記憶の神の御守り袋
増える記憶って増えるワカ○みたいじゃね?なんて現実逃避を俺はしていた。増える○カメなら食えるのにな。
朝起きたら自分の身に覚えのない記憶があった。しかもその記憶通りなら俺は特別な力を持っていて今までそれを自覚していなかったらしい。
それを知ってどう思うかなんて決まっている。
「どこの厨二病だよ。俺はもう高校なんだぞ。分かってんのか」
少年漫画みたいな設定はもっと小さい頃にほしかった。切実に。
俺は確かにヒーローものには憧れたし、ちょっとワルな先輩にも憧れたりした。しかしその程度で普通ある訳ない『別次元の記憶』なんてもの押しつけられなくてもいいと思う。
『押しつけたんじゃないよ。僕に会ってようやく一部思い出したってだけさ』
ピッカピカの高校一年生である俺、念居兼斗に、記憶をつかさどる神様(名前は黙秘!とかいいやがった。百回死ねばいいと思う)がそうのたまった。
この神が言うには、俺はもともといろんな記憶を受け容れる存在だったらしい。
『向こうにいるときは、僕のお手伝いさんだったんだけどね?
向こうで神様同士が大喧嘩した時、君ったら巻き込まれてこっちに落とされちゃってね』
ふうヤレヤレみたいな大げさなジェスチャーをとるのでちょっといらっときた。見た目俺と同い年くらいで、髪がやたら長い。
「それで?」
だが、つっけんどんに先を促す。
いくらキレーな顔をしていたところで、俺は男に振り撒く愛嬌は持ち合わせていない。
『それでいろいろ忘れちゃったみたいだね!』
パアッと景気よく弾けて消えるジェスチャーにもちょっといらっときた。
「そ、れ、で?」
『あは、うん、怖いから凄まないで。前々から、僕のことうっちゃりたいとか、記憶投げ捨ててやろうかとか言ってたけど、どさくさまぎれにマジで実行するとは恐れ入ったよ。
主神である僕にふつーにすごむのは相変わらずだけど』
俺は基本、気が長いほうじゃない。
目の前にふよふよ浮かんでるやる気のない幽霊のような、いや、昼間にでているんだからまあまあ根性はある幽霊のようなやつにいつまでもつきあってはいられない。
顎をくいっと上げて続きを促す。
『ああ、うん。一応話は最後まで聞いてくれるそのスタンス大好き。
僕としては、君がいないとそれなりに困るから、記憶を戻したうえで向こうに帰ってきてほしいなあと』
「そんな簡単に記憶が戻るものなのか?」
『僕はもともと知恵袋的中身だから、対策はなくもない。
お約束としては、同じようなショックを受けなおすといいとかいうよね』
ショック?それは、神の眷族から人間になってしまうような衝撃のことか?
それは対策とは言わない。
衝撃のあまり転生してしまうようなショックを、この体に受けて無事でいられるとは思えない。
『うーん、いくら僕が神様だからって、首を絞められたら苦しいってば。神は神を殺せるけど、人だって神を殺せるんだぜ?』
できるとは思っていなかったがこいつ自身のずるずるした服で首のあたりで締めあげる。顔色が青くなるあたり、神だからか芸が細かい。
「さっさと本題に入れ」
『...ユー、ちょっと死んでみない?』
拳骨一発で許してやった俺は、結構心が広いと思う。
「で?俺が本来持っていた記憶っていったいどういうものなんだ?俺個人が持っているのとは明らかに密度も方向性も違うぞ」
思い出した記憶は、断片的で短編的。
味噌汁の隣にガラパゴスゾウガメが置かれているような混沌具合。
『知恵袋な僕のお守りみたいなもんかな。僕と似たような事象についての、僕とは違う視点での記憶を、持っていて、でも活用はしない感じ』
「活用しないのに覚えてる意味なんてないだろうが」
『僕はその特性上すべからく記憶をつかさどっているわけだけど、そのすべてを知恵に高めるわけじゃない。取捨選択して使われなかった記憶。それを君に預けていたんだ』
「俺はバックアップみたいなもんか?」
『玉石混合の未整理な巨大図書館だとでも思ってくれ。ただし、背表紙もなければ一ページ、一文、一文字単位でバラっバラな状態』
「役に立たねえ!」
それを俺ならゴミと呼ぶ。
『でも、そこにかつての君が入れば、僕に一冊の本にして渡してくれたわけだよ』
「前の俺、苦労してたんだな」
『整頓作業をお願いすると眉間にしわ寄せてたねそういえば』
国語の文章問題よりも確実に難易度が高い。
「俺にはそんな大層なことできないぞ?」
『そのやり方も忘れてるだけだからきっと大丈夫。暗黙知ってやつだよ』
「何それ」
『自転車に一度乗れたら、数年自転車に乗らなくても、自転車の乗り方は忘れないってやつさ』
「へえ...って、ちょっと待て。俺はお前のために記憶を集めるなんて一言も言ってないぞ」
