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第四話

 午後四時。合田警部は警察庁の会議室を訪れた。七階にある会議室のドアをノックして彼が入ると、その場所には関口隼人と八嶋祐樹と千間刑事部長の三人がいた。

「合田。何の用だ」

 千間刑事部長が聞くと、合田警部は逮捕状を見せる。

「関口隼人。石塚俊殺害の容疑で逮捕状が出ている」

 その逮捕状を見て関口隼人は苦笑する。

「証拠がないでしょう」

「証拠があるから、逮捕状を請求できた。あなたは不倫相手による殺人に偽装するために、ネクタイやベルトを奪った。だがその証拠は既に捨てただろう。本当の証拠は石塚俊の携帯電話。あれの留守録にあなたの声があった」

 合田はポケットから透けたビニール袋に入れられた石塚俊の携帯電話を操作して、その音声を流す。

『伝え忘れました。安藤慶太を殺したのは僕です。彼のように殺されたくなければ、考え方を変えてください』

「これはあなたの声だな。関口隼人」

「ただのブラックジョークですよ。それだけの証拠でしょう」

「ブラックジョークか。それならフィギュアの指紋はどうだ。彼の自宅から押収した奴にはあなたの指紋が検出されたが」

「アニメキャラのフィギュアから指紋が検出されたって証拠にはならないでしょう。彼の自宅に言った時に触れたかもしれませんし。それに僕は彼の上司。盗聴するメリットはないではありませんか」

「なぜアニメキャラのフィギュアだと分かった。なぜ盗聴という言葉を発した。それはあなたが犯人であることを証明している。さらに言えばあなたは石塚俊の自宅に一度も行っていない。それは記憶力が良いタカハラマンションの大家が証言した。それなのになぜアニメキャラのフィギュアからあなたの指紋が検出されたのか。盗聴器付きのアニメキャラのフィギュアはあなたが石塚俊に送ったプレゼントだから」

「それは決めつけでしょう。僕が送ったという証拠がない」

「あなたはその証拠を偽装した。だから証拠がない。だがあなたは午前零時に石塚を品川埠頭に呼び出した。その証拠ならある。ある窃盗犯の証言によれば、石塚は品川通りで午前零時に電話を受けた。その電話が終わった直後に窃盗犯は彼の携帯電話が入った鞄を盗んだ。その盗まれた直後にあなたの留守録が記録された。つまりあなたが最後に石塚さんと電話をしたということだ」

「それも決めつけです。最後に電話したからって僕が品川埠頭に呼び出したとは限らないでしょう」

「あなたが呼び出したとしか思えない。昨日の午後一時石塚俊は午後十一時から午前一時の二時間カラオケボックスを利用すると予約した。だが都合により午前零時でお開きになった。ということは利用が開始された午後十一時現在までは二時間利用するつもりだった。にも拘わらず彼は午前零時で利用を止めた。その理由は石塚俊の携帯電話に残されたメールを読めば一目瞭然だ」

 合田は関口にメールのコピーを見せた。

『テロ組織退屈な天使たちについて。面白いことが分かった。今すぐ電話してくれ』

「そうでした。テロ組織退屈な天使たちの取引が行われると聞いて、張り込み人数を増員するために電話しました。石塚俊を殺したのは退屈な天使たちの構成員でしょう」

 その関口の言葉を聞き、合田は反論する。

「それは妙だな」

「普通の話でしょう。上司が部下を呼び出すのは」

「違う。もしテロ組織の取引現場を張り込むのなら、拳銃を携帯していなければおかしい。テロリストが危険な存在ということを知っている人が丸腰で張り込みをするはずがない。だからあの日退屈な天使たちは取引を行っていなかった。あなたが言ったことは嘘だ」

