の様子うかがってたぞ。こっそりお前の後、着いて来てたんじゃねぇの?」
…シルフィが、ずっと、私の後を?
思わず、自身の胸の当たりをぎゅっと掴んだ。心臓のあたりが、なんだか苦しい。
デイビットの腕から抜け出して、陰が隠れた木に近づいていく。
ばれてしまっては今さら逃げても仕方ないと思ったのか、シルフィは存外あっさり姿を現した。
だけどその視線は地面の方に向けられ、けして私の方を向こうとしない。
「シルフィ…」
呼びかけても、シルフィの視線は相変わらず下方に固定されたままで、何も話すまいというようにその口はキュッと閉じられている。
私はその場にしゃがみ込むと、ちょうどシルフィと視線が合う下方から、シルフィの顔を覗き込んだ。
「…ねぇ。シルフィ。何も言わないでいいから、私の話を聞いて?」
「………」
「――シルフィ。私はシルフィにとって、あまり良い主人だとはいえないね」
始まりは一方的な、蹂躙。
それから何度も何度もぶつかって、罵り合って、10年もの歳月をかけて築き上げた、精霊達と私の絆。
私はその絆を、過信していた。昔の、あり得ないほど酷かった頃の自分自身と比べて、かなり成長して、ちゃんと精霊達の主人になれたのだと、そう奢っていた。
だけど、今回の件で気付かされた。
私はまだまだ未熟だ。精霊達の主人として胸を張れる器じゃない。
「自分の感情のコントロールも出来ずに、負の感情で鬱々となって、シルフィ達を心配させて。シルフィが私を心配するがあまり起こした行動を、勝手なことをするなと責め立てて。そして何より、シルフィの想いをずっと気付かなかった。…よくよく考えると、本当にひどい主人だ」
「……マスター…ソンナ、コト…」
「そんなことあるんだよ…私はまだまだ精神的にも、未熟なケツの青い小娘なんだ」
前世も合わせると何十年も生きているはずなのに、ちっとも精神的に大人になっている気がしない。
肉体が新しくなった時点で、精神年齢もリセットされてしまうから仕方ないことなんだろうか…そうだと思いたい。
前世の記憶はともかく、今の私は、情緒形成も発展途上なまだ17歳。
何百年と生きているらしい、シルフィ達にとっては赤子も同然だろう。
そんな私が精霊達の主人をしていることは、本来ならおかしいのかもしれない。無理矢理結んだ主従契約を解除すべきなのかもしれない。
――だけど。
「傷つけてごめんね。シルフィ。立派なマスターじゃなくてごめん…だけど」
シルフィに向かって手を伸ばし、そのまま腕の中に抱き込む。
シルフィは、抵抗をしなかった。
そんなシルフィの頬に、そっと私の頬を押し当てた。
「だけど、シルフィが許してくれるなら、私はこれからもシルフィの主人でいたい。シルフィに、傍にいて欲しい」
喧嘩の直後言いたかった言葉が、言うべき筈だと思った言葉が、心の底から出た真実の言葉として、すっと私の口から溢れ出た。
「だってシルフィが、大好きだから…誰が一番かなんて決められないけど、他の精霊達と同じくらい、シルフィが大大大好きだから」