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幕間、『メイドロードを越えて(ショート版)』

 ――それはエルフィがまだ愛くるしい幼女だった頃の物語。


「エルフィ。あなたは星になるの! メイドの星、メイド・スターに!!」


 エルフィは孤児である。

 親を知らず、物心ついた時には城で生活していた。

 育ての親は王城のメイドを支配するメイド・マスター(本名不明)。

 長い銀髪/同色の瞳/穏やかな微笑をたたえた二十代前半に見える女性……王様がこの国を建国した時から仕えてるから当時(幼女時代)の実年齢は少なくとも三十代~四十代。

 彼女はエルフィを立派なメイドにするために、鬼のような訓練を強制した。

「メイドは一に笑顔、一に真心、一に根性、一に技術。一に体力よ!」

「マスター。普通は一、二って続くのでは?」

「メイドにないがしろにして良い要素は一つもない! 全て等しく必須ってコトよ!!」

 怒られて竹刀でお尻を叩かれるエルフィ。体罰である。

 ――確かに、一、二って続くと、下にいくほど優先順位下がる気がするかも。

 そんな無茶にも納得してしまう素直な幼女だった。

 この少女が、何故あんなザンネンな娘になったのか……ホント、残念。


「ピンチの時こそクールになりなさいエルフィ! メイドだって人間だもの、失敗ぐらいするわ!! そんな時、失敗を最小限におさえ、次の行動を選択できる冷静な判断力こそが『普通の人』と私達『メイド』の違いなのよ!」

 普通の人とメイドは違うらしい。


「心を殺しなさい! 人間らしい心などメイドには不要!! アナタはご主人様の為に尽くすカラクリ! それでいて笑顔には真心を込めるの! 無理? できない? ごちゃごちゃ言わずヤれ! メイドはやれば出来る! できないのはただの人間だ!!」

 なんか頭がおかしいセリフを自信満々に言う。

 聞いてるエルフィも頭がおかしくなりそうだったが、やらないとご飯抜きなので頭をおかしくしながらやった。やったらできた。メイド凄い。

 ……そんな感じにエルフィは生きていった。

 メイドとしてメイドに育てられた彼女は、とにかくメイドになる以外の未来が無かった。

 それを不満に思ったこともない、純粋培養メイドだったのである。



 そんな彼女の運命を変えたのは、彼女が十四歳。王子が十二歳の時。


 その日、エルフィ(メイドランク・見習い)は見た!

 貴族のお嬢様(二十歳後半)が王子(お子様)を陵辱する衝撃シーンを!!

「――――っ!?」

 声を出せば、誰かが来てくれて、王子を救うことができるかもしれない。

 それなのに、エルフィは声を出すことが出来なかった。

 頭が混乱して、正しい行動を選べなくて、ただ見ていた。

 事が終わるまでの一時間近く、ただ見てた。

 全てが終わった後も動けずにいて、逆に王子に発見されてしまった。

「…………エル、フィ……見てたのか?」

「……ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……」

 壊れたように「ゴメンナサイ」を繰り返す少女。

 そんな彼女の頭を、王子は優しく撫でる。

「大丈夫。お前が気にやむことじゃない。……初めてってわけでもないしな。気にするな。向こうだって『呪い』にあてられただけで、別に妃になりたいとか裏があったわけじゃない。ただの遊びだから………………余は、大丈夫だから……泣かないでくれ、エルフィ」

 笑顔だった。

 自分こそ傷ついているはずなのに、エルフィの事を思いやって笑顔を浮かべていた。

「……あ……あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――」

 そして、その笑顔が――エルフィの心を粉々に壊した。



「メイドマスターになりたい?」

「――はい」

 それからしばらくして……王子が王様の命令で『全寮制の女学校』に放り込まれた後、エルフィは行動を開始した。自分の手で、王子を守れる存在になる――それすなわち、この城の裏の支配者であるメイドマスターへの道。それ以外に思いつかなかった。

「それがどういう意味か解ってるの? この城にはアナタ以上の年季を積んだ先輩メイド達がたくさんいる上、行儀見習に来ている貴族の娘もいる。そんな娘達を蹴散らして、アナタのような何の後ろ盾もない娘がメイドの頂点たるメイドマスターになれると本気で思ってるの?」

「……なれる、じゃない! 私が、なるんです。邪魔する娘は、先輩だろうが貴族だろうが蹴散らします。アナタだって、越えて見せます」

「……フフフ。私を超えるか。面白い! 先日まで言われたことすら満足に出来なかった見習いが、私の顔色をビクビクしながらうかがってた出来損ないが、そこまで吠えるようになったか! いいでしょう。アナタの中に、私の全部を詰め込んであげる! ただし、途中で降りることはできないから!! この瞬間、アナタの人生は私を超えるか、廃人になるかの二つに絞られたのよ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 すっごく嬉しそうな顔、嬉しそうな声でマスターは笑う。

 酸欠になるまで二十分ぐらい笑った。その脅威の肺活量にエルフィは驚愕した。



「このバカ弟子が! バカ弟子が! バカ弟子が!!」

 ボディ! ボディ! ボディ!