「石塚の拳銃は退屈な天使たちの構成員に奪われたとしたらどうですか。これなら拳銃がなくてもおかしくないでしょう」

「仮に奪われたとしたら、拳銃保管庫から彼の拳銃が発見されることがない。記録によると石塚俊は拳銃を持ち出していない。だがあなたは拳銃を持ち出した。そして石塚俊の体を撃ち抜いた銃弾のライフルマークとあなたの拳銃が一致した。これであなたが犯人だという証拠を言い尽くした。あなたはそれでも反論できるのか」

 関口は反論する余地がないと思い、高笑いする。

「本当に厄介な刑事さんですね。そうですよ。僕が石塚俊を殺しました。あの時石塚が携帯電話を所持していれば、証拠を全て消すことができたのに、偶然というのは怖いですね。偶然窃盗犯に携帯電話ごと奪われて、証拠を消す術をなくしたのだから。それがなかったら完全犯罪ですよ。不倫相手に仕立て上げた広瀬佳奈を身代わりにして、事件自体を隠蔽する。これで警視庁に責任を押し付けるつもりだったのに」

「お言葉を返すが、この世界に偶然は存在しない。偶然は必然が重なって初めて起こる現象だ。偶然窃盗犯が石塚の鞄を盗んだと思っているとしたら、見当違い」

「まさかこの事件には黒幕がいるというのですか」

「黒幕という言葉が表現上正しいのかは分からないが、この事件の背後ではあなたが予想できなかった別のことが起こっている。それもあなたとは違う考えを持った正反対のことだ。今木原たちがその現場に向かっている」

 

 その頃品川埠頭の廃倉庫に丸山綾乃は佇んでいた。彼女は春が近づいて涼しくなっているにも関わらず、長いコートを着ている。

 そんな彼女の背後で木原が声をかけた。その隣には神津がいる。

「丸山綾乃さん。やっぱりここにいましたか。残念ながらあなたを逮捕しなければなりません」

「逮捕ですか。私が何をしたのでしょう」

「窃盗教唆だ。あなたは隣人の山岡という男に石塚俊の鞄を盗むよう依頼した。これは教唆罪として適用される」

 それを聞き丸山綾乃は拍手した。

「素晴らしいですね。確かに私は山岡さんに石塚俊の鞄を盗むよう依頼しました。それは認めます。でもあなたたちにその動機が分かりますか」

「証拠を消させないためだろう。どうやって関口隼人の企みを知ったのかは知らないが、あなたはその企みの証拠を残すために、山岡へ窃盗を依頼した。つまりあなたと石塚俊は仲間だった。その仲間が殺されると知ったあなたは殺人の証拠を持ち去り、証拠の隠蔽を防いだ」

「悪いけど、その推理は一つだか間違いがありますよ。山岡さんに窃盗を依頼したのは、石塚俊自身です。あの窃盗事件は自作自演だったのですよ。全ては証拠の隠蔽を防ぐために。つまり石塚俊も窃盗教唆として逮捕するべきです。自殺した広瀬佳奈もこのことを知っていたから、彼女も同罪です。そのおかげで事件を解決できたのでしょう。感謝してほしいな」

「犯罪者に感謝することなんてできない。その前に教えてほしい。そこまでしてあなたたちは何を守ろうとしたのか」

「国民ですよ。私たちは国民を守るという正義を守ろうとした。だから罪に問わなくてもいいではありませんか。私たちの窃盗教唆は被害者が同意の上で行ったこと。誰も悲しまない。窃盗が犯罪なのは分かっています。でも石塚俊が被害者になった窃盗事件は隠蔽してください」

「あなたは石塚俊を犯罪者にしたくないようですね。ですが見過ごすことはできません。その理屈が正しいとしたら、無理心中も罪として問われなくなるでしょう。真実は公にするべきですから」

「本当に厄介な刑事さんですね。真実を知れば人は悲しむ。真実を隠せば人は喜ぶ。あなたたちはそれでも真実を解き明かそうとするのですか。私はこの品川埠頭で殉職した安藤慶太兄さんの無念を晴らしたかっただけなのに。どうして邪魔をするのですか」

