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第三種接近遭遇【エンゲージ】

戦闘ばかり書いてると殺伐としてくるので、気分転換に新作を。

相変わらず重箱の隅の需要しかないかと。

 赤銅色の夕焼けに薄紫色のベールがゆっくり降りてくる頃。サラリーマン結城誠一郎ゆうきせいいちろうは駅から自宅への帰り道を歩いていた。

 毎週水曜日のノー残業デイの帰り道、彼の足取りは軽やかだ。

 それもそのはず、彼は念願のマンションを都内に購入したばかり、我が家に帰るのが楽しくないわけがないのだ。


「うへへ」


 控え目に言っても気色悪い笑みである、それを見た部活帰りらしい女子中学生達がすれ違いざまに二歩分距離を取る。

 今後、少なからず心にダメージを追いそうな光景だが、幸いな事に誠一郎は気づいていない。

 なぜならば、家で待つ家族の事で、ごく容量の限られた彼の頭は既にいっぱいだったからである。


 誠一郎は、一家の夫でありパパである。頭に『良き』という冠詞が似合うようにと日々汗を流す大黒柱なのだ。

 家族構成は3人。愛する妻と愛する娘である。

 結婚生活は今年で7年目となる。ここに記すには10万文字が必要になるほどの大恋愛の末のゴールの物語があり。未だその熱は当人達でも不思議なほど、少しも冷めやらないのである。


 そして、先月より小学校に通い始めた娘は可愛いさかり。目に入れても痛くない程に溺愛している彼を、親戚や友人は目を伏せるほど痛々しく見守っているのである。


 そんな年齢を聞かれると20代後半ですとだけ言い張るようになった、ドラッグストアの店先でそろそろ使うべきかと毛髪剤が気になりだしたちょっとシャイなお年頃の誠一郎。


 思い返せば、この日、この時までは、順風満帆の何一つ不足のない人生だった。 


「あ」


 そう言えば、家族へお土産を買ってなかったと思い立つ。何にするかと思案する為に空を見上げた、その時だった。


 視界の隅に何か光る物を見た。


 夕闇の時間、宵を告げる一番星か。

 となると、金星だろうか、木星だろうか。文系出身の誠一郎にはそれ以上の知識にはコケが生えてしまっていて判別がつかない。

 目を細め、正体は何者ぞ、と注視しようとする。


「ん?」


 光は明滅を繰り返しながら、気のせいか、その大きさを増しているように思えた。

 もしかしたら、飛行機か何かだろうか。

 その薄朦朧うすぼんやりとした光は東の空へとゆっくりと遠ざかっていこうとする。

 誠一郎は、急速に興味を失い視線を地上に戻そうとした時、光がひときわ大きく輝いた。

 それはまるで例えるなら、人ごみの中、強烈な視線を感じて振り向くと、自分に向けられる強い意志みたいなものを感じたような、そのような光であった。


「まさかな」


 仮に意思があったとしても、天高く輝く物が遥か地上のたった一人の自分に向けるはずもない、気のせいだろうと誠一郎は結論付ける。

 しかしながら、去っていくはずの光は、ぐっと、大きなカーブを描き来た方向に戻ろうとしているではないか。

 自然物でも人工物でもあり得ない不審な機動。

 それどころか、まるで誠一郎の元に向かってくるかのように加速しだしたようにも見える。

 いや、もうこれは完全に気のせいでは無いかもしれない。事実、点だったものは既に指先ほどの大きさになっている。

 まさかUFO。

 もうすっかり流行りとしては遅れてると叫びたくなるような、季節外れのTV番組のネタにもならなくなってしまった存在に思い至る。

 思い出してしまうと三つ子の魂なんとやらというが、幼い頃植えつけられたキャトルミューティレーションというトラウマ製造機は、大人の身になってもうすら寒い。

 そんなもの、あり得ないことだと思いつつ笑い飛ばそうとして誠一郎は失敗した、何とも言えない不安がじわじわと肺の奥に広がってくる。

 何事も平凡な誠一郎だったが、唯一人に誇れるものがあるとすれば、厄介事を察知するこうした勘が妙に鋭い事だろう。

 それが告げているのだ、あれはヤバい物だと。

 そんな風に誠一郎が呆けている間に、既に光は拳ほどの大きさになっていた。

 そこでようやく、背を向け、逃げるという事に誠一郎は思い立った。しかし、動揺したのか、足が絡まりその場に無様にひっくり返る。


「ひっ」


 尻もちをついた誠一郎は、自分に向かって落ちてくる不思議な光の塊に為す術もなく、小さな悲鳴を上げると、その後に訪れる痛みを想像し目を閉じた。


 ドォォォォォォン!


