ルカ・ポアネスという不良39
「んなひでぇ顔で、うだうだぐちぐち抜かしやがって…おらおらおらおら」
「…あだっ!うえっ!あうぐっ!でっ!」
そしてそのまま高速デコピン(若干強烈)を仕掛けて来るデイビットに、思わず間抜けな声が漏れた。
予想外の展開に脳がついていけず、思わず目を白黒させて、ぽかんとデイビットの顔をみてしまう。
…あれ?確かに私今、かなりシリアス落ち込みしていたはずなのに。あれ?へ?
なんでこんなに、いつも通りなの?
「…ああ。同じブッサイクな面でも、そういういつもの間抜け面の方が100万倍ましだな」
そう言ってデイビットは、にいと口端を吊り上げる。
「んな小さぇこと気にしてんな。鬱陶しい。お前はいつも通りにしてりゃあいーんだよ。落ち込むのは、俺がすべきことだ」
「…小さいって」
思わず眉間に皺が寄った。
小さいことなんかじゃない。
だって、私のせいで、デイビットが。
「…っつー!!!!」
そう続けかけた言葉は、再び額を襲った、今まで以上に強烈な一撃に封じられた。
で、デコピンがここまで攻撃力を持つなんて…!!
い、今お星様が見えたぞ…っ!!痛ぇええ!!
「だぁってろ、ボケ。小さぇことなんだよ。…たかが、風だ」
悶絶する私を満足げに見やりながら、デイビットはふんと鼻を鳴らした。
「自然に起きてもおかしくねぇ、ただ少しばかり強いだけのただの風だ。んな風一つの妨害に、まんまと嵌った俺の実力が足りねぇのが悪ぃんだ。お前が気にすることじゃねぇ」
「…で、でも…」
「でももだっても、ねぇ。…ルクレア、お前は主人を貶める気か?あん?」
鋭い目で一瞥され、思わず身を跳ねさせる。
…え?貶めるって?何で?何で、そうなるの?
「――見くびんじゃねぇ、ルクレア。俺は自分の実力不足を棚に上げて、そんな一要因に負けた理由を押し付けるようなことはしねぇよ。俺の下僕がやらかしたことを、ただ一方的に責め立てる程狭量でもねぇ。お前を下僕にしたのは、俺だ。俺が、お前の主人なんだ。ならお前がやらかしたことの責は、結局は俺にあるんだ。…だから、お前に俺が負けることを望ませて、お前の精霊の暴走のきっかけを作らせたのは、俺の責任だ。戦闘能力だけじゃなく、主人としての能力も、力不足だった。それだけの話だ」
迷いのない目で私を見据えながら、きっぱりと言い切るデイビットの姿に、ぎゅうっと胸が締め付けられた。
……何、それ。
何それ。何それ。何それ。
「…っ!!って、何でそこで増々泣くんだ!?てめぇは」
「だ、だっで…」
だぁーっと、滝のように涙が溢れて来た。涙だけじゃない、鼻水もだ。
今私は、本当に最高潮に不細工に泣いていることであろう。今の私の姿は最高に間抜けだろう。
それでも、どうしたって泣くことをやめられない。
「だっで、デイビットが、格好良ずぎるがらぁー…」
従えるものの責は、主人である自分の責。そう言い切れるデイビットが、潔くて格好良くて、羨ましかった。
シルフィに責任転嫁をしようとしてしまった自分との差を思い知らされて、情けなかった。
情けないのに、そんな自分が恥ずかしくて仕方ないのに――なのに、同時に、溜まらなく嬉しくて。
本当に全てを受け止めて貰っているような、そんな関係が、なんだかとても幸せで。
色んな感情がぐちゃぐちゃで、もう泣くことしか出来なかった。
自分の感情が訳が分からなくて、脳内がパンクしそうで、ただ本能に身を任せるように泣くことしか出来なかった。
「だから泣くんじゃ…だぁ!!もう、仕方ねぇ奴だな!!」
怒鳴り声と共に、乱暴に引き寄せられた体は、次の瞬間熱で包まれた。
鼻先にぶつかるのは、自分と同じくらいの広さに見える…それなのに服ごしでも分かるくらいしっかりと筋肉が付いた、女性のそれとは異なる胸板。
「……こうなったら、泣くだけ泣いて、もう流せる水分全部流しちまえ…ったく、どこまでも世話が焼ける駄犬だ」
そっぽを向きながらそう吐き捨てたデイビットは、自分の腕の中にいる私の頭を、ガシガシと雑な手つきで撫でた。