「やっぱり。あなたは安藤慶太の妹だったのか。山岡からお前の兄が亡くなったことを聞いた時から疑っていたが」

「私は安藤慶太の妹。両親の離婚で苗字が変わったけど、私は慶太兄さんのことが好きだった。だけど九年前私が高校三年生だった時に兄さんは殉職した。その真相が知りたくて警察官になろうと思いました。賢かったからキャリア組として警察庁で仕事することになったけれど、私は九年前慶太兄さんが殉職したという退屈な天使たちの取引について調べました」

「そこであなたは殉職という事実に隠された真実を知った」

 神津の問いに丸山は首を縦に振って頷いた。

「慶太兄さんがあのことを公にしようとして殺されたということを知りました。それを教えてくれたのは、石塚俊と広瀬佳奈。あの二人は警察組織がやろうとしている国家的権力を乱用した陰謀について調べていました。彼らも私と同じように慶太兄さんの無念を晴らすために行動していた。だけど石塚俊は品川埠頭で関口隼人に殺された。そして広瀬佳奈が自殺して私は一人になった。あれを告発しようとすれば、石塚俊のように殺される。だからその前に私は自ら死を選ぶ」

 丸山綾乃はコートを脱ぎ、その場に捨てる。丸山綾乃はワイシャツの上に爆弾を巻いていた。そして彼女は爆弾のスイッチを木原たちに見せる。

「安心してください。この爆弾は自殺用。殺傷能力は私の体を吹き飛ばす程度ですから」

「ふざけるな。あなたが死んだらどうなる。安藤慶太はそんなことで喜ばない」

「彼女が自殺しなかったら、一人にならなかった。独りぼっちは嫌」

 その丸山綾乃の言葉を聞き、木原が怒鳴る。

「あなたたちなら真実を解き明かすことができるでしょう。これは広瀬佳奈が伝えた最期のメッセージです。このあなたたちという言葉にはあなたも含まれているように思えます。あなたも真実を追い続けた仲間でしょう」

「それはでたらめでしょう。何の根拠もない」

「広瀬佳奈は自殺する直前八嶋公安部長に遺書としてメールを送った。そのメールにはあなたのことも書いてあった。丸山綾乃をこの事件に巻き込んで悪かったと思っています。兄の意思を継いで真実を追う彼女を私は守りたいと思っています。義理の妹として。でも丸山綾乃には、私たちの分まで真相を解き明かしてほしいです」

 そのメールの文面を聞き、丸山綾乃は涙を流して、爆弾のスイッチを落とす。

 そんな丸山の言葉を聞き、木原は呟いた。

「あなたには真実を解き明かす責任がある。亡くなった三人のためにも。だがあなたは窃盗教唆だけではなく、爆発物取締罰則を受けることになりました。本当に残念です。真実を解き明かそうとしたあなたが罪を犯すとは」

 それから丸山綾乃は警視庁に連行された。


 その頃罪を認めた関口隼人は合田警部による取り調べを受けた。取調室で合田は関口隼人に聞く。

「なぜ石塚俊を殺した」

「邪魔だったからですよ。理想の警察組織を実現するために、彼が邪魔だった。だから殺しました」

「あなたはそんなことで殺人を犯したのか」

「そんなこと。理想を実現するためには犠牲が必要なんですよ」

「人間の命を犠牲にして理想の警察組織を実現させる。ふざけるな。あなたの方法は間違っている。殺人という手段を使っても、理想の警察組織は実現できない」

「この国の平和を守るためには仕方がないことですよ。テロ組織退屈な天使たち。彼らは全国各地で暗躍を続けています。だけどこの国には彼らを止める術がない。一応彼らの動きを取り締まる公安調査庁や警察庁という組織があるけど、それだけでは完全に彼らを止めることができない。なぜだと思う」

