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水辺の華  作者: 山口ゆり
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戦う理由

「ルウ、姫様がお呼びだ。参れ」


ルウはまたか、と思った。

ため息が出る。

この茨の城に無理やり厄介になってから、何度もこうしてサラに呼びつけられた。

いい加減にしろと言うのだが、無礼者と言われてしまう。

アクヴァール人は、こうして「姫は絶対だ」という強い信念のもとに生きている。

ルウにしてみれば考えられないと思う。

サラがナディの国王や王妃、そして……べスのようにこちらが尽くしたいと思えるような人格なら分かる。

けれどどう見てもサラは横暴で、自己中心的で……ムカつくのだ。

ものの言い方も高圧的で、それがいちいち気に触る。

ルウはサラと気が合うことはないと思った。



「遅い!」

「5分も経ってないだろうが」

「5分も待たせるなんていい度胸ね」


こう言ったらああ言う。

何て口の減らない姫様だ。

嫌々ながらもこうしてちゃんと来てやったっていうのに。

参謀室に入ると、サラとグレイ、そしてシュミルを含めた数人の位が高いのであろう家臣がいた。

全員がルウを見る。


「……何の用だよ」

「リコが陥落したわ」


リコというのは首都アクヴァスの隣町で、唯一国と国とを渡れる旅商人と呼ばれる人間が宿を取る宿場町だ。

リコはアクヴァール最大の宿場町で、カイラスというアクヴァールに次ぐ南方の強国からの旅商人も多かった。

だからリコが陥落するということはすなわち、カイラスを敵に回したということになる。

それはサラ率いる新アクヴァール軍の形勢がますます不利になったという意味だった。


「……いつ」

「今朝よ」

「無理だ。カイラスまで敵に回すなんて無謀すぎる」

「なぜ」

「なぜって、お前本物のバカか?こっちは正統な王と戦う、周辺諸国からしたら謀反人なんだぞ。誰が援護してくれる」

「援護なんていらないじゃない」

「はぁ?」


ルウにはサラの言っていることが理解できない。

今のこの状態だっていつ攻め入られるか分からないというのに、敵には隣の強国が味方についてしまった。

それなのに援護がいらないと言い切れるその神経が分からなかった。


「だって私も、グレイもシュミルも、それからあんたもいるじゃない」

「4人とたかだか500人の兵で何が出来ると思ってるんだ」

「あら、何だって出来ると思うわ。私には頭がある。あんたには体がある。グレイとシュミルもいるんだし、何を恐れる必要があるの?」

「おい、何で俺は体なんだよ」

「だってあんた頭固いんだもの。今だって何も出来ないとか思ってるそんな頭、いらない。私のこの素晴らしい頭脳をフル活用してルウのその腕っぷしを本領発揮できるようにしてあげるから心配しないで」

「そういう問題かよっ!」

「大丈夫。最後に勝つのは私たちよ」

「その自信は一体どこから来るんだか……」


ルウは頭を抱えた。

こんなはずじゃなかった。

そう思っても、この姫にかかってはもう、全て後の祭り。


「私は頭、あんたは体。ね、無敵でしょ。……ナディの最年少騎士一等さん」


サラはにこっと笑って見せた。

ルウの背筋に震えが走った。

とうとうばれた、自分の出生が。

ルウはサラを見た。

サラは表情を変えずにルウを見つめ返している。


「何でそれを……」

「ばれないとでも思ってたの?宿場町でもない場所にアクヴァール人じゃない人間がいた時点で調べるわよ。そんなの当然でしょ?」

「……それで俺をどうする気だ」


サラは息をついた。


「いいわねルウ。今のあんたは新アクヴァール軍の騎馬隊隊長なんだから、アクヴァールの民のために戦うの。私と一緒に」

「俺をナディ人だと知って、それでも?」

「あんたホントのバカ?私がいいって言ってるんだからここではそれが全てなの。とにかく、うちの軍は実戦慣れしてないわ。ルウが一番そういうのに慣れてるんだから、ちゃんとみんなを引っ張って」

