怒りの白騎士
何とか三話目になります。サブタイ適当なので後で買えるかも。
誠一郎は光速の勢いで鍵を閉め、これでもかと力強くチェーンロックをかける。
それだけの行動で先程の全速力に匹敵するほど、彼の心臓は早鐘を打ち始めてしまう。
そして、ぜーはー、ぜーはー言いながら、誠一郎はリビング側に振り返る。
明らかに不審な様子の誠一郎を、じーと見つめる桜色のエプロン。あまりにも大きなドアの開閉音で嫁の春名を召喚してしまったらしい。
「し、新聞勧誘でした!」
直立不動で夫は妻に釈明をする。
「なかなか手ごわくて、いまなら東京ドームの招待券とかいうからウチは先祖代々虎党や!と追い返した所だ、いやー、大変な戦いだった」
「誠ちゃん、ベ○ス○ーズ負ける度に凹んでるじゃない」
「い、一時間あれば立ち直るし」
だって日常茶飯事だもの。せいいちろう
「誠ちゃん」にっこり
「は、はい」
「嘘は、めーよ」
雪名に悪い事だと言い聞かせる時と同じように細い指先でコツンと指先で誠一郎の額を軽く小突く。
「忘れたの。小学五年生のあの時だって、夏休みの宿題やったって言い張って、結局泣きながら徹夜したこと」
ふたりは隣同士の幼なじみ。人生の殆どを共有してきたその思い出はどちらのアルバムをめくっても同じ景色が映っている。
「誠ちゃんがその場しのぎの嘘をつくと、大抵、後で泣くことになるじゃない。だから、嘘はだめよ」
あの日の誠一郎は両親に土下座して手伝ってもらったがそれでも間に合いそうにないので、ふたつ年下の春名にムリクリ算数をやってもらうほどの後のない戦いであった。様々な字体が入り乱れた宿題は、結局、当時の担任に忘れたままでいた方が良かったほどこっ酷く叱られた。
そして、消沈して家に戻ると年内のおこずかいは半分に減らされ、しかも使い道を隣家の子女の監査下に置かれるお達しが下されるという悲しい事件であった。
「ああ、元気かな、松田先生」
厳しくも生徒の事を考えるよい先生だったな、と誠一郎は思う。
今となっては何もかも懐かしい。仰げば尊し我が師の恩とかなんとか。
「もう、誠ちゃんの五年生の時の担任は松木先生よ」
「あれ、そーだっけ?」
「お年賀だしているじゃない、それよりも――――」
そちら、と後ろのそこそこ厚い玄関扉を示す。
その裏からは、たのもー、たのもーという声があれからずっと響いている。
意を決しかねる誠一郎は数瞬、躊躇った後、ようやくままよと唱えて扉を開ける。
いなければいいなという期待は当然裏切られ、そこだけ中世にでも戻ったかのような、兜こそないが大仰な鎧姿と幅広の大剣を携えた女騎士がそこに正座をしていた。
心なしか眉がつり上がって目尻がぴくぴくと動いているのを押さえようと努力しているかのようだ。
二度逃げられた獲物を逃すまいと、今度はこちらの姿を見るなり、立ち上がり、ずいっと間の距離を詰める。逃さん、お前だけはと碧く輝く目の光が語っていた。
「勇者殿。まだ話は終わっていない、さあ、共に世界を助けよう」
世界よりもまずは俺を今すぐ助けてほしいと誠一郎は思った。
「まぁ、可愛らしいお客さまね。外国の方よね、誠ちゃんのお知り合いかしら」
石像の様に固まる旦那さまも、少女の物々しい鎧姿も目に入らないのか、ニコニコ笑いながら春名が少女騎士に話かける。
「む…奥方様でいらっしゃる…か。…申しおくれた、私は白騎士を拝命するエリアスと申します」
その設定上の神聖王国とやらで定められた見事な騎士の礼だった。
誠一郎は白眼むいて、脳汁が鼻から零れないよう堪えるので背一杯だった。
「あらあら、日本語お上手なんですね」
そこかよ!他に突っ込む所がいくらでもあるだろうとは思うが。
この妻が驚いたり、焦ったりしている所を誠一郎は見たことがなかった。
「とにかく、な、中で、中で話そう」
両隣の玄関扉が僅かに開いてこちらを窺っている。更には三件隣の近藤さんと、その奥の小林さんがいつもの声の大きさを夕飯の買い物帰りにでも置き忘れてきたのか、少女と誠一郎を見比べて何やらこそこそと耳打ちしているのが目に入った。
結城家の世間体とやらがずりずり坂道を転がりだしているのが分かった。
改めて扉を閉めると誠一郎はその場に座り込みたい気分になった。
しかし、それ程広くない玄関先誠一郎とエリアスと名乗った少女With ごてごてした大剣とトゥギャザーしている以上そんな余地はなかった。
「それではブーツはこちらで脱いで下さいね」
来客用のスリッパを用意しつつ、少女騎士にそう声をかける。
不思議そうにエリアスは沈黙したものの、それは一瞬だった。
「む、そうですか」
それだけのやり取りで、靴は脱ぐべき文化がここにあり、それに従うべきと言う事を理解したらしい。