「公安が無力ということか」

「違います。管轄問題ですよ。都道府県をまたぐテロ事件が発生した場合、連絡調整や情報共有という問題が浮上します。その時間を過ごしている間に多くの人間が無差別に殺されたとしたら、大問題でしょう。だからこの国にはFBIのような全国各地で活躍できる捜査機関が必要です」

「日本版FBI設立。そのためにあなたは井静俊を殺したのか」

「日本版FBIは僕だけの夢ではありません。公安調査庁や警察庁上層部、そして警視庁上層部の夢です。石塚俊はその夢を壊そうとした。だから殺しました」

「本当にそれだけか。日本版FBI設立以外にも何かを隠しているのではないか」

「黙秘します。ここで話せば新たなる不祥事が明らかになるでしょう。そうなったら困ります。僕は警察庁の人間です。警察庁に不利益が生じることを話すわけにはいきません」

「なるほど。あなたは警察庁を裏切ることができないということか」

「僕の裏切りは警察庁の裏切りになりますからね。ここで僕が裏切れば、日本版FBI設立のための法整備に不都合が生じます。どうしても知りたいのなら、浅野房栄公安調査庁長官にでも聞いてください」

「そこまでしてあなたは日本版FBIという幻想を叶えようとするのか」

「それが警察組織上層部の正義ですから。これは時代の流れですよ。一刻でも早く法整備を進めて日本版FBIを設立しなければ、テロ組織による大規模テロ事件が発生します。そうなれば首都は崩壊するでしょう。それでも必要ないと言えるのですか」

「あなたがこの国の平和を守ろうとしているのは分かる。だが殺人を犯す理由にはならない。たとえ国家を守るためだとしても、殺人は卑劣な犯罪だ」

 

 合田が取り調べを続けている頃、榊原刑事局長は浅野房栄公安調査庁長官に、公安調査庁長官室に呼び出された。

「関口隼人が逮捕されたらしいわね」

「はい。合田警部が彼を連行した。現在は取り調べの最中だろう。彼の逮捕で警察庁は大きなダメージを受けた。現役警察庁職員が殺人を犯したとなれば、かなりの不祥事になるだろう。警察庁長官は事件を隠蔽しようとしているらしい」

「今回の事件には警察庁と警視庁と公安調査庁が痛みを分け合うような陰謀が隠されているということをあなたはご存じかしら」

「日本版FBI設立のことか」

「少し違うのよ」

 浅野房栄は机の上にボイスレコーダーを置く。

「これは丸山綾乃の証言。秘書の遠藤アリスと丸山綾乃は高校の同級生なのよ。だから彼女に話を聞くのは容易いことなのよね」

 彼女はボイスレコーダーを再生する。そこに記録された音声は、榊原刑事局長を驚愕させるものだった。

『日本版FBI設立について。賛成派だけど、活動内容を考えた方がいいですよ。あれは人権を侵害しているから。広瀬佳奈も、石塚俊も、安藤慶太兄さんも、人権を保障すれば受け入れますよ』

 浅野房栄はボイスレコーダーを切り、榊原刑事局長に聞いた。

「どうかしら」

「勘違いしていたようだ。石塚俊たちのグループは条件をクリアすれば警察組織上層部と和解できたのだからな。ところで人権を侵害する活動内容というのは何だ」

「その活動内容を聞けば、日本版FBIというネーミングを疑うようになるわ。私もその活動内容の反対派よ。それは喜田参事官が言った、石塚俊たちのグループと私との間にあるミッシングリンク。私はその謎が解けただけで満足なの」

「本当か。噂では八嶋公安部長から面白い手土産を貰ったと聞いたが」

「隠し事はできないわね。ところで去年の九月に私が渡したファイルは有効活用できているかしら」

「もちろん有効活用しているよ。主に使っているのは警察庁警備部公安課だが」

「やっぱりあなたはあのファイルと警察庁警備部公安課に渡したのね」

「そうだな。刑事局ではあのファイルを活用できないから公安課に渡したが、不都合だったか」

「いいえ。これですっきりしたわ。あのファイルがこの事件の発端だったのではないかと思ったから。あなたもあのファイルを貰った時に思ったでしょう。あのファイルを利用すれば、テロ組織退屈な天使たちを壊滅させることができるかもしれないって」

