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Because I LOVE YOU ~彼女が雪女になった~

作者: はるあみ

Because I LOVE YOU

 ~彼女が雪女になった~



 彼女が雪女になって戻ってきた。

 唐突だが、彼女は昔から唐突だから、僕は多少のことには驚かなくなった。

 しかし、雪もふっていない夜に、雪女になって戻って来たのには流石に驚いた。

 十二月十五日、彼女は僕の部屋をノックした。

「今晩は、急にごめん」

 彼女は雪女になる前と変わらぬ声で僕に呼びかける。

「ねえ、小田急」

 僕の名前は小田久作であり、ロマンスカーで箱根には行けない。

 それに、僕は京王電鉄で新宿まで行ってそこからJRに乗り換え仕事に行っている。それも、もう五年以上だ。

 だから、僕のことを小田急と呼ぶのは彼女だけで、その彼女がこの部屋から出て行くときも唐突だった。

 ~こめんね、楽しかったよ~

 九月の初めに置手紙を置いて自分の服だけを持って出て行き、僕の部屋には彼女がネット通販で買った様々な不用品が残された。

 多くのものは、特に思い出もないので燃えないゴミの日に出したが、往生したのは足温器だった。

 小さな部屋の中に、その存は大きく、彼女が居た頃からよく躓いた。粗大ごの出し方が分からない僕は、燃えないゴミの日にこっそり出して近所のオバサンにこっぴどく怒られた。