物々しい留め金を外し、ガチャガチャ音を立てながら慣れた手つきで左右順番に脱いでいく。白い精緻なレースが編まれた絹地のハイソックスが現れる。ごついブーツとは対照的に少女のつま先はまだ幼かった。
玄関のタイルに置いた時にごとりという音がした、一足先に廊下にあがり、手持ちぶさたそれを見ていた誠一郎は軽く驚く。
まさとは思ったが、間違いない、少女のブーツや鎧は髪と同じ色合いの黄金で出来ている。職業柄、そう言った美術品を扱った事もある誠一郎の見立てだ。間違いないだろう。
冗談や酔狂で拵えるには、先程のソックスも含め、あまりにも莫大な金銭が必要となる。
ちょっと頭が残念な子とだけしか誠一郎は考えていなかったのだが。
だが、冷静になってみるとそもそも、彼女は空から降ってきたのだ。
「まさか、本物なんてことは」
そこで、首を振りまさかと笑い飛ばそうとするが、苦笑にしかならなかった。
「わぁー」
リビングでは雪名がきらきらした目で女騎士を迎えた。
「お姉ちゃん、髪の毛綺麗なの。いいなー、お姫様みたい」
春名の手伝いを忘れるほどに熱中した本放り出してして、異国のお客様にまとわりつく。
「あたしは、雪名、お姉ちゃんのお名前は何て言うんですか?」
猛烈な勢いで自己紹介なんかをしている。
「もうすぐご飯にするから、お姉ちゃんと一緒にお風呂入ってきちゃいなさい」
「うん、わかった!」
もう一人の当事者の意思を無視して、話は進んでいく。
「肩までつかって、百数えるのよ」
「わかってるもん!」
打てば響くよとばかりに明るく元楽しく元気よくを地で行く返事が返ってくる。
「いや、私は勇者殿に、あ、雪名殿、ちょっ――――」
誠一郎が密かに豆タンクと綽名する雪名のパワーにずるずると脱衣所にドナドナされて行った。頭洗ってあげるねー、きゃっほーという声、そして快活なカーテンレールの音がした。
「では、誠ちゃん」
ぽんぽん、とテレビの前のソファに座り自分の隣に座るように促す。お話しましょうのサインだ。
「えーと、ですね、春名さん」
事実を述べるなら、今日の帰り道で絡まれたそれだけなのだが、何とも嘘くさい。
「エリアスさんは誠ちゃんの趣味のお友達じゃないの?勇者とか誠ちゃんも大好きで、いっぱい見せてもらったじゃない」
あっけらかんと妻は言いだす。
「春名さん、人の心の奥底を抉らないで。お願いです、そんな昔の事ことは忘れて下さい」
「うふふ、無理よ。私にとっても大切な思い出ですもの。誠ちゃんの物語はあなたが勇者で、わたしがお姫様」
「ぐおおおお」
浄化されていくアンデットの様な悲鳴を発し胸をかきむしる誠一郎。
だが、ふたりのコントじみた話し合いはそこまでだった。
「勇者ぁああああ!!!」
雲間を切り裂く雷鳴のような声が、マンションの一室に響く。
飛ぶように身を翻し、少女は夫婦の前に立っていた。
美しい髪は濡れ、湯気を撒き散らしながら、肩を怒らせている。
婉曲的に言うとそこにいたのは、もはや騎士では無い。昔からよくRPG出てくる女戦士をイメージした方が早い。すわ、これ防御力あんのかというビギニアーマー装備のあれから、そのビギニアーマーを引いた感じ。
つまりはっきり言うと生まれたままの姿である。
張りのある白い肌は湯からあがったからか、それとも全身に纏う怒気からか赤く上気していた。腰まで濡れたままの金の豪奢な髪は今は頼りなげに肌にはりついている。
その隙間から垣間見える成長途上ではあるが将来性を感じさせる双丘は、鎖骨のくぼみにたまったお湯がLEDの優しい光を反射し淫靡に輝いていた。
きゅっと締まったウェストは美しいカーブを描き、指を這わせたくなるほど滑らかな鼠蹊部を経て、優美な二本の張りのある腿と女性らしい瑞々しい色気と触れてはいけない少女特有の神聖さの相反する二つを主張していた。
程良く筋肉のついた鍛え上げられた少女の肉体は一個の芸術だった。どこか未成熟であるが故に一切の余分がない、女神や天使を描いたどんな名画よりも輝いていた。
そして、誠一郎は生まれて初めて、妻以外の女性の全てを目にしてしまったからかフリーズしてしまっていた。
そうでなければ、状況が状況ならあまりの美しさに拍手のひとつもしていたかもしれない。
例えばもし、騎士の魂ともいうべき物騒な獲物を大上段に構えようとしてなかったりしたらだ。
「貴様、なんと言う非道を!勇者ともあろうものが魔道に落ちているとはおもわなんだ!正義の元、叩き斬ってくれる!」
碧色の瞳は、百年の仇敵を捉えたように憤怒の白い炎で燃え上がっていた。
セーフだよね。うん、絶対大丈夫だよ。
なんで激おこかは状況証拠だけで想像付きますかね。答え合わせは次回。
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