ルカ・ポアネスという不良38
ああ、言ってしまった。
もう後戻りできない。
「――シルフィって、お前の風精霊か?」
「…うん。そう。…ごめんなさい。本当に」
デイビットの顔が、見られない。
心臓が、ただひたすらうるさい。
沈黙の後、不意に聞こえた深い深いため息に、びくりと体が跳ねる。
思わず、ぎゅっと目を瞑ってしまった。
だけど。
「――たく、あの糞ガキ…どんだけ俺のことが嫌いなんだ」
「…え」
覚悟した罵声は、振ってくることは無かった。
顔をあげた私に映るのは、肩を落として不貞腐れたような表情を浮かべるデイビット。
「どうせ、あれだろ?大好きなご主人様を虐げる俺が嫌いだから、復讐のタイミングを狙ってたとかいう感じだろ…ったく、何つー的確なタイミングで嫌がらせしてきやがるんだ…あのガキ」
「ち、違…っ」
「いい、いい。庇わなくたって、分かってる。てめぇが、自分から命令してきて、俺の邪魔何か仕掛けたりなんかしねぇことくらいわ。暴走したガキを止められなかっただけだろ?…別に怒りはしねぇさ」
即答された返事に、思いがけなく突きつけられた信頼に、思わず息を飲みこむ。
そんな風に、思ってくれていたなんて。
嬉しいと思う反面、その言葉の重みが胸に突き刺さった。
私はそんな風に、思って貰えるような立場じゃないんだ。
「…違うんだよ。違うの…そんなんじゃないんだ」
「…あん?」
「本当に、私のせいなんだ…シルフィはただ、私の望みをかなえてくれただけなんだ」
怪訝そうに見上げるデイビットの顔が、涙で滲んだ。
ただただ自分が情けなくて、格好悪かった。
「……私が、ルカに嫉妬したからっ…ルカに嫉妬して、デイビットが負ければいいと…ルカがデイビットに従って、自分が契約解除されたら嫌だって思ってしまったから、シルフィは私の想いに応えてくれただけなんだ…!!」
言葉にした途端、自分のあまりの卑小さを実感して、涙が頬に零れ落ちた。
言葉にしたからこそ、改めて分かった。シルフィは悪くない。悪いのは、そんな情けない、馬鹿な感情を露わにしていた私だ。
それを簡単にシルフィに気付かせてしまった、私が一番悪いのだ。
今だから、分かる。今だから、認めないといけない。
私は、シルフィが魔法を使って、デイビットの勝利を妨害した時。心の底では喜んでいたのだ。
喜んで、自分が見限られないことに安堵しながらも、その癖、シルフィを責め立て、その咎を押し付けようとしていた。
シルフィはただ、私の願いを叶えてくれただけなのに、そんな物は望んでいないと、綺麗事を叫んだ。
…なんて、酷い主人だ。なんて、愚かで、ずるくて汚い人間なんだ。
そう考えると、情けなくて、恥ずかしくて、消えてしまいたくなる。
ボレア家のプライド以前の問題だ。
私が私として生きる為に必要なプライドを、尊厳を、私は自分の手で傷つけたのだ。精霊達の主人であるという、ルクレア・ボレアとしてだけでは無く、私が私であるが故に有する私自身の自尊心を、私は自分の馬鹿な行動で傷つけたんだ。
なんて、愚かなんだ。こんな人間に、精霊達を、私の大好きで可愛い、愛おしい精霊達を従える資格何かありはしない。
そう思ったら涙が次から次に溢れだして止まらなかった。
泣けば泣くほど、自分が一層惨めで格好悪くなると分かっているのに、泣けば許されるというものじゃないと分かっているのに、それでも勝手に涙が零れてしまう。
そんな私の様子に、デイビットは再び大きく溜息を着いて、立ち上がる。
今度こそ襲ってくるだろう、デイビットの断罪に、私は覚悟を胸に目を瞑った。
例え、半殺しにされたとしても、受け入れようと思った。…こんな勝手な理由で、野望をぶち壊されたデイビットには、その資格があると思ったから。
「…不細工で情けねぇ顔してんじゃねぇよ。アホ」
しかし、額に感じた軽い痛みと共に振ってきた声は、どうしようもない呆れが滲んでいたものの、拍子抜けするほど優しいものだった。
思わず涙も引っ込んで、反射的に大きく開いた私の目に映ったのは、額を弾いた指を構えたまま苦笑いを浮かべるデイビットの顔だった。