俺はテストも国語も古文も大嫌いだ。春は曙って相撲取りかよ!とつっこんだクチ。
『えええ、帰ってきてよー。いくら向こうの時間の流れと下界の時間の流れが違うからって、あんまり職務放棄してよいわけがないし』
「職務放棄?」
『この前金庫の神様に面倒事頼まれちゃって、手持ちのものだけじゃうまくいかなそうだったから、僕の守り袋たる君に意見を聞こうと探したらどこにもいない。え、ちょ、どこ行ったと焦って探したら、この前の巻き込まれ大決戦で下界に落っこちてて。あわてて迎えにきた。今ここ』
「巻き込まれ大決戦?」
『聞いて後悔しないでよ?神様って、基本仲いいんだけど、暇にあかせて羽目を外しすぎるきらいがあってね。
今風に言うとはっちゃけちゃうってやつ?普段は避けてるんだけど、猫の肉球は正義派と犬だって可愛いぞ派と動物みんな俺の嫁派が激論の末大暴れしてね』
「それで?」
なんか嫌な予感。
『みんな死なない程度に悪ふざけしてたら、猫派の雷神が投げた雷が桶の神に向かってそれをたたき落とした岩の神が玉鋼の神と犬派の炎の神のダブルス―プレックスを食らって、助け起こそうとした便所の神が既に倒れていた風呂の神にこけて躓いて、喧嘩を肴にしていた塞の神と木枯らしの神のところに突っ込んで、知識の神がとりなそうとしたら力の神が難癖付けて。ああ、やっぱり博愛精神…動物みんな俺の嫁派は、優柔不断だって非難を受けてたね。そこで俺の嫁派筆頭の雨の神が逆上してあたりを水浸しにして』
「ちょっと待て、俺がその話のどこに入るんだよ」
『桶の神の近くにいた君は雷神の雷にかすって、石の神がたたき落とした風圧で倒れていた風呂の神のあたりに着地し、それに躓いた便所の神を助けようとして一緒に塞の神と木枯らしの神の酒盛り場所に突入し、知識の神に助け起こされた直後に力の神に吹っ飛ばされて、逆上している雨の神の正面に来て』
「なんだその連鎖的な巻き込まれは」
『じゃあまあ、簡単にまとめると、八百万の神の間を小突かれながら吹っ飛ばされながら、悲鳴を上げながら僕が気付いたら下界にまで落っこちていたわけで』
「つまり、この状況はすべてお前らのせいだと?」
『僕は何もしてないよー』
「それでなんで十何年もかかるんだよ」
『時間の流れは一定じゃないから。上は時間の流れって概念自体が結構ゆるくて、これでもすぐ気付いたほうなんだぜ』
「ありがたくねー」
『意識してないと百年なんてあっという間だからねえ。まあ、その点僕は職業柄意識してはいるんだけど』
「で、記憶ってどうやって戻るんだ?」
『どこに行ったかわからないからなあ。今の僕の手持ちを渡すことはできるけど、変に上書きしちゃったらきっと元には戻せないし。気長に養生するしかないんじゃない?』
「...つまり打てる手はないと。分かった。俺は普通に生きることにする」
『えええ、一緒に上に帰ろうよ。ここにいるよか上のほうが絶対治りは早いって』
「百年なんてあっという間なんだろ?その間くらいお前も下界でごろごろしてりゃあいいじゃねえか。俺は普通に寿命を全うして、ここで思い出せるだけ思い出しとくから。それからなら上に行ってやってもいい」
『えええ...』
「今の俺は人間だからな。人間は忘れたい記憶だけ忘れることもできるらしいぜ?」
『君の今の状態は、頭の中のジグソーパズルのピースが頭の外に飛び散っている状態なんだよ。頭の中にあるのなら君はとっくに思い出している』
「だから、俺が今後の人生でのんびりピースを集めてやるって言ってるんだ」
『上から探したほうが早いと思うんだけどなあ。けどまあ、そこまで言うなら仕方ない。一緒に探すよ』
「え」
『何だいその態度』
「お前ここに居座る気?」
『だーいじょーぶ。ばれない程度に漂ってるから』
「あっそ...」
そして神との共同生活が始まった。
あの神が来てから早二年。
どんどん思い出していく、神代のころの記憶。
噂を聞きつけたのか暇だったのか、あれからいろんな神が入れ替わり立ち替わり遊びにきた。ちなみに、便所の神は確かに美人で性格が良さそうだったが男の娘だった。惜しい。
そしてその神々にくっついていた記憶が俺の中にどんどん還ってきた。
上に帰ったほうがすぐ見つかるとはこういうことだったようだ。
俺自身がいろいろなところにバックアップを仕込んでいたらしい。ここまで用心深いなんて、いったい何があったんだ俺。
最初の一年は大変だった。文字を読むたび、何かを見るたびに関連した知識が記憶のかたちで俺に戻ろうとした。
あんまりにも頻度が多いんで、俺は暇な時間は辞書という辞書を斜め読みしまくった。そうでもしないと教科書の内容を理解する前に記憶が入ってこようとするからだ。
記憶が返ってくるときは、なんだかぐらっと視界が歪む。
