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イスキエルダ異聞録  作者: 因幡セン
剣を抱く女
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始まりが割れる音がした-5

「目覚めたばかりにも関わらず、迅速な行動力は素晴らしいな。しかし、それは許可できない。断らせてもらう」

「……なに?」

 予想だにしないヴィクターからの却下の言葉で、空気に緊張が走る。

「断ると言ったのだ、アーテヘミア嬢。君は君なりの都合があるのだろうけれど、今の君は『展示物』としてスタンガルフに、更に言えばアイゼンジェロー都市国家に管理される立場だ。勝手に都市から離れ、破壊活動を行われるのは困る」

「迷惑をかける気はない。すぐにこの都市を立ち去るつもりだ」

「その時点ですでに迷惑なのだよ。君は<王具>の所持者なのだろう? 実を言えば、君を調べたいと熱烈なラブレターを寄越す五王研究者は山ほどいるんだ。加えて君に不老をもたらした<王具>が狙われる可能性は充分にある。付け加えるなら博物館の敷地の外ではゴシップ記者が山となって押し寄せている。最も、正門や柵に阻まれているから、この部屋に居ると分からないけどね」

 特大スクープを狙う記者たちをかき分けて博物館に入るのは流石に骨が折れたよ。そう含み笑いを漏らす都市長の言葉に、スチュアートは否定しなかった。

 恐る恐る窓の外を覗いてみると、閉じられた正門付近に人だかりが出来ていた。警備部の職員が正門や職員用の裏門の前に立ち、侵入者がいないか敷地内を巡回しているのがばっちり見える。

 場所が離れているだけに、気付けなかった。記者以外にも野次馬が混ざっているのだろう、正門に押し掛ける人数は今もどんどん増え続けている。

「何せ君の復活は白昼堂々、衆人環視の中で行われたからね。耳ざとい連中が君を狙い、君はその撃退に当たるだろう。残念ながら都市長という立場から言わせてもらえば、我がアイゼンジェローの平穏を崩さないで貰いたい」

 都市国家の平和を乱す者は許さない。ヴィクターの目や雰囲気が、そう雄弁に語っている。

「しかし、それでは<災獣>はどうなる!」

 声を荒げるアーテヘミアに、ヴィクターは淡々と答える。

「君が眠っていた五百年で<災獣>は殺せるほどに弱っている状態なのだろう? それならばアウストラ都市国家連盟合に連絡し、精鋭部隊による討伐隊を組めば良い話だ」

「アウストラ……都市国家連盟? 何だそれは」

「発足したのは大体二百五十年前かな。文字通り、大陸南部を主にした都市国家の連盟だよ。無論、我がアイゼンフェローも参加している」

 アウストラ都市国家連盟に加盟している都市国家は同一の通貨や尺度、それに文字を用いる。都市国家に属さない集落や連盟未加入の都市国家、北方に存在するリッツハイル帝国や公国とは貨幣制度や異なるし、言葉や文字も多少の違いが見受けられる。パルマ大陸共通通貨として金貨などは存在するが、それらは国によって価値が変動してしまうのが難点だった。

 その為、アウストラ都市国家連盟ではまず同一の通貨や尺度等を使用し、価値を統一することで物流や文化を発達させていた。

「私達の尻拭いを、アンタ達にさせるつもりはない。リムブスとしても一応保険はかけてある」

「おお、なんと見上げた精神だ。女性である身で何と勇ましい。うちの議員たちに見習わせたいくらいだよ」

「都市長、はぐらかすな」

「はぐらかすなど」

「いくら弱体化したとはいえ、アイツは<獣王>の<王極血統>だ! <災獣>を舐めるな!」

 机に拳を振りおろし、怒りを露わにする。殺気がロベルトのいる所まで伝わってくる。それでもヴィクターの姿勢は変わらない。けろっとして彼女の憤りなどまるで堪えていない。

「よく考えてみれば、そちらの言う事を聞く義理は無い。剣を返せ。私は行く」

「そう来ると思ってね」

 思考を切り替え、ヴィクターの命令など無視することに思考を切り替えたらしい。さっと立ち上がり、館長室のドアノブに手を掛けた瞬間、火花が散った。

「な、なんだぁ!?」

 手を引き、アーテヘミアが後ずさる。近くで成り行きを見守っていたロベルトが驚きの声を上げた

「暗黒時代から五百年、人類は随分と進歩した。この部屋に入る事は出来ても、出る事は出来ない。そういう仕掛けをさせて貰ったよ。悪いね」

「マギクラフト……か? まさか、こんな高度な術式が……!」

「そういえばマギクラフトの技術が生まれたのも暗黒時代の初めだったか? 館長」

「その通りです。当時は拙い、単純な命令式のものばかりでした。ですが今ではこのように侵入を許可しても、退出を拒否する<逆流禁止シンプレックス>のマギクラフトは珍しくもありません」

