まともな人間は何処だ-1
翌日。やはりと言うべきか、アイゼンジェローの街は騒がしくなっていた。
なにせ腐らない死体として名物のひとつとなっていた展示物が息を吹き返したのだ。初代都市長の遺産展示室は人気が高いだけに、目撃者は多かった。
都市中全ての新聞の一面を飾り、取材依頼が殺到。どこから聞きつけたのか、他の都市に住まう考古学者達からの調査依頼書が、山となって博物館に届けられた。
様々な意図に満ちた依頼書は今、多くの箱に詰められ館長室のスペースを埋め尽くしている。
「やっぱり、今日から暫く休館にするしかありませんねぇ」
窓の外、カーテンの隙間から見える眼下の景色。
新聞記者に学者、それに野次馬。様々な職業の者たちがそれぞれの思惑で、博物館の正門前に集まっていた。警備員は必死に人の流れを押しとどめている。
「そうですね、今日はこのままお休みしちゃいましょうねぇ」
館長のスチュアートの横に並び、副館長のジャクリーンがのほほんと同意する。
「いやいやいや、館長、副館長も! なんでそんな呑気にしてるんですか!」
「ベル君、ごめんなさいね。あんなに人がいっぱいいたら、お外に出れなくて」
「幸いながら、徹夜作業用の夜食とかおやつがあるから食べるには困らないよ。レストハウスだって備蓄しているし」
「あああもうこの人達は……っ」
なんで食事の心配ばかりしているんだろう。
もっとこう、警備が突破された場合とか、そういう可能性は考えていないのだろうか。ちゃんと可能性として考えている筈だけど、どうにも緊張感が足りない。
「そういえば、他の皆はどうしてるんですか?」
昨日からずっと館長室から外に出ていない。博物館の敷地から外に出難い事態に、他の職員の動きが気になる。警備部は普段より強固に門や敷地内を巡回中なのは知っているが。
「一応、自宅待機を言い渡してあります。しかし、敷地外に出ることが難しいから、逆に研究室に籠ってるようだよ」
「アーテヘミアちゃんが目を覚ましたから、他の展示品も同じように動き出すんじゃないかってわくわくしてるみたいなの。ドミニク君はレフコシア石板に『お前ならできる! お前は出来る子だー!』って熱く語りかけてるし、シェリーちゃんもヘスペルーサ像の前からぴくりとも動かないし」
レフコシア石板とは千年前の地層から発掘された石板で、未解読の文字が刻まれている。大陸の文字は暗黒時代以降、統一された。その時代より遥か昔の失われた言語に、学者は解読を進めている。
ヘスペルーサ像は暗黒時代中期の廃墟から見つかった像だ。一説には<五王>、または<王極血統>の似姿とされている。
「ちょっ、あの人ら何してるんですか! 止めてあげて下さいよ!」
「だって楽しそうに見えたしね? 邪魔しちゃ悪いでしょ」
「邪魔してあげて下さいって! ドミニクさんもシェリーさんも、三日は徹夜してるんですから!」
「よく覚えてるな。気配りができるのは良い事だよ」
「五徹までは大丈夫って皆言ってるから、平気平気」
「平気じゃないです! 明らかに寝不足による判断力欠如のハイテンションです!」
このスタンガルフ都市博物館。所属する研究者たちは一癖も二癖もある変人揃い。
そんな研究者たちが、ハイテンションで客のいない博物館をうろつき回る。どこのホラーだとツッコみたい。
同僚たちの奇行に頭を痛めつつも、ロベルトにはやらなくてはならないことがあった。
ソファで憮然とした表情で座っているアーテヘミアに視線を投げつつ、スチュアートに提言する。
「目的地探すにしたって、俺だけじゃ絶対に無理っす。誰かに力貸してもらわないと……」
「使えんモヤシめ」
「なんだと化石女!」
「あらまぁ。二人とも、すぐに仲良くなっちゃって」
「なってません」
「それで、ロベルト。誰に協力してもらう気だい?」
「やっぱ……大陸資料室のあの人でしょう」