以前あのボケがたとえたように、膨大なスペースに想定されていない本や文章が、いっぺんにぶち込まれる感じ。
いちいちそれを確認しないので、ぶちまけられた衝撃が俺に帰ってくる。
まだ怖くて試そうとはしていないが、本当にこの中から一冊にまとめられるんだろうか。
記憶は俺の中で文字列で整理されているらしい。
一番衝撃が多かったのが、あのボケの親兄弟に当たる神と顔を合わせた時だった。
受け取った瞬間、自分の頭にすべての体重が移動したかのような錯覚を覚えた。何とか受け流して、落ち着いたとき。俺の中に凶器的ともいえるほど積み重ねられた文章を幻視した。
前の俺は、ホントにこんなバカみたいな量の記憶を持っていたのか。捨てたくなるのもわかる気がした。
このボケが来てから、ざっと四半世紀。
道端にいる神にも妖怪にももうビビることはないし、いい加減記憶との付き合いかたも分かってきた。
『しかし器用だね君は』
「あ?」
このボケは何が楽しいのかまだ俺の近くに浮かんでいる。こいつが留守になる旧暦の十月が、十二月の今から待ち遠しい。
『普通の人は記憶があれば利用するだろうに、君は自分で持って積み上げた記憶しか利用しないなんて』
「ふん、だてに不惑じゃねえよ」
俺は自分の頭のなかに仕切りを作っただけだ。といっても、本当の意味で利用できるようになったのはつい最近のことなんだが。
『この国の平均年齢からしたら、折り返しかい?まあ、ここまで来たらあと四十年も五十年も一緒だからね。のんびり天寿を全うするといいよ』
「神に天寿を全うしろと言われるのも妙な気分だ」
『この二十年余り下界でぼうっとしているけど、向こうに帰ったらほんの昼寝くらいの時間だ。そんな時間をずっと過ごしてきたけども、君ってやつは本当に神かと疑わしいほど不運だねえ』
「そんなことはない」
『君自身に非はないのに、巻き込まれるたちだ。そういえば落っこちた時もそうだったね。もう君の習性なんじゃないの?やめてよー。不運をつかさどる神に嫌みを言われちゃう』
「いわせとけ。むしろ俺がこうなった責任を取らせろ」
『不運の神は運の神でもあるからねえ…でもあいつに頼ると悪い結果にしかならないんだ』
「心底迷惑な神だな」
まあ、そんな長い人生をオムカエを待ちながら振り返っていた訳だが。
『さーて、そろそろお迎えだね!』
「...うれしそうに、言いやがって」
体が若い頃のように動けば、ちょっとばかり思い知らせてやれたのに。
このボケが来てから...いや、やめよう。もう数えるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
『ようやっとあっちの僕の元に帰ってくれるわけだからね!うれしくもなるさ』
俺は処置なしと肩をすくめる。約束ではあったから抗うつもりはない。
「死んだら俺はこのまま上に行くのか?」
『さあ。そこら辺は行ってみないと何とも』
「適当だな」
『だって僕は君が帰ってくれるのがうれしいのであって、君がどんな姿であろうとも関係ないね!』
体は若くなってるといいな。老体でこいつに付き合うのはちと辛い。
「...俺の記憶は結局どれだけ帰ってきたのかな?」
話題をそらしたのではない。こいつの扱い方を学んだだけである。
最近は少しずつ少しずつ、起きられる時間が減っていった。家族に頼んで珍しい品(に付随する記憶)を取り寄せたりはしているが、もう俺自身の足では集めること叶わない。
『まだ結構抜けてるみたいだね。でもまあすぐに取り戻せるさ。上は時空とは無縁の世界だからね。下界でのことは、僕経由の記憶でない、君だけの記憶として大事にすると良い』
「ふん、長い...休暇、だった...ぜ」
『おやすみ、人の子。お帰り、僕の相棒』
最期に見たあいつは、本当の神らしく慈愛に満ちた目をしていた。
うららかな天気が基本の上で、前より面白くなったともっぱらの評判な男神が気炎をあげている。
『あーもう!もう一回落ちてやろうか!』
『やめて!あの時僕結構頑張って向こうに張り付いたけど、あれって実は相当力使うんだよ!?』
対するのは一応気炎を上げているほうの上司である男神である。
『堂々とストーカー宣言すんな!!』
『ストーカーじゃありませんんー!守護神ですぅうー!』
『本業サボって守護神する馬鹿があるか!!!』
『サボってないもん!ちょっと先延ばしにしただけ!それに、下界にいって守護神やるのって最近流行ってるんだぜ!』
『最近妙に神口少ないと思ったら!』
どいつもこいつも、義務を果たしてから遊べーーー!!!
まあ、そういうことで。
神様は結構近場にいると思われます。
ボケが大多数なので、神様はツッコミと娯楽に飢えてます。
だから、よくこっちにちょっかい出しに来るのです。