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水辺の華  作者: 山口ゆり
8/10

傷だらけの2人

冷たい石の床。

アクヴァールは気候にも恵まれているが、こんな風に夜、直に床に座るとひんやりして背筋がすうっとする。

真っ暗な室内。

とても手の届かない高さにある格子の窓からは、遠く輝く月がわずかにこの部屋を照らす光が入ってくる。


ルウは左腕を失った。

兵の1人が肩から先をえぐり取ったのだ。

出血が酷かったために、意識がままならない。

でもルウの心は落ち着いていた。


「ルウっ?聞こえる?ルウ?」


返事は出来なかった。

そこまでの体力がない。

やはり声は怯えていても、彼女の声は常に愛らしかった。

ふいに笑いたくなる。

自分はまだ生きていると感じるから。

ルウは自分でこうなることをを選んだ。

サラを傷つけられるなら、自分が犠牲になった方がいいと思った。

その思いの源は、自分でも分からない。

でも。

サラにはいつも美しくいてほしかった。

傲慢なほどに真っ直ぐに未来を見据えるその瞳。

民のために生きると、全てを投げ出して戦うその姿。

もしそれを目の前で失ってしまったなら、今度こそもう自分の命には生き永らえてきた意味はないと思った。

だから。



どう考えてももう勝ち目はなかった。

グレイは高らかに笑う。

水の華女だからこそいる意味のあるサラ姫。

アクア・ストーンを失えばどうなるだろうな。

そう言ったグレイの声が部屋に響いた。

その瞬間、サラは思わず後ずさりした。


水の華女は、水を作ることに長けている。

けれど、いくら水の華女と言ってもアクア・ストーンを使うときは契約を結ばねばならない。

もし手元からこの石を手放したなら、華女は逆に石に体内の水を奪われて、死ぬ。

それがアクヴァール水神との契約だった。


ぎゅっとアクア・ストーンを握り締める。

その手の上から信じられないほどの力を込めて握られる。

もがいても、逃れられない。


「や……グレ、」

「逃げられませんね、サラ様」


その力は増すばかり。

サラの細い手の骨が軋んだ。


「さぁ、これであなたは永遠に私のもの。―――ルウ」


不敵な笑みを漏らし続けるグレイは、ふいにルウに向いた。

その視線は、真っ直ぐに。


「よく見なさい、欲しいものには手を伸ばさないと手に入らないものだよ。水の華女はこれを取り上げられると体の水分を根こそぎ持っていかれる……こうするんだ」

「グレイ、止めろっ!!」


立ち上がろうとしたルウに、数多の剣先が刺さる。

あっという間に至るところから血が流れ出した。


「ルウっ!!」

「ふふふ……痛いか?辛いか?結局お前には何も出来やしない。そうしてただ見ていることしか出来ないのだ」

「……出来る」

「ルウ……?」


不安に揺れる蒼い瞳。

それをゆっくりと見つめ返した後、ルウはグレイを見つめた。


「そんなお前に何が出来ると言うのだ」

「俺を……殺せよ」

「何言ってるのよ、ルウっ!!」


グレイは力を込めた右手はそのままに、ルウに体ごと向いた。


「ほう……彼女のためなら死ねると言うのか」

「……その代わりサラは絶対に傷つけるな」

「いやっ、ルウっ!!」

「生きろ、サラ。……アクヴァールのために」

「い や あ ・・・・・・ っ ! ! !」


目の前が真っ白になってゆく。

そこに飛び散る赤のコントラスト。

ルウはゆっくりと目を閉じようとした。

むざむざと生き残って祖国を滅ぼされるまで何も出来なかった自分。

今回自分は少しくらいはアクヴァールの未来の役に立てただろうか……?