「……俺が裏切るかもしれないと思わないのか?」


黒い瞳がルウを射抜く。

真っ直ぐに。


「あんたにはそんなこと出来ないわ」

「そんなことどうして分かる」

「だってルウはナディを取り戻したいんでしょ。ナディの民のために」

「……」

「さ、座って。作戦を練るわよ。ぐずぐずしない」


ルウは言われるまま座るしかなかった。

でも心に引っかかる。

ナディを取り戻したいのは確かだが、それはサラの言うように『ナディの民のため』なのか。

そうだと即答出来ない自分に、ルウはぐっと唇を噛み締めた。



夜。

月は、今は亡き祖国でも同じように輝いていた。

ルウは寝付かれなくて、城の中を歩いていた。


「ルウ?」


この声だけは間違えることはないと思う。

声だけなら鈴が鳴るように美しい傾国の姫のもの。

けれどその口を開いたら何を言い出すか分からない。

ルウは振り向いた。


「今何時だと思ってるの?」

「それはこっちのセリフだ」

「私は見回りよ、見回り」

「そんなの姫がやることじゃないだろ」

「こんなときに姫とか家臣とか関係ないわ」

「……はいはい」


この姫様といるとイライラする。

突拍子もないことを言っているのに、妙に自信たっぷりで。

逆にその潔さに胸をえぐられてたまらなくなったりするときさえある。

自分は関係ないのだと思うのに知らぬ間に引きずり込まれている。

だから、苛々する。


「ねぇルウ。ちょっと付き合ってよ」

「嫌だと言っても付いてくるんだろ」

「ご名答」


はぁ、と息をついた。


「眠れないのか」

「そうね、そうとも言うわね」


サラが遠い目をする。

それをルウは隣で見ていた。


「……ルウはどう思う?この戦」


突然そんなことを言われても。

ルウはただただ驚くばかりだった。

いつもいつも自信たっぷりのわがまま姫。

それが今はどうだろう。


「戦なんて何にもならない。バカだとは思わないのか?」

「そうね」

「王に反旗を翻すなんて無謀すぎる」


ルウは思ったとおりに口を動かした。

それはいつも言っていることと同じだった。


「あんたも、あんたの家臣もバカばっかりだ」

「バカバカ言わないでよ。ホント失礼ね、あんたって」

「でもそれが正義だと言うなら、……俺には止める権利はない」

「え……?」

「だってそうだろう。普通は王と戦うなんてバカなことはしない。でもお前はそれをしている。ただの王ならまだしも、自分の……父親相手にな」


さすがにサラの瞳が翳る。

踏み込んではいけないと分かっていた。

それでも言わずにはいられなかったのだ。


「戦うしかないのよ」

「それは聞いた。でも……そうだとしても本当に斬れるのか?自分の親を」

「斬れるわ……。それがアクヴァール王女の運命だから」


またそれか、と思う。

ルウはち、と舌打ちをした。

人を斬るということがどれほど辛いことなのか、この姫には分かっていないのだ。

サラは俯いていた顔を上げてルウを見る。

そして1つ息をついて、今度はしっかりとルウを見据えた。


「私ね、戦なんて嫌いよ」

「好きなやつなんていないだろ」

「ちゃちゃなんて入れないでよバカ」


ルウは驚いていた。

だって初めて見たのだ。

その大きくて美しい、前しか見ていないと思っていたサラの瞳から涙の粒がこぼれそうになっているのを。


「戦なんて大嫌い。お父様もお母様も大好きよ。でも戦わなければならない。だって私は王女だから……。王女はね、アクヴァールの民のために生きるのが仕事なの」


そう言い終わる前に、彼女は瞳を閉じた。

そしてルウはそれを見ないフリをした。

なぜなら、彼女はきっと泣きたくなかったから目を閉じたのだ。

こんな彼女でも、自分のすべきことに立ち向かおうとしている。

ルウはそれを尊重しようと思った。


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