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異文化

オチの話なのに間が相手申し訳ない。

「まぁ、エリちゃんは見かけによらず力持ちさんね」


 鞘から引き抜かれた幅広の大剣は、鏡のように磨かれていて、人一人など軽く両断出来そうな物騒な輝きを放っている。服を纏わない少女の状態と合わさって、夕飯前の夫婦の団欒が神話の一幕にもなったかのようだ。


「でも、裸で刃物を振り回しては危ないわ、怪我しちゃうもの」


 え、そこなの!と誠一郎はあいの手を入れている。急展開に思考が追いついてない夫婦がここに。


「我が愛剣ブリュンヒルデは、我より生まれ、やがて我と共に還る物、故に我が身を切り裂く事はない。この世の悪全てを切り裂くだけだ。そう――――堕ちた勇者お前の様な者をだ」


 びしっと、誠一郎の鼻先の銀のきらめきを突き付ける。少女の身でありながら、どんな膂力か片手で、人ひとり程の重さがありそうな剣を自分の手のように扱っている。


「覚悟!」


 殺気を含んだ声でそれだけ言い放つと、ふたたび、大上段に振りかぶりつつ、後ろ足の親指に爆発的な力を込めて一足飛びに踏み込み斬りかかろうとする。

 

 大剣はうねる様な音を立て、大きな軌跡を描こうとした。しかしながら、渾身の一撃のため、飛び跳ねたこと――――後から考えると、それが少女の失策だった。


 狭い日本のマンションの一室で、身長ほどある剣など自由に振り回せるはずもない。

 振りかぶろうとした動作で天井を切り裂き。更には天井だけにとどまらず備え付けのスプリンクラーをも破壊した。

 この手のマンションのスプリンクラーは外部衝撃に酷く弱い。

設計上あり得ない粗暴な扱いに耐えられるはずもなかった。

 腹を裂かれた魔物のように、中身すべて吐き出してしまう。

 当然、真下にいたエリアスは妖精めいた白い裸身でほとばしる全てのもの受ける事になった。

 元々、洗いたてで肌に張りついていた腰まで届く長髪は、更なる水分を含みエリアスの視界を完璧に遮った。

 そして、体勢を崩し目測を誤った少女の足元にはこの部屋には似つかわしくない、なぜかマホガニーの堅い堅いリビングテーブルがあり向こうずねを強かにぶつけた。彼女の知らない言葉で表現すると弁慶の泣き所である。

 大剣が天井を切り裂いた時よりも大きな異音がゴンと鳴る。

 鍛錬により同じ歳ごろの少女より重めなことを気にしている体重とそれと同じくらいの剣の重量、そして全力で飛びかかった勢い、全てが相乗して少女のガラス細工めいた華奢な部位に襲いかかった。

 絢爛豪華なブーツもシルクのハイソックスも既に無い。彼女はその身ひとつで甘んじて全てを受けいれるしかなかった。

 そして、もんどり打ちその場でひっくり返った。

 更には、今まで味わったことのない事がない耐えがたいはじめて痛みにあろうことか、騎士の魂である剣すら手放してしまう。

 天井を切り裂き、引っかかったそれは、一瞬遅れて、偶然にしては忠実に主の元へ帰ってきた。

 テーブルの上に下半身だけを乗っけて、無様にひっくり返る彼女の頭の上に。

 

「ぐぎょっ」


 先程自分で言ったように、確かに彼女を切り裂く事だけはなかった。しかし、切り裂かなかっただけで、重量だけでも大層なものが落ちてきた。

 エリアスはカエルが潰れたような断末魔を上げ気絶した。そこに麗しかった少女騎士の面影は欠片もなかった。


「な…なんだったんだいったい」


 一連の出来事はまるで大型の台風でも通り過ぎたかのように誠一郎には思えた。


「あらあら」


 実際に部屋の中は嵐の後の惨憺たる有様だった。

 僅か数秒で、長い時間をかけ何度も迷い悩み決断し、これから苦楽を共にするはずだった男の城はメチャクチャになっていた。

 穴のあいた天井、先程の勢いはないが未だそこからどばどばと流れる水。

ぐちゃぐちゃになった結婚祝いの毛織の壁懸け絨毯、パソコンや家電は精神の平衡を保つため見ないようにするしかなかった。

 そして、その実行犯は名誉のために描写を控えなくてはならないほど、あけっぴろげな姿勢で自身を表現している。


「と、いうか誠ちゃん。いつまで見ているのでしょうか」


 少女の尊厳のためか、見惚れてるようにしか見えないことへの嫉妬か、笑顔のまま、頬をひっぱり、夫の視線を自分だけを見なさいとばかりに顔を向けさせる。


「いててて」


 呆然自失の夫の視線を遮るにしては、必要以上の力がこもっていた。

 誠一郎の名誉を守るために補足すると、やましい気持ちは一切なく、むしろ少女に怒りすら抱いていたが、慌ててフォローに入る。


「いや、見ても何とも思わないよ、だって春名さんよりも雪名の年齢に近痛てててって――――ひたい、ひたい、ごめんなはひ」


 突きたての餅ほどに誠一郎の頬は伸ばされた。色は食欲のそそられる白とは大きく異なり真っ赤ではある。

 