サラは元々の姫様ではないのだというグレイの言葉を思い出す。

水の華女であるがゆえに、召し抱えられた姫。

だからあんなにも懸命に、この傾国を何とかしようと立ち上がったのだ。

彼女の中には2人の彼女が同居している。

14の、まだわがままも言える少女のような幼さを残す等身大の彼女。

そして、一方ではまったく正反対の、この国の明暗を賭けて無謀な戦いを挑んだ彼女。

いくら血が繋がっていないとはいえ、親に牙を剥くことはどれほど辛いことなのだろう。

きっと彼女は本当は、平凡に幸せに暮らしていられたはずなのに。

姫であるということが決められたその時から、彼女はその戦いを続けてきたのだ。

ルウは彼女が幸せに暮らせる世の中にしたいと願った。

それが今自分のすべきことなのだと感じたから、だから。


ルウは薄れゆく意識の中で、サラがその美しい顔をめいっぱい歪ませて泣くのを見た。

絹の衣装の長い裾を無造作に破り、包帯を作ってルウの腕に巻く。

器用なものだった。

巻いても巻いても血は止まらなくて、サラは必死になって止血した。


どうして泣く。

お前が悪いわけじゃない。


自分のために泣いてくれる涙の理由を、彼女のその口から聞いてみたいな。

そう思った。

そしてそのまま、意識はブラックアウトした。



「お前……生きてて良かったな……」

「バカよホント……あんたって。私が殺されるわけないじゃないの、水の華女なんだから……っ」


暗い廊下にも響く声。

薄い壁隔てて隣から聞こえてくる。

結局彼らは殺されることはなかった。

殺されかねなかったのだけれど。

でもサラは確かに、水の華女だった。

彼女が生きる限り、この国から水は絶えない。

それを誰もが分かっているのだ。

だから、ルウの腕が落とされて、サラがグレイを振り切って彼に駆け寄ったときも、彼女を刺す者は1人もいなかった。

出来ないのだ。分かっているのだ。

命は水で繋がっていることを。

兵士たち自身の命もまた。



彼女はずっと孤独だった。

5歳のときに王女に召し上げられた自分。

初めは突然の環境の変化に人見知りをした。

それでも、新しい父と母は優しかった。

そばにいてくれる者はいなかったけれど、それでも自分に向けられるその目はみんな好意的で。

だから毎日が楽しかった。

王女になる前の記憶はそう多くはないけれど、いつも冷たいところで寝て、声をかけなければ誰にも振り向いてもらえなかった。

一生懸命いい子にしていなければ、誰も自分の存在を認識してはくれなかった。

けれど、王女になった自分には何やら役目がある。

だから誰かが必ず声をかけてくれた。

それが嬉しかった。

可愛いと褒めてもらえなくても良かった。

ただ自分を受け入れてくれる、そんな場所がほしかった。

幼い頃のサラは、そのために生きていた。

アクア・ストーンの使い方も必死に学んだ。

修行は辛くて、いつも逃げ出したかった。

でも、自分にはこれしか出来ない。

もしここで止めてしまったなら、また自分は1人になってしまう。

そう思うと恐ろしかった。

サラは嬉しくなくても笑う術を覚えた。

そうすれば、みんなが自分のほうを見てくれる。

それに、もう1つ王女になって嬉しかったことがある。

王女というだけで、見知らぬ民からも慕われたのだ。

あなたがいるからこうして豊かな作物にも恵まれ、暮らしてゆける。

そうありがたがられた。

老人や、母親たち、農民にも手を取られ、涙ぐまれた。

自分の生きている意味をそこに見つけた。

だから頑張れた。

民のために生きることが、王女である自分の生きる道。


だからっていつもそんな自分に喜べたわけではなかった。

もし自分の今持っている力が使えなくなってしまったなら、自分はここにはいられなくなるだろう。

それはいつ?

10年後?3ヵ月後?それとも、明日……?

王女でいられない自分など、価値はない。

その恐怖が全身を覆う。

足元から震えが来て、だだっ広い部屋に1人で寝ることが出来なかった夜もあった。

いつまでもこうして夜のままで朝が来なかったら、自分はいつまでも姫でいられる。

孤独と背中合わせの日々は、常に自分の弱さとの戦いであった。


ルウはそんな中で、唯一真っ直ぐに自分に意見してくれた人だった。

物怖じせずに。

サラが王女であるとか、水の華女であるとか、そんなことは関係なかった。

自分が嫌だと思うことを、サラに向かって嫌だとはっきり言ってくる。

その強い心。

嬉しかった。

初めて自分の心の一番近くに来てくれた人だと思った。



私はルウのことが好き。



ルウが、自分を助けるために負傷した。

動けばどうなるか分からないことは分かっていたけれど、どうしても動かずにはいられなかった。

たとえ殺されてもいい。

本気でそう思った。

ルウは生きたいと言った。

彼が生まれた国を再興するために。

彼の愛した人が愛した国を取り戻すために。

それなのに、彼は自分のために傷付いた。

もう、充分だ。

もう、彼を解放してあげよう。

サラは自分の不甲斐なさに歯がゆさを覚えた。

たとえ兵法に優れていても、それだけでは勝てないことを身を持って知った。

自分には何の力もなかったということなのだ。

本当にただ、この国を守りたかっただけなのに。

ああして自分に向かって笑ってくれた民のために、この国を守りたかっただけなのに。

ここでいくら泣いたところで、ルウの失われた腕も、失われた民も戻っては来ないことも知っている。

それなのに、今の自分が出来ることといえば、こうして絶望に泣くだけ。


「サラ……」


呻くようなその声。

その肩は、まだ痛むに決まっている。

自分のために負傷してくれた彼。

その荒い呼吸が繰り返されるたびに胸が張り裂けそうに苦しくて、壁に縋り付くようにしてサラは次を待った。


「生きろ……お前は……王女なんだから」

「ルウ、喋らないで……!お願い……!!」


その声が聞きたい。

けれど促すことなど出来ない。


「俺のことなら、気にするな……お前のせいじゃない」

「でも……っ」

「俺が選んだんだ。……この道を」

「でも、……いつか帰るって言ったじゃない、ナディに。……そんなんじゃ、帰れないじゃないの……」

「そうだな……本調子になるまでアクヴァールに置いてくれるとありがたい……」


苦しそうにルウは笑った。

サラはまた泣いた。



グレイの裏切りにより、サラとルウは王軍に捕らえられた。

サラの作り溜めてあった水もすべて取り上げられた。


そして、サラ率いる新アクヴァール軍はここに終わりを告げた。

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