 それから、足温器は彼女が置いていた場所と同じ場所に鎮座している。

「どうしたの」

 本当はすぐにドアを開けたかった。

 彼女が出て行ってから一年、僕は誰とも恋を出来ない体質になったようだ。

 誰かを好きになったとしても、付き合ったらどうなるのだろうと想像すると、あまり楽しくないことに気づく。そして気づいてしまうと恋をする気にはならなくなる。

 これは、あまりに唐突な女と付き合った後遺症だと僕は思う。

 わざと驚いた顔をしてドアを開けると、雪を頭から積もらせた彼女が立っていた。わざと驚いた顔など作る必要がまったくなかった。

「ええっ、ええっ」

 本当に驚いたときに言葉が出ないと言うのは本当だ。

「入っていい?」

 彼女は僕の返事も、雪が解けて部屋を濡らすのも気にせず入って来る。

 慌てて僕は彼女が使っていたバスタオルを投げた。

「捨てずにいてくれたんだね」

 そういう問題は、もう少し落ち着いてからしたい。

「何が起こったのか、分かりやすくお願いします」

 彼女は話は分かりづらい、最後は何を話していたのか分からなくなることもしばしばだ。

 でも、僕はそんな彼女の話を聞くのが好きだった。

 ビールを飲ながら、今日あった面白い話をしようとする彼女。それをコーヒーを飲ながらツッこむ僕。

 それが僕たちの夜の過ごし方だった。

「わかりました。では手短にご説明します。私、雪女になりました」

 短すぎるし、雪女になる理由も分からない。

「すいません、もう少し丁寧に説明していただけますか」

 足温器に足を入れる彼女にビールを渡しながら更にお願いした。

「わかりました。丁寧に説明します」

 彼女の言ったことを要約するとこうだ。

 僕の部屋を出た彼女は、ライブで好きになったュージシャンの男の部屋に行った。

 男はすごく優しいのだが、部屋が寒すぎる。まだ九月だというのにダウンを着ないといられない。

「ねえ、どうしてこんなにこの部屋は寒いの」

 それでも半袖でいるュージシャンは、「寒い方が抱きしめた時に暖かいだろう」そう言って彼女を抱き寄せるのだ。

 それから、何をするのかを言いそうになる彼女に「そこは説明しなくていいです」とめると、彼女は「そう」とあっさり抱き寄せた後の行為については語らずにいてくれた。

 僕はナイーブに出来ているのだ。

 しかし、寒がりの彼女は我慢出来なかった。

 部屋を通販でかった暖房器具で埋め尽くし、ライブから帰ってくる男を待っていたが、男はその日から戻らない。

「やっぱり、石油ファンヒーターがいけなかったのかな?」

 なぜ彼女は石油ファンヒーターのせいだと思ったのか理解できないが、「違うと思うよ」と僕は答えた。

 何日か男が帰ってくるのを待っていると、寒がりだったはずが暑くて仕方がない。せっかく買った暖房器具をとめて、今度は製氷機を買った。

 製氷機で氷を作り、部屋を氷で埋め尽くす。

 気が付くと、自分の口から雪が出るようになり、触るものが凍ることが判明した。

「これって、雪女だよね」

 彼女は口から雪を出し、僕の頭に積もらせた。

「雪女だね」

 あまりに唐突な話しは僕を驚かすことなく、むしろ冷静にしてくれる。これは、三年もの間、彼女と暮らして会得した術と言うべきか。

 でも、なぜ彼女は足温器に足を入れるのか。

「頭寒足熱って言うのかな、足だけは冷たいんだよね」

 彼女は冷え性だ。一緒の布団に入ると必ず彼女は僕に足をつけてくる。僕は彼女の足が温まるまで、じっと冷たさに耐え彼女の足を股の間に挟んでいた。

「仕事とかどうしたの?」

 彼女の仕事は住宅リフォームで営業をしている。

「それがさ、訪問した家でちょっとだけ息をはくじゃない。そうすると二度ぐらい温度が下がるのよね。そこでさ、『断熱効果の高い当社の壁紙に変えるとすぐに暖かくなりますよ』って言うわけ。

 結構、信じてくれるのよね。もちろん、本当に断熱効果はあるんだよ」

 彼女は唐突なだけじゃなくしたたかだった。

「ここは賃貸だから、二度低くしなくていいからね」

 頭に積もった雪を払いながら僕は感心した。

「しばらく、ここに居ていい」

 彼女は自分の部屋がないわけじゃない。僕の部屋より立派なマンションに住んでいる。

 だけど、彼女は僕の部屋にいたいと言う。

 唐突でしたたかな彼女は、寂しがり屋だから。


 僕と雪女の暮らしは始まった。

「今日は雪見だいふく?」

 僕はマフラーをしながら彼女の目の前に座り甘酒を啜っている。

「ガリガリくんじゃない気分なのよね」

 こんな朝の光景も三日も過ぎたら慣れてきた。

「今日は休みだけど、どこか行く?」

 口から雪を出すことと、異常に手が冷たいこと以外には、彼女は変わったことはない。

 夜中に僕を食い殺そうとする素振りもないし、吹雪を起して凍死させるつもりもないようだ。

 出て行く前と大きく変わったのは、同じベットで寝なくなったこと。

 それは、僕と彼女が恋人ではなくなったことも理由だが、一番の原因は夜中に彼女の手にふれると触られた部分が壊死してしまうという重大な問題が発生しそうだからだ。

「映画でも行く?」

 僕は甘酒を飲終わると彼女を映画に誘った。

「行く行く」

 彼女と行くのは決まって渋谷にある映画館。そこでは、他では上映しないマイナーな映画が見れる。

 出来れば新宿か日比谷でヒット中の映画を見たいのだが、

「そんなのすぐにテレビで見れるから、もったいないよ」

 そう言って彼女は渋谷行のバスに乗ってしまう。


「寂しいね」

 彼女は人権問題をテーマにした社会派映画を見ながら小声で呟いた。

「そうだね、人はなぜ差別をやめないのかね」

 僕は常々そう思っている。差別や迫害はいつの時代も形を変えて残り続ける。それは、人間がまだ進化の過程にあるからなのか。

「違うよ」

 彼女は肘かけに置いていた手を上げた。それは分厚い手袋をした彼女の手だ。

「手を繋いで映画を見れないんだね」

 僕は答えに困った。

 それは、僕たちが恋人でなくなったからか? それとも彼女が雪女だからか?

 苦笑いしか出来ない僕に、彼女は手をまた肘掛けに戻した。

 