 マギクラフト。

 その身がパルマ大陸自身である大地母神。彼女から生み出された<五王>。

 神と呼ばれる存在から放出される、<マナ>と呼ばれる不可視のエネルギー体であり、命の源。この<マナ>が集まり、魂や肉体が形成される。

 <マナ>単体では単なるエネルギー体だが、命令式を与えるとそれに従って<マナ>を操ることが出来る事が判明している。

 その命令式は複雑で、特殊な知識と技術を持たなくては命令式を組み立てる事は出来ない。その特殊な技術者たちはマギと呼ばれ、彼らの作る命令式が組み込まれた道具、それがマギクラフトだ。

 単純な命令式のマギクラフトなら一般人でも手に入れることが出来る。都市庁舎や刑務所など、特殊な施設には用途に沿ったマギクラフトの制作を依頼し、活用されていた。

 最近の研究によると、人間や動植物には遺伝子という命令式が産まれ付き体内に組み込まれており、その命令式によって<マナ>を体内に取り込んで生命活動を行っているとする論文も発表されている。

 ヴィクターやスチュアートが入る前に、<逆流禁止>のマギクラフトを起動し館長室を一種の牢獄としていた。ドアの外では都市長付きの護衛がマギクラフトを手に、都市長から起動解除の命令を待っている。

 畢竟、ヴィクターの許可がないと、この場の誰もが館長室から出る事は出来ないと言うことだ。

 出れらないと分かり、大人しくソファに戻ることにしたらしい。ロベルトの前を通り過ぎようとした次の瞬間、電光石火の勢いでロベルトの背後にまわる。片腕で頸動脈を重点的に絞め、もう片方の腕の上腕を掴んだ。

「ロベルト!」

「ベル君!」

 悲鳴にも似た声が、スチュアートとジャクリーンの口から飛び出す。

「って、うわ、ちょちょちょ、タンマタンマ!」

「五月蝿い。人死にを出したくなければ私を解放し、剣を返せ。早くシェフェバールに行かなくては手遅れになる! 私の五百年を無駄にするつもりか!」

 どんどん首にかかる力は強くなってくる。呼吸も苦しくなった。ミシミシと聞こえる筈のない首の骨が軋む音がする。

「ちょ……待てって……! 早まるなっての……!」

「黙れ。次に口を開いたら耳でも食い千切ってやろうか」

「ひぃっ」

 冗談に聞こえないのが恐ろしい。背後のアーテヘミアはそれ位やりかねない鬼気迫るものがあった。

「ふむ、人質か。しょうがないが、彼には犠牲になって貰おう」

「都市長!」

 スチュアートから非難の声が上がる。

「生憎、私の仕事はアイゼンジェローを守ることだ。都市全体の利益と、博物館の職員一人の命。命に優劣は付けられないが、それでも多い方を選ばなくてはならないのが都市の長の役目だよ」

「……」

 目の前が真っ暗になった。アーテヘミアの方もヴィクターの言い分が気に食わないらしく、悔しそうに舌打ちするのが聞こえた。なにせ耳元近くに居るのだ、嫌でも聞こえる。

 しかしヴィクターがロベルトを助ける気が無いのは分かった。スチュアートが説得してくれても難しいだろう。ロベルトは自分の命が瀬戸際であることを悟った。

 酸欠の所為か、意識もぼやけてきた。急いで活路を見出さなくては、終わってしまう。

「な、なぁ……、アーテヘミアって言ったっけ」

「喋るなと言ったはずだぞ。そんなに耳が要らないのか」

 自分で。己の力で何とかしなくてはならない。このまま死ぬなんて、ゴメンだ。

「ちょっと、待てって。アンタは<災獣>の場所まで行きたがってるけど、それ、シェフェバールってとこなの?」

「そうだ。生命力を吸い取る種を<災獣>に埋めたから、きっと今の時代では森になっている筈だ」

「あのさ、ちょっと言いにくいんだけど……。俺的に結構重要な事だと思うんで、聞いてくれる?」

 彼女の話を聞いていて、覚えた違和感。それに賭けてみるしか、手段はない。

「なんだ」

「それ、どこのこと? <災獣>は大陸西部を中心に破壊しまわったって伝わってるけど、シェフェバールなんて地名も森も、西部どころか大陸のどこにもないぜ」

 思いがけない言葉に、彼女の身体から力が抜けた。

「……は? なんだと?」

 チャンスだった。首を絞める腕の力が弱まった隙をつき、体を縮めてアーテヘミアから逃げ出す。

 激しくせき込みながら新鮮な空気を吸い込み、吐き出す。呼吸が落ち着くまでジャクリーンが背中を撫でてくれた。赤くなった首元が、強い力で絞められていたことをありありと示している。

