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イスキエルダ異聞録  作者: 因幡セン
剣を抱く女
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始まりが割れる音がした-4

 しばしの間、互いに見つめ合う。まだ夢うつつなのか、表情はぼんやりしている。

 どう声をかけるべきか悩んでいるうちに、彼女の方も意識がはっきりしてきたようだ。

「……。今は」

「え?」

 唐突な彼女の覚醒に驚いていると、掠れた声がした。気を失う前に聞こえたものと同じ声。あれは空耳ではなかったらしい。

 頭部を上げ少しだけ上半身を浮かせる。しかしそれ以上動かず、再びソファに体を沈める。深く息を吐いた後、今度はソファの背もたれに手をかけ、勢いをつけて上半身を起こした。

 動作が少しぎこちない。五百年も死体だった所為か、思い通りに体が動かないのだろう。手伝った方が良かっただろうか。

「今は……文明歴何年だ……?」

「あ、ああ。三二五七年。ついでに言えば第四月十二日……だけど」

「三二五七……」

 数字を反芻し、前髪をかき上げる

「ちょうど、……年か……」

 体を起こした後、部屋をきょろきょろと見回している。何か探しているようだが、彼女が何を探しているのかは不明だ。一通り部屋を確認しても目的の物が発見できなかったらしく、険しい口調で問い詰められる。

「私の剣は何処にやった」

「あー、えっと。悪い、分かんねぇ。俺もさっき目を覚ましたばかりだから」

 そういえば、確かに彼女が抱えていた剣が何処にも見当たらない。館長室以外の場所に有るのだろうか。

 彼女が抱えていた、あの剣。子供の背丈ほどもある細身の長剣だった。柄頭に白い宝玉が埋まっており、刀身の両面には『Azoth』と刻印されていた。

 剣の造形について記憶を掘り返していると、ノックも無しに急にドアが開かれる。突然の事に肩が跳ね上がった。

「あ、館長、おかえりなさ……、へ?」

 館長室へ入ってきた二人の人物を見て、目を丸くする。一人はスタンガルフ都市博物館の館長で間違いない。だがもう一人の方はスチュアートが出ていく前と違っていた。

 ジャクリーンの代わりにやって来たのは身形の整えられた壮年の紳士だった。仕立ての良い黒のスーツ、そのボタン穴には金色のバッチが飾られている。テッポウユリをモチーフにしたそのバッチは、彼の身分を証明しているかのように光を放つ。少し白髪が混じり始めた黒髪をオールバックにし、口髭はキレイに整えられている。

 会話したことはないけれど、顔と名前は知っていた。

 ヴィクター・ウルフスタン。アイゼンジェロー都市国家の現都市長その人である。

 柔和な雰囲気のスチュアートとは対称的に、堅苦しい空気を放っている。彼に睨まれただけで、ゴシップ記者が逃げて行ったという噂を聞いたことがある。こうして近くで本人を見てみると眉唾ではないと思った。

 スチュアートの方も元展示物であった女性が起きているのを見て、目を瞬かせる。ヴィクターの方も一瞬足を止めはしたが、そのままスチュアートを追い越し、先ほどまでロベルトが座っていたソファに遠慮なく腰かけた。

 突然の最高権力者の登場に、唖然としたが、都市長と覚醒したばかりの彼女の間に挟まれ、慌ててソファから離れてスチュアートの隣に避難する。

 その判断は正しかったらしく、ヴィクターはずっと彼女から目を離さない。

「私はアイゼンジェロー都市長を務めるヴィクター・ウルフスタンという者だ。よければ君の名を教えて貰っても良いかな?」

「……アーテヘミア」

 ヴィクターの重低音の齎す威圧感など物ともせず、問いに応えた。

 自分の至らなさに頭を抱える。彼女――アーテヘミアの問いにばかり答えて、自分は彼女の名を尋ねることすら出来なかったとは。しかも彼女の問いに対して満足な答えを返せてもいない。

「さて。記録によればアーテヘミア嬢。君は五百年前からこの博物館に展示されていた。つまり君は五百年前の人間であると認識して良いだろうか?」

「ああ。そこの男から今の年代を聞いたら、私が眠った時より五百年経っている」

 アーテヘミアの青藍の瞳がロベルトに向けられる。先程の質問の意図はそういう事だったのか。

 彼女が生きていたという五百年前と言えば。大陸の暗黒時代と呼ばれるくらい、多くの争いが起きた時代でもある。

 多くの国や町、文化が破壊された。五百年以上前の人類の歴史がどういうものだったか、知ることは難しい。それほどまでに争いが起きた、混沌の時代だったのだ。

「眠ったと仰いましたが、それはつまりいつか目覚めることが決まっていたということですか?」

「……そうだ」

 静かに館長室の扉が開き、ジャクリーンが入ってくる。片手にはソーサーに乗ったカップが並んだお盆を手にしていた。

 彼女もアーテヘミアが目覚めていることに驚いたらしく、あらまぁ、と小さく呟いた。

 大きく館長室を迂回し、ソファで向かい合うヴィクターとアーテヘミアの前にソーサーごとカップを置いていく。カップの中からは紅茶の香りが漂ってきた。

 スチュアートもヴィクターの座るソファの後ろに移動する。隣に座ることはしない。それでもジャクリーンはヴィクターの隣にスチュアート用のカップを置いた。それからスチュアートのデスクの隣まで下がる。