「まさか日本版FBIの活動内容というのは……」

「あら。今気が付いたの。あのファイルの所在を聞いた時点で気が付いたと思ったけど」

 浅野房栄公安調査庁長官は微笑む。その顔を見て榊原刑事局長は、彼女が悪女であると再認識した。

 

 関口隼人の取り調べが続けられている取調室をスモークガラス越しに八嶋祐樹公安部長が見ていた。その隣には、月影家康管理官がいる。八嶋は月影に自分の携帯電話を渡す。そこには広瀬佳奈が自殺する直前に送られたメールが表示されている。

「このメールを見せたということは、告発するつもりですか。あれはあなたが行っていたこと。そんなことをすれば、あなたは罪に問われることになる。それでもいいのですか」「俺はあのことについて捜査一課三係に話すつもりだ。それは警察組織上層部の裏切りにはならない。君は捜査一課三係のメンバーを対テロ組織退屈な天使たち対策チームに推薦しようとしているそうじゃないか。その証拠に大野警部補とラジエルと呼ばれていたあの女を同居させて、記憶を回復させようとしている。それならば、あのことを教えてもいいのではないのか」

「あのことを彼らに話せば彼らは告発しますよ。それでもいいのですか」

「告発する前に警察庁長官や警視総監が隠蔽するさ」


 八嶋祐樹公安部長が告げると、彼は取調室のドアを開ける。

「取り調べはここまでにして、俺の話を聞いてほしい」

 突然八嶋祐樹公安部長が現れ、合田は驚く。

「大切な取り調べの最中だ。邪魔をするな」

「関口隼人が隠しているあのことについて話すと言っている。だが一つ約束してほしい。あのことをリークしたのが俺だということを誰にも話さないでほしい」

「分かった。そこまで言うのなら聞かせてくれ」

「日本版FBIは警察庁上層部及び警視庁公安部、公安調査庁が進めている神の遊戯と呼ばれるプロジェクトを遂行するための組織。そのプロジェクトについて説明する前に、質問しよう。君はNOCというのを知っているか」

 

 その問いに対して、合田は首を横に振る。

「知らないのなら教えてやろう。NOCというのは、ノンオフィシャルカバーの略語。CIAが行っている潜入捜査だ。彼らは一般人を装い他国で潜入捜査を行っている。それを公安調査庁から受け取ったファイルを使い、日本で導入しようというのがこのプロジェクト。だがこのプロジェクトは本家とは一味違う。公安調査庁から受け取ったファイルには、一般人という身分で退屈な天使たちの活動に加担している人物のリストが記録されていた。この場合の一般人というのは、CIAではなく、ごく普通の国民。一般人でもテロ活動に参加できると知った我々は雇用支援という建前で、国民を金で買収して、潜入捜査をさせることにした。本家と同じように、潜入捜査官であることが判明して捕えられたとしても、救いの手を差し出すことがない」

「あなたはごく普通の国民に危険な潜入捜査をさせようとしていたのか」

「現在進行形だった。試験運用として買収した男が先ほど殺された。警視庁公安部や警察庁が潜入捜査すれば、すぐにバレてしまう。バレなかったとしても、組織の情報が入ってこない。その分普通の国民の方が潜入捜査を行いやすい」

「だから国民を利用しようということか」

「日本版FBIの活動内容が、雇用支援という名目で買収した国民を利用した潜入捜査ということは一部の人間しか知らない。その活動内容を知った広瀬佳奈たちは警察組織上層部と対立することになった。これは広瀬佳奈が自殺する直前に送ってきたメールだ。これを読めば自殺の真相が分かる」

