ルカ・ポアネスという不良36
「ナンデッテ…マスターガ、悲シソウダッタカラ」
私の問いに、シルフィは心底不思議そうに首を傾げる。
「デイビットニ、マスター勝ッテ欲シクナカッタンデショ?ダカラ、邪魔シタダケダヨ」
「だからって、こんな方法…っ!!」
「――大丈夫ダヨ、マスター」
そう言ってシルフィはにっこりと笑う。
「精霊魔法ハ、人間ニハチャント理解出来ナイカラ。皆、私ガヤッタッテ気ガツカナイ。皆、偶然強風ガ吹イタダケッテ、ソウ思ウカラ大丈夫ダヨ」
自信たっぷりに言い放つその姿には、僅かな罪悪感も見られない。
精霊と、人間の心のあり方は違う。そんなこと、ずっと精霊達と過ごして来たから、とっくの昔に知っていた。
知っていたはずなのに、今頃その事実に打ちのめされる。
「…違うよ、シルフィ。違うよ」
「?ドウシタノ、マスター?」
くしゃりと自分の顔が歪むのが分かった。
「私は、こんなこと望んでいなかったんだ…!!」
デイビットに、勝って欲しくないと思っていた。
だけど一対一の正々堂々と行われた勝負を踏みにじる様な、こんな妨害、望んでいなかった。
スクリーンに視線をやると、そこにはデイビットの姿が映し出されていた。
ルカが離れてもまだ地面に仰向けに倒れたままのデイビットは、ショックで呆然としたように黙って空を見上げていた。
その姿に、胸が苦しくなる。
もしシルフィの妨害がなければ、きっとデイビットは、ルカに勝てていた。
勝って、念願の「銀狼の主」になれていた。
その為に、デイビットは必死に努力していたのを、私は知っていた。
それなのに、デイビットの永年の野望の一つを、私が今踏みにじってしまったのだ。
私が、つまらない嫉妬をしたばっかりに、全てを台無しにしてしまった。
そう考えると、心臓のあたりがきゅうきゅうに締め付けられるようで、泣きそうになった。
「…ナンデ、喜ンデクレナイノ?」
そんな私の様子に、シルフィは不満げに顔を歪めた。
「私ハ、マスターノ為二ヤッタノニ。マスターノ望ミヲ叶エテアゲタノニ、何デ!?」
詰る様なシルフィの言葉に、カッとなった。
誰のせいで、私がこんなに胸を痛めていると思っているんだ…っ!!
そう思ったら、勝手に口が動いていた。
「――誰も、頼んでなんか、ないっ!!」
「…っ」
「誰もそんなこと頼んでないのに、何で勝手なことをするの!?」
頭に血が上っていて、すっかり周囲が見えなくなっていた。
ただ興奮に身を任せるまま、声を荒げた。
だからこそ、気が付かなかった。
「――本当にシルフィは、いつもいつも勝手なことばかりしてっ!!」
私の言葉に、シルフィの顔が蒼白に変わってしまっていることに、すぐに気づくことが出来なかった。
「…ヤッパリ、マスター、ソウ思ッテイタンダ」
シルフィから不意に発せられた温度がない一言に、ようやく私は我に返った。
「私ノコト、勝手ダト、ソウ思ッテイタンダ」
シルフィの顔へと視線を移して、息を飲んだ。
シルフィは、泣いていた。
普段はいつも愉しげな笑みを浮かべているその顔を、見たこともないほど悲痛に歪めて、その若草色の瞳から次から次へと涙を零していた。
普段は強気なシルフィの、見たことが無い程弱弱しい姿に思わず動揺する。
「ダカラ、マスター、精霊達ノ中デ一番、私ヲ好キジャナインダ…ッ!!」
それは、私が初めて知る、シルフィの心の叫びだった。
「――何を言っているの…?シルフィ…私はシルフィも、ディーネも、ノムルも、サーラムも、皆同じくらい大切で…」
「嘘嘘嘘嘘!!!マスターノ、嘘ツキ!!」
シルフィは、目に涙を一杯に貯めながら私を睨み付ける。
「マスターハ、皆程、私二構ッテクレナイ…ッ!!皆程、私ヲ気二シテクレナイ…ッ!!ズット、ズット、ズットダヨ!!」
シルフィの言葉に、思わず言葉に詰まった。
思い返せば確かに、私は他の三体ほどシルフィに構ってやっていなかったと、気づかずにはいられなかった。
サーラムは、淋しがり屋で放っておくとすぐに拗ねるから、定期的に構わないといけない。
ノムルは、いつでもどこでもすぐに寝てしまうから、目を離してはいけない。
ディーネは、大人しくて遠慮がちだから、私から察して手を差し伸べてあげないといけない。
だけど、シルフィは。
シルフィは風の精霊だけに気まぐれだから、別に私が構わなくても平気そうで。
何だかんだ言ってしっかりしているから、放っておいても大丈夫そうで。
自己主張は強いから、わざわざ私が話を聞かなくても、何かあれば自分から言って来ると、そう思っていて。
だからこそ、シルフィがこんな風に思っていたなんて、知らなかった。
「…ダカラコソ、今回、私一人デ動イタノニ。私一人ダケデ、マスター二褒メテモライタカッタノニ…ナノニ…ナノニ、ナンデ喜ンデクレナイノ…?」
「シルフィ…」
「――マスターナンカ、大嫌イダ!!」
「…っシルフィっっっ!!!」
泣きながらどこかへ飛び去っていくシルフィの背中を、私はただ呆然と眺めることしか出来なかった。