「ずっと貴方を管理してきた立場から言わせてもらいますが、今日までの貴方は間違いなく生命活動を止めていました。しかし腐らない。五百年前に何をしたのかは分かりかねますが、人の技ではないと意見が多い」

 スタンガルフ博物館が何もせずに<剣を抱く女>をただ飾り続けてきたのではない。歴代の館長や研究者たちがその腐敗化しない死体について調査を重ねてきた。

 結果から言えば、死体の保存方法は不明のままだった。従来使用されてきたヒ素や水銀は検出されなかった。血液の代わりにホルマリンやアルコール等の薬剤を流し込む手法ではと確認しても、結果は外れた。

 更に言えば日光に当てても湿度が高くても、<剣を抱く女>が劣化する様子はない。とうとう研究者たちはこう結論付けるしかなかった。人の手によるものではないと。

「まだるっこしい。早く本題に移ったらどうだ」

 回りくどい言い方が気に入らなかったのか、不快そうな表情でヴィクターを睨む。

 都市の最高権力者が態々やって来たということは、アーテヘミアから聞き出したい事柄があると言う事だろう。そこまではロベルトも理解していた。彼女がばっさりと本題が何かと尋ねたのは腹の探り合いが苦手なのか、それともせっかちな性格なのか。今の所判別はつかない。

「ではそうさせてもらおう。アーテヘミア嬢、君は<王極血統グランドクラン>か? それとも<王具>の使い手か?」

「それを訊いてどうする」

「現代ではおとぎ話程度の扱いにしかならないのだけどね。しかし君は五百年前の人間だ。<五王>はともかく、<王極血統>や<王具>の力をよく知っていると思う。その<五王>の力を私の都市で振るわれては困るのだ」

 この世界の営みを創り上げたとされる五人の王――<五王>。または五柱の神。

 例え<王>本人でなくとも、<王>の血肉と魂を分けて生まれた<王>に近い存在は<王極血統>と呼ばれる。人を超えた、神に近い能力を持つとされる神の眷属だ。

 また、<王極血統>でなくとも<王>が自らの力を込めて造りあげた道具が<王具>である。<王具>を用いれば只の人間でも<王極血統>並みの力を発揮できるとされる。

 <王極血統>や<王具>の存在が明らかとなったのはやはり暗黒時代からだ。

 曰く、二国間の紛争を止めたのがたった一人の<王極血統>だったとか、<王具>を用いて数多の怪我人や病人を救い歩いた聖女の話だとか。

 ヴィクターの言う通り、おとぎ話染みた話が列記とした史実として残っていた。

 五百年前の暗黒時代は平和な現代とは違い、そのような強大な力の持主が名を残している。強力な力が必要な時代だったため、俗世と関わりを断っていた<王極血統>や<王具>が世の中に出てきたのだと、学者たちは意見を述べている。

「……私が抱えていた剣があるだろう。それが<王具・エィゾス>だ。エィゾスの力によって私は仮死状態になっても身体を保ち続けられた」

「私からも質問させてください。何故、<王具>の力を頼ってまで五百年も仮死状態にならなくてはいけなかったのですか?

「果たさなくてはならないことがある。仇を取る。それが理由だ」

「仇……それは?」

「今のお前たちがどう呼んでいるかは知らないが、当時は<災獣カラミダ>と呼ばれた相手だ」

「カ、<災獣>!? それってリムブスが討伐したはずじゃ……」

 <災獣>とは、暗黒時代に大陸の四分の一を破壊した化物の事を指す。街も村も森も湖も、一切の区別なく破壊してまわった災厄の獣。一説によると<災獣>は<獣王>の血を引く<王極血統>と言われている。

「半分合ってる。確かに<災獣>を倒す事は出来たが殺す事は出来なかった。仲間の見立てで、長い時間をかけて弱体化させなくては殺せないと判り、私はその為に<王具>の力を借りたんだ。リムブスには<月王>に縁がある奴がいたから、そいつを頼って<王具>を手に入れた」

「そうか、君はリムブスの一員だったのか」

 時を同じくして、最強と恐れられた猛者たちが名を上げた。それが傭兵集団リムブスだ。<災獣>を討伐したのも彼らリムブスだった。

「質問はもういいだろう? この地はアイゼンジェローというらしいな。五百年、世話になった。礼を言う。私は今すぐ<災獣>が封印されている場所まで行く」


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