13話
「ん……ふぁあぁああーあ……あれ?」
浩一が目を覚ますと辺りはまだ暗かった。確か寝たのは夜の11時か12時だったか。昨日色々とあったおかげか、あまり気にも留めていない学校の記憶等については曖昧になっていた。
「……今、何時だろ」
周りを見てみると頭の方に目覚まし時計が置いてあった。時計を見てみるとまだ夜中の3時だった。だが、頭も身体もすっきりしており、倦怠感もなかった。
「……ん?」
ふと、周りを見渡してもバーンズがいなかった。最初は別の部屋に居るのかとも思ったが、浩一の部屋には他にはトイレと風呂くらいしかないため、すぐに探し終えてしまった。
「バーンズ?」
立ちあがってバーンズがどこにいるか、探そうとした時だった。ふと机の上を見てみると浩一の携帯電話と手紙が添えるように置いてあった。
「これは……」
バーンズの筆跡なのか、ペンで書いたにしては達筆な字で簡単に書かれていた。
世話になった。またいつか会おう。
「世話になった、って……」
浩一は思い出す。バーンズは傷だらけであったし、あの時血を飲んでから顔色は良くなっていた。しかし、だからと言ってすぐ動いていいことではない。
「……ちっ!!」
浩一は寝巻きからワイシャツとスラックスに着替えるとすぐさま家を出る。
「って、走り出したのは良いが。一体どこに居るんだ……」
もし自分が寝た直後に出ていったのだとすれば、3時間前に出て行ったということになる。傷だらけとはいえ、3時間も歩けばずいぶん遠くである。今は夜中なのでもう終電だが、どの方角に行ったかさえも判らなければ探しようがなかった。
「クソッ!!」
とにかく思い当たることに行ってみようと公園に向かう。何もしないよりはマシだ。そう言い聞かせながら浩一はまだ日も昇らない街を走って行った。
キーンコーン、カーンコーン。
浩一は学校で気だるそうにうつ伏せになっていた。あれから3時間ほど走ってバーンズを探したが彼は何処にもいなかった。結局どこを探しても居なかったので家に戻り、学校に来ていた。幸い3時間走り続けても疲れることも無く、学校でも少しダルさを感じる程度で済んでいた。
「よ、浩一」
「おー、直樹。おっす。……御前、今日は宿題はやって来たか?」
「フッフッフ……今日はやって来たぜ」
「へー……珍しい」
「ハハハ。うるせえよ」
浩一と直樹が笑いあう。だが、浩一は吸血鬼であり、直樹と違う。有り体に言えば化け物だ。そう考えると笑えないな、と浩一は思った。
「そう言えば遥はどうしたんだ?」
「生徒会の仕事だって。学級委員に生徒会までやるってどんだけ真面目なんだよ」
「とりあえず、御前はもう少し遥を見習った方が良いと思うがな」
と、浩一から見て遥の席の向こう。丁度瞳の席を見てみる。椅子が動いた形跡もなく、まだ来ていないようであった。
「……」
「どうしたんだい? 浩一くん?」
振り返ってみると直樹がニヤニヤと笑いながら浩一を見ていた。
「……何だよ?」
「いやあ? 浩一が女子に興味を持つなんて今までなかったんじゃねえのかなあ、って思ってさ。何、狙ってんのか?」
「御前な……」
浩一はいっそのこと自分も瞳が吸血鬼だということを教えた方が良いのではないかと本気で思えてきた。最も、直樹ならば決して信じず、痛い人だと決めつけるであろうと簡単に考えられるので言うのは却下したが。
「ちげーよ。別にそういうのじゃねえし」
「またまたー。無理しなくて良いんだぜー? 瞳ちゃん可愛いしさ。惚れるのも無理はないって」
「……あのなあ」
浩一はこのような話は苦手だった。茶々を入れられるのも嫌だし、恥ずかしい。そのせいか、浩一は中学高校でありがちな恋愛ごとには疎かった。時計を見てみても、まだ朝のHRまでは30分ほど余裕がある。
「俺屋上行ってくるわ」
「え? お、おい。浩一!!」
直樹が止めるのも構わずに浩一は走り出した。当然、全力で走ることなんてせず、かなり力をセーブしている。でないと、後で面倒だからだ。昨日瞳と来たときのように、無理やりに鍵を外して屋上に行く。天気も良く、太陽が近くに感じられるほど、ジリジリとした暑さを感じていた。ふと、扉を開けた先を見てみると先客が居た。
「……川島?」
浩一が声を掛けてみると、そこには蒼い髪に白い肌、そして何故か制服ではなく身体のラインが判ってしまうような、黒いライダースーツを着ていた。
「麻生君……」
瞳はこちらを振り返る。その表情はびっくりしたようにも見えるし、それと同時に何かを諦めたような表情だった。
「川島、なんでここに? それに……その格好は」
「……ハァ。出来れば、今日1日貴方と話さないでいたかったのに」
瞳は溜息をつきながら髪をかきあげる。一瞬だけ、その表情が見えなくなった。
「かわし……マッ!!?」
浩一の言葉が途中で途切れてしまったのは、髪をかきあげた直後の瞳に懐にまで急接近され、腹を殴りつけられたからである。浩一は痛みよりも先に疑問の方が頭に浮かびあがる。何故、彼女が自分のことを殴りつけたのかと。
「がっ……」
瞳の急な攻撃に浩一はただ衝撃を受ける。そのために身体をくの字に曲げて、屋上の床を見る羽目になった。
「なっ、なんでだよ……川島」
「理由は1つよ」
瞳は下を見たままの浩一の後頭部を握り拳で殴りつける。浩一はその衝撃で床に顔面をたたきつける羽目になった。
「グッ!!」
「麻生君、貴方が素直に吐いてくれれば済むだけなの。だから答えて。アルド・ランクスは今どこに居るの?」
「グッ……な……に?」
と、ここまで聞いて昨日のことを思い出した。昨日、バーンズと公園で見た黒いバイクに乗っていたライダー。あれが瞳だったということだ。そしてもう一つ。バーンズがあの写真の人物であったということ。
「なんだ……って?」
瞳は浩一のワイシャツの襟首を掴むと無理矢理浩一を立たせた。瞳の顔は浩一のすぐ目の前にある。
「もう一度聞くわ。アルド・ランクスはどこにいるの?」
「アルド……ランク、ス?」
「貴方が昨日一緒にいた男よ。早く言って!」
「……バーンズさんの、ことか……」
痛みと言うよりはここまでの混乱のせいで浩一は頭も舌もうまく回らなかった。とにかく、浩一は思ったことを口にする。
「バーンズ? ……傷、ね。なるほど。偽名として使うにはまあまあかしらね」
偽名。元々自分の名前を語ろうとしなかったことから当初からその名前が偽名だということにはある程度気付いていた。しかし、それを決定づけられたように宣言されると浩一は少なからずショックを感じる。
「麻生君、貴方は彼を知っているの?」
「知らねえ……それに、探してどうするんだよ」
「殺すわ」
目の前にいる少女がひどく冷たく感じる。確かに第一印象から、決して温かいと言える少女ではなかった。だが、それでも決して冷たいとは思ったことはない。だが、今目の前に居る少女は、まるで氷に囲まれたような、酷い寒さを感じるようだ。すぐそこには太陽があるのに、先ほどまでの暑さは全く感じられなくなった。
「麻生君、貴方は侵食なの?」
「侵……食?」




