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可愛い妻と娘がいるんです

読んで頂きありがとうございます、続けて二話目です。

 最近の不審者は遂に空から降ってくるようになったのか。なにそのトレンド、こわい。



「え、ああ、そうなんだ」

 少女がのたまう所の世界が危ないに、なんとなく同調してしまう。誠一郎は日本人の性質がこれほど憎いと思った事はないと後に述懐する。


「ああ、遂に人界三王国の筆頭国家リア・ネンシスの城塞都市アラスが陥落したのだ」


 少女はこちらの反応にもっともらしく頷くと、きりっとなにやら語りを始めた。瞳がドが付くほど真面目なのが一層ヤバい。果てしなくヤバい。聞いていたら脳内の法則が乱れる。

 ちょっとアレな人が発生する春先はとうに過ぎたと言うのに、なんということか。


 誠一郎も冒険や英雄譚は嫌いでは無い。そういったネットの小説やライトノベルやアニメを昔はよく見たものだ。だが、それは過ぎ去った思い出であり、少年時代の日々の名残であり、大半今となっては本棚の隅に埃を被っているだけだ。

 確かに昔は、それらに影響され、ノートに様々な自分の物語を書きなぐった。自分が勇者で、魔王がいて、伝説の剣や自作の魔法体系で困難を切り開き、そしてヒロインはいつだって緩くウェーブのかかった髪をした良く笑う同い年の女の子だった。

 そして、これ以上先は決して考えてはならない。思い出すだけでも、顔から火を噴き、ここが水たまりとのたうちまわってしまうものだ。


そういうごっこ遊びの世界にリアルで生きちゃっている人と遭遇した事で彼は少なからずテンパっていた。


「ダークエルフの魔王であるヴィルケ率いる第十四魔王軍が最前線を破り、各地で魔族どもが攻勢にでた、【落ちざるもの】とまで謳われた城塞都市の防御力に頼りきっていた人界は大混乱だ」


 我が意を得たとばかりに拳を突き上げ、かぐわしい脳内設定を垂れ流す。

 昔の恥を具に突きつけられている様な物だ。

 まともじゃないが、少女の西洋人形めいた外見と物々しいコスプレが妙な説得力を産み出している。七色の電波はこちらの脳まで殺りにきている。

 逃げたいが、指先はがっちりとホールドされてしまっていてどうにもならない。

 だれにでもあるそういうお年頃真っ盛りなのだろう、ただ、大人を巻き込むのはよろしくないぞと言いたいが、少女のどこか真剣な眼差しに、誠一郎は水を差す事が出来ないでいた。


 とりあえず、近くの警察へ行き方を教えれば、大使館に案内してくれるだろう。

 やんわりどこの国の人かと訊ねてみた。


「すまない、勇者に会えて思わず礼を逸してしまった」


 そこで、鼻と鼻がくっつきそうなほど顔近づけ、まくし立てる自分に気付いたのか、内腿に小手の指先を差し入れると、恥ずかしそうに、もじもじする。


「所属を明らかにしていなかった。わ、私は神聖王国所属の白騎士ヴァイスリッターだ」


 はい、白騎士ヴァイスリッターさん入りました。何故、異世界なのにドイツ語横文字ルビつきとはこれいかに。

 誠一郎は経験上、その答えを知っているカッコいいからだ。


 上目遣いでこちらの反応を窺うようにじっと見てくる少女。この世で最も可愛らしい生き物は自分の娘であると公言して止まない誠一郎だったが、この態度の前ではその語勢はいつもより若干弱まってしまうだろう。