 八嶋祐樹は合田に携帯電話を渡す。その画面に表示されたメールには、広瀬佳奈の言葉が綴られていた。


『八嶋祐樹公安部長へ。私は自殺することにしました。あの時あなたは石塚俊が殺されたことについて報告しました。その事実を知り、私は最終手段を使うことにしました。あのことを告発すれば私は石塚さんと同じように殺される。だから私は自殺を行い、あのことを告発するための証拠を隠すことにしました。品川署を自殺の場所に選んだ理由は安藤慶太が警視庁公安部に所属する前に勤めていた場所だったからです。同時期に警視庁公安課に所属することになった私は、安藤慶太が話す品川署時代の話を聞くことが好きでした。彼が楽しそうに話すので、私はその場所に行ってみたいと思いました。彼の正義の原点は品川署にあったと聞きました。そして九年前の三月九日。安藤慶太は退屈な天使たちの構成員によって殺されました。あの日から私は彼の正義を継承するために闘うことにしました。そんな時にあのことを知りました。あれを知った安藤慶太は間違っていると思い、行動することでしょう。私は石塚俊や丸山綾乃と協力して、あのことを告発しようと思いました。あれから私は何度も石塚俊と情報交換を行い告発の準備を行いました。石塚俊が殺された前日カラオケボックスナナアカリで彼に会ったのは、告発の最終準備を行うためです。彼は牛丼店でカラオケボックスナナアカリの予約をとってくれました。丸山綾乃をこの事件に巻き込んで悪かったと思っています。兄の意思を継いで真実を追う彼女を私は守りたいと思っています。義理の妹として。でも丸山綾乃には、私たちの分まで真相を解き明かしてほしいです』


 それから数日後、浅野房栄と榊原刑事局長はテレビを見ていた。彼らが見ているニュース番組では、喜田参事官と八嶋祐樹公安部長が記者会見を行っている。

 喜田参事官は会見の原稿を読み上げる。

『広瀬佳奈が警視庁の拳銃を持ち出し、拳銃自殺をした件について。これを不祥事として謝罪します』

 それを受け新聞記者やアナウンサーが挙手する。

『警視庁の拳銃管理に問題があったのではありませんか』

『自殺の理由は何でしょう』

 拡散する質問の嵐。それを受け八嶋公安部長は咳払いして、質問を殺到させるマスコミ関係者を黙らせる。

『自殺の原因は個人的な物で、警視庁とは関係ない』

 そう断言する八嶋公安部長の顔を見て、榊原刑事局長はテレビの電源を切った。

「隠蔽は成功したみたいだな。どこも石塚俊が殺されたことや日本版FBIが設立されようとしている件を報道していない。それどころか柴田誠司が狙撃された事件も報道していない。上手くやったな。事件を広瀬佳奈の自殺だけで終わらせるとは」

「関口隼人や丸山綾乃は警視総監や警察庁長官の圧力で不起訴。八嶋公安部長もお咎めなく公安部長としての職務を全うしている。結局誰もダメージを受けなくてよかったじゃない」

「ノーダメージか。警視庁は広瀬佳奈の自殺という一件で不祥事というダメージを受けたのに、よく言うな」

「あら。それは警視庁なんてただの都道府県警察としか見ていない警察庁のセリフかしら」

「警察庁上層部にはそのように考える人が多いが、俺は評価している。警視庁はただの都道府県警察ではないと。広瀬佳奈は自殺方法に問題があったから不祥事になっただけ。あれが投身自殺だったら、警視庁もノーダメージだったはず」

「それもそうね」

 それは国家的権力の暴走だったのかもしれない。日本版FBI設立のために暗躍した正義の味方たちによる暴走。互いの正義が対立したことによる暴走。

 誰も知らない暴走の裏で日本版FBI設立のための法整備が進められている。その存在を国民たちが知ることになるのはいつの話なのか。それは誰も知らない。

 


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