「うふふ。それはもう若くないなーと遠まわしに言われてるのでしょうか」


 普段のおっとりした声が急速冷凍されてフラットになっていた。


「めっひょうもほまいまへん」


 滅相もございません。と動物で言うなら腹を見せる行動をとる誠一郎。

 実際の所、歳より幼く見られがちな妻に不満などないし、最近、料理中など色っぽくなってきたなと不躾な視線を送ってしまう毎日だ。


 さて、部屋はメチャクチャ、嫁は激おこ。帰り道の軽やかな足取りと浮かれた気持ちはもう誠一郎は思いだせそうになかった。

 

「さてどうしたものか」


 人生で最も大きなため息が誠一郎の口の端から漏れた。




「私とした事が、申し訳ない」


 天井から流れる水は時折落ちる水滴に変わり、大きめのバケツがその来訪を受け止めるたびに、飛沫を散らす。


 一通り拭いてはみたが未だ湿った床の上、少女はどこで覚えたのか土下座スタイルをしていた。

 春名の手でバスローブを着せられたエリアスは、今度は床に穴を開けようとしているような勢いで、額を打ち付けた。


 誤解はあっさりと解けた。

 

 原因は雪名の蒙古班。幼児の頃に皮膚に痣のように見えるものが電部付近に現れる。西洋人めいた異世界人には無い、モンゴロイド等、特有のものである。

 雪名にも年齢からするとまだやや大きいそれが残っており、虐待の跡だと誤解したのだ。現実のヨーロッパでも少なくない事例がある。


 雪名と一緒に風呂に入ったエリアスはそれを見つけ、勇者とやらの期待が大きかったため、失望は大きな落差となり全てを焦がすような怒りへと燃え上ってしまったのだ。


「本当に…本当に申し訳ない」


「うふふ、気にしなくていいわ。エリアスちゃんは会ったばかりの雪名の為に怒ってくれたんでしょ」


「…それは」


「あらあら、違ったかしら」


「いや…そうです」


 消え入りそうな声で弱々しく同意する。


「だったら、顔を上げましょうか。それは簡単にできる事ではないわ。うちの家訓に人を見るときはその人の怒りで見よという言葉があるのだけれど、誰かのために怒った貴女をわたしは素敵だと思うわ、ね」

 

 横に座る夫に同調を求める。

 正確には春名の実家の家訓である。

 誠一郎に振ったのは、いまだ、腹の底でぐつぐつと燻ぶる物があった彼の気持ちも一緒に治める為だった。

 誠一郎は基本的に口が悪い、春名が主導して話をしているのも、本当に反省してる人間に夫が心ない口撃で追い討ちをかけないように気を使った結果だった。


「…春名殿」


 涙を両眼に湛えたまま顔を上げる。どこか救われた人間の顔だった。

 そんな顔をされては、言いたい事がダース単位で残っていた誠一郎ももう何も言えなくなってしまった。


「じやあ、雪名も遊びたくてうずうずしているみたいだし、難しい話はおしまい」


 春名はそう言ってぱんと掌を合わせる。

 邪魔にならないように、でも気になると柱の影にはみ出すように隠れていた雪名はその言葉にまっていましたとばかりに、おかたずけーの続きやるの?やるの?と春名の胸に飛び込んできた。

 それを笑顔いっぱいで春名は抱え込む。


「いや、春名殿、雪名殿それには及ばない」


 傍らに置いてあった鞘より剣を取り出し立ち上がると、今度は刃を下に向け、額を柄にあしらわれた透明な宝石に当てる。


 口の中で、短く呪文のようンものを唱える。


 透明だった宝石は蒼く輝き、目を細めてしまう様な強力な光になった時に部屋を包む。誠一郎は急に立ち上がった時の様な、血が足の指までに下がってしまうような錯覚を覚えた。


「これで、この部屋は私が来る前の状況へと回帰した」


 未だ、ほのかな蒼に映しだされた少女はいにしえの巫女のような玲瓏な雰囲気を纏っていた。侵されざる聖域そのもののように。


 気付けば、既に天井も床も絨毯も家電も何事もなかったように平静を取り戻している。

 そして、先程の半死と同じように大真面目な顔で、こともなげに少女は言う。

 ぞくりと、戦慄が汗となって誠一郎の背中を伝った。


「あらあら」


 毎日のお掃除が簡単そうでいいわねと、のほほんとした感想を出す嫁にも誠一郎はビビった。娘もわぁ、すごいねーと嬉しそうに言っている。俺の肝が細いだけなのだろうかと思わず自問してしまう。


 そう、浮世離れした変な少女が、振り切ってしまった妄想が現実に力を持っていることの証明を成し遂げた時どうするか。全てが本当の意味を持つとすれば――――。

 この時まで誠一郎は考えてもいなかった、直ぐに通り過ぎる他人事と捉えていたのだ。だがしかし、絵空事は、鮮やかにキャンパスに爪を残した。

 

 この力が自分と、そして、家族をどこに導くのか。それを考えるのは穴のあいた天井、濡れた床の後片付けよりも厄介だった。


 とりあえず、今は上下の家に謝りに行く必要がなくなかった事だけを喜ぼうと誠一郎は思った。


「さすがソ○ー製だ、なんともないぜ」のセリフは泣く泣くカット。


 『戦国online』の方はあと少しかかります。

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