ルカ・ポアネスという不良37
追わなきゃ、と、そう思った。
シルフィの後を追いかけて、抱きしめて、悩みに気づかないでごめんって言って、抱きしめて
そして大好きだよって、何度も何度も繰り返し言わなければと思った。
それが、一番だって、そう思った。
「―――…っ」
なのに、体が動いてくれなかった。
『なんで勝手なことをしたの』
『泣きたいのはこっちの方だよ』
『シルフィのせいで、デイビットは』
そんな考えが、そんな糾弾が、頭の中をぐるぐる渦巻いて、追いかけようとする私の体を拘束する。きっと今すぐ顔を合せれば、私はまた、シルフィを怒鳴ってしまうだろう。そうすれば今よりももっとひどい状況になってしまう。
ああ、なんでこんな風に思ってしまうんだろう。こんな自分がとても嫌だ。寛大な主人でいられない自分が、嫌で仕方ない。
大好きなのに。
シルフィのことが他の精霊達と負けず劣らず大好きなのに。
今は、まだ、顔を合せたくない。合せたら、私はきっと、もっとシルフィを傷つけてしまう。
「……デイビット」
頭の中に、先程見たデイビットの姿が過ぎる。
…そうだ、まずは先に、デイビットに謝らないと。
あの風が偶発的なものでないことを説明して、私のせいだと、そう言わないと。
謝罪を口にした瞬間、デイビットは、一体どんな反応をするだろうか。
達成寸前だった野望を滅茶苦茶にした私を、激しく罵るだろうか。
私をいらないと、そう、見限るだろうか。
想像すると、全身が震えた。
行きたくない。認めたくない。全て無かったことにして、隠してしまいたい。
――だけど。
「…行かないと…」
行かないといけない。話さなければならない。
だって私はデイビットの「従なるもの」だから。主人に隠し事何かしてはいけない。
それに、きっと認めない限り、私はシルフィを許せない。許して、心から大好きだよって言ってあげられなくなる。それは、嫌だ。
例え激しく断罪されようとも、私はデイビットに全てを打ち明けなければ。
私はテラス席を飛び出すと、人目をはばかることもなく、ただ真っ直ぐに走って行った。
走る。
走る。
走る。
ただ、必死に辺りを見回しながら、デイビットの姿を探しながら、息を荒げてひたすら足を動かす。
どこだ。どこにいるんだ。
きっと、この辺りにいるはずなのに。
デイビットなら、きっと。
草が足に絡み転びそうになったり、木の枝が頬を掠めて小さな傷を作ったりしたが、今の私にはそんなことを気にしている余裕なんかない。
ただ前方だけを見ていた私の手が、不意に後ろから引かれた。
「……何してやがんだ、てめぇは」
振り返れば、不機嫌そうに顔を歪めるデイビットが、私の手を掴んでいた。
「デイビ…」
「アホか!?てめぇはっっ!!!」
口にしかけた名前は、キンと耳鳴りがするほどの大声で発せられた、突然の怒鳴り声によって遮られた。
「結界魔法も使わねぇ、精霊も連れねぇ、んな無防備な状態で森の中にノコノコ一人で入って来るとか、何考えてんだっ!!中級魔物は勿論、ただの野生動物だって不意打ちをつかれれば、死んじまうこともあるんだぞ!!実際、てめぇは俺がこんなに接近しても、気が付かなかっただろうが!!その程度の身体能力で、森の中に飛び込むとか、自殺行為以外の何もねぇだろっ!!」
デイビットの言葉に、いかに自分が無警戒だったか気付かされて、ゾッとする。
森に入る前は、十全の準備を。
そんな当たり前のことですら、すっかり頭に抜けてしまっていた。
「…ご、ごめん…」
思わず謝る私に、デイビットはふんと鼻を鳴らした。
「……で?んなに血相変えて、結界も忘れるくらい頭に血ぃ上らせて?何のために、森の中突っ走ってやがったんだ?」
「……そ、それは……」
「――まさか、試合に負けて落ち込んでいる、俺を探しに来やがったとか言わねぇよな?」
「…っ」
図星をつかれて、思わず言葉に詰まる。
そんな私の反応で全てを悟ったらしいデイビットは、乱暴な手つきで私の手を離すと、大きく溜息をついてその場にしゃがみ込んだ。
「……情けねぇな。おい。試合に負けて、下僕にここまで心配されるっつーのも……」
「…いや、違、その…」
「ルクレア、お前も試合見ていたんだろう?…クソ、格好悪ぃ」
そう言ってデイビットは頭を掻き毟りながら、自嘲するように笑った。
「…あれだけ大口叩いといて、偶然の強風一つであのざまだ。…あぁ、だせぇ」
どこか弱弱しげなその言葉に、ぎゅうっと胸の奥が締め付けられた。
「――違うよ。デイビット。偶然何かじゃないんだ」
「…あ?」
怪訝そうに向けられる視線に、胸が苦しくなる。
唇が渇いて、震えた。
だけど、言わないと。
「あの、強風は、シルフィが起こしたものなんだ」
泣きそうに、顔が歪んだのが分かった。
言わなければ。
認めなければ。
「デイビットが負けたのは、私のせいなんだ…!!」
全ては私の咎なのだから・