ルクレア・ボレアという少女
【サディズム】
それは小説家マルキ・ド・サドの名に由来する、性的倒錯。
相手を痛めつけることに快感を覚える、性嗜好。
この異世界の歴史に、マルキ・ド・サドは存在しない。
しかし、語源となった人物はおらずとも、サディズムという概念は存在する。
それは、人間という高等生物が存在する限り、必ずこの世に存在する、普遍的な思考の一つなのだ。
「――あら、私の精霊がいたずら好きでごめんなさい」
私は強風を起こして、わざと相手を転ばせるように命令した風精霊の頭を人差し指で撫でて労いなから、無様に地面に転がる少女を見下ろして、嘲笑を浮かべる。
「でも庶民の貴女には、地べたに這いつくばるのがお似合いかしらね。賤しい、身分も解さない、不作法で下品な貴女には」
少女は勝ち気な翡翠の瞳をつり上げながら、私を睨み付ける。
美しい顔を歪ませて、屈辱と、怒りを露わにしたその顔。
あぁ、なんて
あぁ、なんて
――あぁ、なんて快感
「…やべぇ~っ!!勝ち気美少女の屈辱に震える顔とか、まじ素敵過ぎる!!まじ、メシうま過ぎる!!あぁ、もう、ゾクゾクするっ!!悪役令嬢に転生してよかったわ~」
「マスター、頭、大丈夫?」
「マスター、顔、気持チ悪イノデス」
「……ヘンタイ……」
「ブース」
「……お前ら、主をなんだと思ってやがる。とくにサーラム、お前のそれ、今の状況とまったく関係ない、ただの悪口だからな、おい」
快感に震える私を見て、口々に可愛くないことを言ってのけるフィギュア大の精霊達の頭を、それぞれ指先でぐりぐり撫でてやる。
水の精霊ディーネと、風の精霊シルフィ、女の子二人はきゃあきゃあ笑って可愛いが、土の精霊ノムルは眠そうにしてて相手にしてくれないし、火の精霊サーラムに至っては指先燃やそうとしてきやがった。ツンデレなのは分かっているが、あまりに可愛くないので親指の腹で頭を思いきりぐりぐりしてやる。
「イタイ!!ヤメロ!!糞マスター!!」
「サーラム、ごめんなさいは~?」
「イタイイタイイタイ…マスター!!ゴメンナサイ」
あ、泣きそう。ちゃんと謝ったし、そろそろやめてやろう。
「……マスターノ、バーカ。コンナニヒドイオ仕置キスルナンテ、マスター、俺ノコトキライナンダ」
「また、そういうこという。サーラムがあんまり可愛くないこというからお仕置きしただけでしょうが」
「チガウ、マスター、元々俺ガキライナンダ…ダカラ、今日、シルフィ使ッタンダ。俺使ッテクレナカッタンダ」
泣きながら、睨み付けるサーラムに心臓を射抜かれる。
おいおい、私がシルフィ使役したから、拗ねてあんな暴言吐いたんかい。
やべぇ、可愛い。
バカワイイ。
私はサーラムににっこり笑いかける。
「今回は、たまたまシルフィの番だっただけ。次回はサーラムにお願いするよ。だって、私サーラムが大好きだもん」
調教、それもすなわちサディストの極めるべき道。
鞭の後は、飴をあげなくては。
虐めた後の優しい言葉は沁みるだろう。
ほら、サーラムの顔が嬉しそうに紅潮してきた。
「マスター…!!」
「よーしよしよし」
満面の笑みで突進してきたサーラムを、指先で優しく優しく撫でてやる。
サーラムはもうデロデロだ。
うむ、今日も素敵にご主人様な私、絶好調。私ってば、ナイス調教師。ナイスサディスト。
「…マスター、得意ゲニドヤ顔シテルケド、アンナンデ調教サレルノ、サーラムダケダヨネ」
「マスター大好キデ、単純馬鹿ナ、サーラムダケデスネ」
「…マスタ…身ノ程、知ル、ベキ…」
「おい、聞こえてんぞ、お前ら」
こいつらにはそのうち、主従関係がどうあるべきか、身を持って教えてやらねばなるまい。全く、可愛いが、困った奴らだ。
私こと、ルクレア・ボレア、花も恥じらうぴっちぴちの17歳。
前世でプレイした覚えがある乙女ゲームの世界っぽい、ファンタジーな異世界に転生したようですが、割り当てられた噛ませ犬系悪役令嬢ポジションの生活を、現在進行形で心から満喫しております。