 そして、黄金の少女が続けて「名は――――」と云い掛けた所。


 都会では毎晩のように鳴り響くサイレンが遠くから聞こえた。


 瞬間、誠一郎はばね仕掛けのおもちゃのように、なり振り構わず逃げだした。既に掴んでいた指先は離れている、誠一郎の自由を阻むものはもうななにもない。

 あっ!と声を上げ、少女の反対方向を指差し、脱兎のごとく駆けだした。


 初めからこうするべきだったと誠一郎は思う。厄介事だと言うのは分かっていた。

 折角買ったばかりの我が家、転居なんて考えられない。

 この状況を御近所さんに噂されたら、これか何十年どうやっていきていけばいい。

 会社と仕事に逃げられる俺はともかく、嫁や娘は針のムシロに座る様な日々が待っているだろう。しかもキャンペーン期間中で畳針クラスのレベルになるだろう。

 地域で、学校で、後ろ指を指され、陰口をたたかれ、お前の父ちゃんドリームソルジャーと村八分に至るのだ。

 そして、やがて愛想を尽かされ離婚、世を儚みロープに手を伸ばす自分まではっきり誠一郎には見えるのだ。

 長い社会人生活ですっかりなまった体力をフル動員させ全力で走る。

 人が集まる前にジグザグに路地から路地を駆けまわり、まいたと確信してから、ようやくマンションのエレベーターに飛び込んだ。


 膝に手を当て、肩で大きく息をする。その場に倒れ込んでしまいそうだった。

 そこで初めて自分が愛用の鞄を持っていない事に気づく。

 取りに戻るという選択肢があるはずもなく、がっくりと誠一郎は肩をおとす。

 仕事の書面は持ち出し禁止だから、幸いな事に実質的な被害は読みかけの文庫本と少々草臥れた鞄の代金くらいのものだろう。


 運が良ければ、警察に届くだろうし、倹約に努める妻には悪いが、余計なトラブルを抱えるよりはいくらかましだろう。


 息を整えつつ、フラフラな足取りで、スーツの内ポケットから鍵を取り出し、玄関の扉を開く。


「お帰りなさい」


 まるで、扉を開ける時間を分かっていたかのように彼女はそこにいた。柔らかな笑みを浮かべる妻の姿。

 結城春名ゆうきはるな。毛先がくるっとした柔らかい黒髪と、名前の通りの温かな笑顔を持つ誠一郎の妻だった。

 安堵から、目尻と肩から力が抜ける。


せいちゃん、ご・あ・い・さ・つ」


 ぷくっと、不満げに頬を膨らます。育ち盛りの猫のように気ままによく動く表情は彼女のチャームポイントである。


「えっ…ああ、ただいま」


 この表情をされると条件反射的に言う事を聞いてしまうのは誠一郎の小さな悩み事である。


「はい、よくできました」


 再び春の日差しのような笑みが戻る。そして、小さく背伸びをしてから、誠一郎の頭に優しく手を置く。

 なでなで。


「俺は子供か」


「でも、せいちゃん。昔からこうされるの好きでしょう」


 まぁ心外だわとばかりに、白々しくそう言って、春名は反対の手を顎において小首をかしげた。

 のらりくらりとしたこうしたコミュニケーションではとんと妻には勝てない。それでもいつもなら悔し紛れに二、三度、槍の穂先を合わせるし、春名もそれを楽しみにしている、だが今日は誠一郎にその様な体力は残っていなかった。