 映画館を出ると、街はクリスマスイルネーションに輝いていた。

「もうすぐクリスマスなんだ」

 彼女はキラキラ輝く街が好きじゃなかった。

 キラキラと輝き忙しなく浮かれる街の雰囲気が彼女には異様に感じると言うのだ。

「騙されるな」

 雪女じゃなかった頃の彼女は、クリスマスの街に向って呟いたものだ。しかも、両手を腰にあてて。

 そのくせ、彼女の来ていたのは赤いファーのついたコートで、僕からのプレゼントはせがむ。

「ねえ、誰に騙されるの?」

 僕は雪女になった彼女に聞いてみた。

「サンタだよ」

 彼女の答えは去年と違う。去年は「東急にだよ、小田急くん」と言ったはずだ。

 でも、どっちも違うだろう。サンタも東急も。

 きっと彼女にだけ分かる街全体でついている嘘。


 彼女が風邪をひいた。

「大丈夫か」

 僕は会社を休市販の風邪薬を買ってきて、ポカリスエットと一緒に飲ませる。

「雪女でも風邪をひくんだね」

 彼女は僕よりもその事実に驚いている。

「寒いから風邪をひくわけじゃない、ウイルスとかに感染してひくんだから雪女でもひくかもね」

 僕は彼女の頭にアイスノンを乗せる。

「頭痛いよ」

 前にもこんなことがあった。唐突でしたたかな彼女は意外と体が弱い。

 よくお腹も壊すし風邪もひく。体力もないから帯状疱疹にもなるし、ヘルペスなんてしょっちゅうだ。

「近くにいると移るよ」

 彼女はベッドの傍を離れない僕に、手振りで、「あっちいけ」をするが、僕は「大丈夫さ」と言って彼女のベッドに潜り込む。

「具合が悪いんだって」

 彼女は僕を押し出そうとするが、弱ってる彼女が僕は可愛くて仕方がなくなる。

 で、僕は彼女を抱いてしまう。

「結局するんじゃん」

 彼女はそんな僕に呆れるが、ちょっと元気になっているよな気がするのは僕の思い込だったのだろうか。

「そういう言い方はよくないよ」

 自制のない僕は、そう言うしかない。


 彼女の風邪はなかなか治らず、むしろ高熱になっていた。

「医者に行った方が良くないか?」

 僕は何度も医者に行くことを進めたが、雪女になってしまった彼女は頑なに拒んだ。

「解剖とかされちゃうじゃん。嫌だよ若い研修医とかを集められて裸にされるんだよ」

 そう言われると、僕も彼女の裸を他の男には見られたくない。でも、そんなことは言ってはいられない。

「雪女だって言わなきゃいいじゃん」

 言わなくても分かってしまうのは承知で言った。何しろ彼女が苦しそうに吐く息で僕の前髪は白く凍っているのだし、体温は熱があっても測れないほど低いのだから。

「雪女用の風邪薬なんてないよ」

 彼女は苦しそうに息をしながら無理に笑っている。

 僕は意を決して最後の手段にでることにした。

「冷た痛い」僕は彼女身体を抱き歯を食いしばった。

「駄目だよ、小田急が死んじゃうよ」

「大丈夫、僕は天狗だから」

「なんで天狗なのよ、意味が分かんないよ」

「僕にも分かんない」

 自分の体温が急速に奪われるのが分かった。身体が痺れ手足の感覚だけでなく、全ての感覚が麻痺する。意識はどんどん遠のく。

「早く離れてよ」

 彼女の叫び声が耳元で聞こえるが、僕は思い切って彼女にキスを試た。

「目覚めてくれ」心の中で叫ぶが、王子のキスで目覚めるのは雪女ではなく白雪姫だった。

「どうして、そんなことするの」

 遠のく意識、迫りくる死の中で僕はその答えを考えた。

「Because I LOVE YOU」

 僕は彼女が雪女だろうとなんだろうと愛している。答えはそれだけだった。そして意識はなくなった。

 

 気がつくと僕は生きていた。

「大丈夫か」

 僕の胸に顔を乗せて僕の手を握る彼女に聞いた。

「結局するんじゃん」

 残念なことに、僕にはまったく記憶も感触も残っていない。

「天狗のしわざだな」

 僕の久々の下ネタに彼女は大笑いしたが、それほど面白いとは僕には思えない。きっと、笑ってくれるのはキャバクラ嬢と彼女ぐらいだろう。


 天狗のしわざだとは思わないが、彼女は元気な人間に戻り、そして、また置手紙をして出て行った。

~ Because I LOVE YOU ~

 それが今度の置手紙だ。

 街はクリスマス。

僕は押入れの中からラッピングした靴下を出した。

「今度は猫女にでもなって戻ってくるのかな」

 僕は靴下を足温器に入れて彼女が帰って来るのを待つことにする。

だって、「Because I LOVE YOU」。




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