 小さい頃、山梨県の湖畔で見た夜空一杯の花火よりも大きい音が轟いた。

 一瞬遅れて、体ごととばされそうな強い風が吹く。

 巻き上げられた石ころかなにかがコツンと音を立てて額に当たり、小さな痛みを感じた。

 その痛みから、誠一郎は逆説的に、自分の体の無事を感じて、おそるおそる目を開いてみる。


 辺りはすっかり様変わりをしていた。アスファルトには蜘蛛の巣状にひびが入り、住宅街の古いブロック塀は上の方が崩れ落ちている。通りに面した家々の窓ガラスは無残に砕け、傍らの電柱は、取引先の重役にでも会ったのか地面に対して深いお辞儀をしている。

 一瞬にして平和な町は戦時中にでもなったかのような、それは冗談のような光景だった。


 ああ、冗談であったらな。誠一郎は強く思う。


 中でも、最も目を背けたい物は誠一郎の目の前にあった。子供くらいの大きさになった光が誠一郎の目の前をぷかりぷかりと浮かんでいた。球体は地面に落ちたわけではない。

 しかし、そこを起点に足元からヒビは広がっているのだ。

 そんな事を確認しながら、最も重要な事にたどり着く。眩しい光の内側になにがあると遅ればせながら誠一郎は気づいたのだ。


「お、女の子」


 それも、とびっきり綺麗な少女だった。あたまに美という文字が七個ぐらい並んでもおかしくないほどである。

 その美(以下略)少女は瞳を閉じ、手を寒さに震える様に小さく手足を抱え込んでいた。

 そして、ゆっくりと光の玉は自然の摂理に帰る様に地面に吸い寄せられていく。


 光は役割を終えたのか泡のようにはじける。


 精緻な装飾の入った金属製のブーツに包まれていても分かるくらいに小さなつま先から地面に投げ出された。


 関わり合いになるべきではない、今すぐ背を向けて逃げるべきだと。そう思うも、生来のお人よしが発動してしまい、誠一郎はその少女を放って逃げ出す事は出来なかった。


 砂ぼこりの余波でいまだ定まらない視界で、アスファルトに向かって倒れていく少女を慌てて肩のあたりを掴み支え意識を確かめる。

 重っと、口の端から思わず漏らしてしまうほど、コンパクトな見た目に反してずしりとした重量。

 そのまま助け起こす事は無理そうだと判断した誠一郎はゆっくりと少女を仰向けに横たえた。

 

 一瞬遅れて、頬をかすめ流れていく長い髪。繊細な黄金色のそれは仕事で扱う絹よりも高価な物に思えた。毛先からは、ふわりと桃の花の香りがした。

 まるで聖母像。先日扱ったそれをモチーフにした美術品を思い出し、ぶしつけにじっと整いすぎた眼鼻立ちを覗きこんでしまった。

 この髪も新雪みたいな肌も明らかにこの国の住人では無いことを示している。


 白い顔にゆっくりと温かみが戻ってくる。

 ゆっくりと開くかれた瞳は宝石のように碧い。先程感じた強い意思ともいううべきものがその輝石の中に内包されている。

 じっと、誠一郎の顔を見詰め、長い睫毛を数回瞬かせた後。

 鈴を鳴らしたようなよく通る美声でこう告げる。


貴方あなたが、勇者か」


 西洋人の眼鼻立ちで、正確な発音で日本語を操ったことに驚く余裕はなかった。

 先程の不思議体験もそうだが、もっと呆気に取られている事があったからだ。

 少女の重さが重いのも当たり前。彼女は黄金の鎧に身を包み、身長ほどもある大剣を背中に背負っていたのだ。


 異様な風体だった。現代の日本では、ファンタジー系の物語の中か、もしくは夏と冬に海辺で開催される特定の参加者しかいない祭りの類でしか生息を許されないようなそんな異質な――――


――――そう、一目で分かるほどの紛れもない不審人物だった。


 住宅街のど真ん中、隕石でも落ちたような惨状。野次馬がいないのが奇跡的な状況。

 背中に背負ったのは明らかに銃刀法なにそれな大剣。

 そしてなによりも、ローティーンの少女に覆いかぶさるようなサラリーマン。

 どこを切り取っても、犯罪の匂いしかしない。

 誠一郎は己の血の気が失せ、マンガみたいな量の汗が背中に流れ始めるのが分かった。


 さあ、どうやって、逃げようか。これに関わることは先程の落ちてくる緑の光よりも厄介だと誠一郎の勘が告げていた。


 少女はそんな誠一郎の様子など気付かず、ぎゅっと一生懸命手を握ろうとするが、黄金の小手を不慣れにガチャガチャ鳴らしながら、四苦八苦する。 だが、指先をつまむのがやっとでそこで諦めたようだ。

 

「助けてほしい、世界が危ないのだ」


 どう見ても危ないのは俺の世間体です、本当にありがとうございました。

 これが、平凡なサラリーマンと異世界少女の物語の始まりである。


二話目書き上げ次第上げます。キャラが増えてくると会話主体になります。人はそれを手抜きという。


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