「…否定はしない」


 言いたい言葉を飲み込んで。恥ずかしさから身を離す。


「あらあら、今日は抱っこはいいのかしら?」


 それは娘を寝かしつけるときのパターンだろう、しかも最近は恥ずかしくて嫌がられると誠一郎は言いたいが、負け惜しみにしかならないのでぐっと言葉を飲み込んだ。


「今。俺汗臭いから」


「うふふ、それがいいの。わたしたちのために今日も頑張ったんだな、ああ、この人に愛されているんだな幸せだなって思えるもの」


「お前は昔から、そう言う事を平気でよく言えるのな」


 誠一郎は不覚になる寸前まで呑まないとそんな台詞の半分もは言えやしない。


「誠ちゃんを恥ずかしがらせるのが、私のライフワークですもの」


 五年前も、十年前も、十五年前もそんなやり取りをした気がする。

 誠一郎はこれ以上は堪らんとばかりにあさってを向いてスルーをすることにした。


「我が家はいいな、まるで、砂漠の真ん中でオアシスを見つけた気分だよ」


「うふふ、誠ちゃんたら大げさなんだから。あ、ごめんなさい、鞄と上着預かるね」


「えーと、そのな、鞄なんだけどどうやらどこかに忘れてきたらしいんだ」


 後ろ手でスーツの上着を渡しつつ、もごもごと誠一郎は春名に告げた。


「あらら、あなたは、いくつになってもうっかりさんなのね」


 肩から上着一枚分の重みが消えると、こらと後ろから回された手でコツンと額を叩かれた。

 とてとてとて、とリビング方から小さな足音と共に、春名がミニチュア化したような幼女が歩いてきた。


「ママずるい!今日はあたしがパパをお迎えするってお話ししてたのに!」


 結城雪名ゆうきゆきな。誠一郎と春名の大切な一人娘である。

 春名によく似た癖っ毛を揺らしながら小さな足音はとすんとすんと不満げな音色になった。


「うふふ、雪ちゃん、ご本に夢中でしたよね。パパ帰ってきたよ、ママ迎えに行くからねってちゃんとお話ししましたよ」


「そんなのおぼえてないもん、ずるいもん」


 まだ、丸っとした手のひらを握りブンブンと上下に振る。


「はい、パパにご挨拶は」


 うー、不満を示しつつおかえりなさいとただいまを親子は交換する。

 ママはよくできましたとにっこり拍手。ここまでのやり取りからこのマンションの一部屋の大体のヒエラルキーがみえてくる。


「うー、どうしてママはいつもパパが帰ってくる時間が分かるの?」


「それはもちろん、ママがパパを大好きだからよ」


「あたしだって同じくらい大好きだもん!でもわからないもん」


「そうね、雪ちゃんが生まれるよりずっと前からパパの事いつも考えてきたからかな、色々分かるのよ」


「そうなの?どんなことがわかるの?」


「そうね、例えば今日のパパ、何かあったのかな?とかかな」


 ね、っと口元に笑いをつくる妻に、びくりと肩を震わせる誠一郎。後でちゃんと話をしてね、とにこり。ママは何でも知っているのだ。


「えー、そんなのちっともわかんないのー」


 春名の桜色のエプロンの裾を引っ張って、ぶーぶーと雪名は口をとがらせる。

 誠一郎もそんなやり取りを乾いた笑みで見つめる。そして、ようやく靴を脱ごうと下駄箱にかかった靴べらに手を伸ばした時だった。


 そんな時だった。


「もー」

 

 ドアの向こうから、牛みたいな鳴き声が聞こえる。


「た…もー」


「あら、どなたかしら」


「たの、もー」


「ああ、俺が出るから、夕食の用意途中だろ」


 変な出来事に遭遇して回り道したとはいえ、まだ、中学校の下校時刻だったのだ。


「そうね。雪ちゃんお手伝してくれるって言っていたのに、ご本に夢中だったからまだ途中なのよね」


 困ったわ、と頬に手を当てる春名。


「い、今から手伝うつもりだもん、ほーら、ママ早くお料理するよ」


「うふふ、おててキレイキレイしてからよ」


 雪名は春名の手を引いて廊下の奥へと戻っていった。なぜか、誠一郎はほっとする。


 セールスマンかなにかだろうか。各部屋の玄関扉はオートロックだが、エントランスは出入り自由なのでここまで上がってくることも多い。

 インターホンで出ると、顔を合わせるよりも断られる確率が上がるのでこうして、

 コホンコホンと息を整え扉を開ける。

 まず、ひと睨みきかそうとするが目の前の空間には誰もいない。


「あれ、空耳だったか」


 そう呟き、扉を閉めようとすると。

 凛とした声が誠一郎を呼び止めた。


「勇者殿探したぞ、さぁ、共に世界を救ってくれ」


 黄金の髪、真摯な眼差し、強い意志。そして、訳のわからない内容。

 正座をして、その上に背中の大剣を横たえた先程の少女だった。


 誠一郎が渾身の力で扉を閉ざしたのは、言うまでもないだろう。


見切り発車なのでストックが脳内にしかにあです。『戦国online』の方も流石に更新しなければならないので続きは明日の努力次第になりますが、宜しければお付き合いください。

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