 その間にスチュアートは壁に掛けられていた大陸地図を外した。その場の全員が見ることが出来るよう、ソファの間にあるテーブルの上に広げる。

 モノクルを掛け直し、地図に記された名前を確認していくが、目的の地名は何処にも見当たらない。

 気を利かせたジャクリーンが棚から大陸西部の詳細な地図を取り出し、大陸地図の隣に広げた。

「確かに……見当たりません。よく覚えていましたね、ロベルト」

「<災獣>が倒された……じゃなくて、封印だっけ、とにかくそんな特殊な場所なら、それなりに知名度がある筈ですから。でも俺、シェフェバールなんて変わった地名聞いたことないですし」

 地図が広げられたテーブルに身を乗り出したアーテヘミアは、首を左右に振り両目を忙しく動かし続ける。都市国家連合で使用される文字は五百年前の暗黒時代に最も普及していた文字を使用している。

 五百年前の識字率は現代に比べて相当低かった。アーテヘミアは運よく文字の読み書きできる環境にいたのだろう。

「まさか、そんな筈は……。それよりもここは大陸東部じゃないか、何故私はこんな場所に……」

「さて、そればかりは初代都市長に聞かなくては分からないね」

 スチュアートが一つの仮説を立てる。

「アーテヘミアさん。貴方の仰る通り、大陸西部は<災獣>によって甚大な被害を受けました。その結果、新しい都市や集落が作られ、別の名前になっているのではありませんか?」

「ふむ。その可能性が高いだろうね」

「どちらにせよ、貴方がここから出ても、目的地へとたどり着く事は出来ないと思います」

 少しの間、沈黙を続けた後。スチュアートに確認を取る。

「……。……ここは博物館だったな」

「はい、そうですが」

「ならば昔の地名を探すことが出来るんじゃないか? 頼む、<災獣>を殺さなくては、私は仲間に顔向けできない。仇だって取れないままになる……っ」

 青藍の両目が必死に訴えてくる。拳を強く握りしめた所為か、地図にしわが寄った。

「都市長。私の身柄が博物館やこの都市国家の管理下だということを受け入れる。だが猶予を貰いたい。シェフェバールを探し、<災獣>を消滅させたら必ず戻ってくる。その後は展示でも研究調査でも、何でも好きにしてくれ」

 目的を果たせたのなら、自分の身がどうなろうと構わない。そう断言したのと同然だ。

 己の身を全く顧みない駆け引きに、逆にロベルトの方がギョッとした。

「やれやれ。強情なお嬢さんだ。目的を遂げたら、本当に大人しく戻ってきてくれるのかね」

「<王具>を授かった偉大なる<月王>と、慈母たる大地母神にかけて。必ず戻る。移動も人目を避ける。だから、どうか……っ」

 ヴィクターに深く頭を下げ、大地母神と<王>の一人に誓いを立てる。

 古い形式だが、神である大地母神、もしくは<五王>の名に懸けて誓いを立てる事は、絶対遵守を誓うということだ。

「ふぅ。では条件を付けよう。一つ目は期限だ。今日から五日以内に戻ること。二つ目は博物館の職員を目付け役として同行させること。これでいいね?」

「構わない。感謝する、都市長」

 根負けしたのはヴィクターの方だった。やれやれと肩をすくめ、譲歩案を二つ出してくる。アーテヘミアは文句も言わず、条件をのんだ。

「では話も纏まったところで私は市庁舎に戻ることにするか。館長、アーテヘミア嬢に協力してあげてくれ。同行の人選も任せる。これ以上、アイゼンジェローは関与しない」

「承知しました」

 ソファから立ち上がり、ヴィクターは館長室の扉へと向かう。扉の前から「開けろ」と一声かけると、外から扉が開かれた。<逆流禁止>のマギクラフトが解除されたのだ。

 去っていく都市長に一礼し、姿が見えなくなった後。スチュアートはポンと軽くロベルトの肩をたたく。

「と、いう事で任せましたよ、ロベルト」

「へぁっ!?」

「彼女の目付け役兼案内役として、力になってあげなさい。これは館長命令です」

「えええぇ、でも、だって、俺ですかぁ!?」

「お仕事の内容が暴れん坊ティート君の相手から麗しい女性の同行者になったではありませんか。喜ぶところでしょう?」

「いや全然喜べないっすよ! こいつ人の首絞めてきた張本人だし! まだ絞められたとこ赤いままだし! 超物騒!」

 勢い込んで喋った所為でせき込んだ。まだ首の痛みは消えていなかった。


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