 格闘訓練――顔に傷を残すと仕事に支障が出るので、訓練はボディしか狙ってはいけない。


 …………………………………………地味に地獄の苦しみである。


 ラッシュが終わった後、残されたのは地面に倒れてピクリとも動けないエルフィ。

 息一つ乱さず、微笑むマスター。

 ちなみにその足はエルフィの背中を踏みつけていた…………鬼である。

「メイドは主君の最も側に仕える最後の壁――素手で賊の二、三〇人撲殺するぐらい出来なくちゃダメよ! 素早く! 的確に! ついでに笑顔で! 優雅に! 可愛らしく!」

「怖っ!!」

「まだ口答えする元気があったか! このバカ弟子が! バカ弟子が! バカ弟子が!!」

 そして、文字通り血反吐を吐く訓練が繰り返される。

 ちなみに、訓練終了後のマスターの治療は的確で、効果的で、神がかってて……翌日には体調完全回復してしまうので、仕事を休むことは出来なかった。

 三日に一度は心停止&蘇生という過酷な修行だったのに…………休めなかった。

 真のメイドは年中無休なのです(自由時間は深夜に少しある)。



「自分の生まれを知らない――そんなアナタは性根が卑屈。でもメイドたるもの主君に媚びへつらってはいけません! メイドはあくまで『ご奉仕』の精神で主君に仕えるもの!! 媚びて御飯を貰うようなペットライフがしたかったら今すぐ言え! 犬小屋で四つん這いの生活にチェンジ・ザ・ワールドしてあげるから!! お前はメイドか、それともペットか!」

「め、メイドです!」

「どもるな、バカ弟子!」

 ボディ一発――足が軽く浮く威力/身体がくの字に折れ、悶絶するエルフィ。

「そんな訳で今日のゲストキャラは――コレよ!」

「……お前、主君に対してコレとか」

「いちおう、この国の最高権力者・ヌル国王。最高権力者相手に訓練すれば、その他の相手なんてラクショーよ! 失敗してもいいから、ハキハキご奉仕しなさい!!」

「……なんか余の立場ってビミョーな気がする」

 そんな訳で、王様相手にメイド訓練開始。

 王様、仕事しなくてもいいの? ――とか思って聞けば、なんでもエルフィの訓練に費やした時間分、睡眠時間を削らされるらしい。王様のスケジュール管理はマスターの自由。

「すみません、王様」

「それが卑屈だって言ってるの!」

 珍しく平手打ち――回転しながら空を舞う/トリプルアクセル/頭から着地――零点。

「このバカ弟子が! 謝るな! 感謝するなら『ありがとうございます』でしょうが! 解ったか!? 解ったなら返事!」

「……いや、無理だと思うぞ」

 頭から着地した結果、白目をむいて、泡を吹いてピクピクしていた。

 首の骨が折れていた、というか普通折れる。

 でも、マスターが治療したら三分で治った。

 そして、『そのまま死んだほうがマシ』な地獄の特訓が始まるのである。


 ○初級任務――『陛下にお茶を渡す』

 ○内容――テーブルで読書している国王陛下にお茶を渡せ!


 ……そんな訳で、最初は簡単な任務からスタート。

 沸騰したお湯、茶葉、カップ、お菓子をトレイにのせて、四メートル先の陛下のもとへ。

 トレイを常に水平に、それでいて優雅な歩き方を意識。笑顔も忘れない。

 残り一メートル弱――強めの一歩/『トン』と少し大きめの足音/あえて気配をアピールすることで王様に気づかせる/王の瞳がエルフィを認識――声をかけるタイミング!

「陛下、お茶はいかがでしょうか?」

「うむ。一杯もらおうか」

「は――」

 返事をしようとした瞬間――足が地面から離れる/浮遊感/倒れていく身体/足払い――テーブルの下にマスターの姿/宙を舞うポッド/溢れる液体――その全てがスローモーション。

「はわちゃっ!!」

 お湯が狙ったように王様を直撃……する直前、王様の身体が沈む/マスターがテーブルの下から王様の足を引っ張った結果/床に転倒する王様――直前まで王様の顔があった場所を通過し、『バチャン』と床に飛び散るお湯。

 湯気が『モワ~』と上がる。

 直撃してたら大火傷だったな~って感じ、というか大火傷間違いなしだった。

「エルフィ、成功する直前がもっとも気が緩む瞬間なの。覚えておきなさい」

 冷や汗をたらす王様を完全スルーしてエルフィにお説教。

 ……王様はマスターにお説教したかったが、反撃が怖くて我慢しました。



 そんな厳しく辛い修行を続けて――数年後。


「私の次の『マスター』は、エルフィとします」

 王子が学園を卒業し、戻ってくる前日――城中の使用人、ついでに王様や大臣といったこの国の重役連中まで残らず集めた場でマスターがエルフィを自分の後継者として指名した。

「継承時期に関してですが……まず、エルフィには王子の専属メイドとなってもらい、王子が次の王として即位した時を持ってメイド・マスターの称号を譲ろうと思います。文句があるものは立ちなさい! エルフィがその手で叩きのめして、その実力を思い知らせてくれるそうですから!」

 本人の了承無しで勝手なことを言ってます。

 でも、幸いその言葉を聞いて立ち上がった者は一人もいなかった。

 ……エルフィ、『ホッ』と一安心。

「では、これより今日この時からエルフィには次期マスターの称号『メイド・スター』を名乗ってもらいます! エルフィ、いいわね!!」

「いえ、それはちょっと恥ずかしいので、遠慮させていただきます」

 笑顔で完全否定。

 マスターも笑顔だったけど、この場に集まった全ての者に、両者の背後に『争う竜虎』のビジョンが見えてしまうような空気が漂っていた。怖い。

 そんな二人の様子に『こりゃヤバイ』って感じた王様――『パチパチ』と拍手開始/必死の形相/共感した周囲の皆様も続いた結果……会場が瞬く間に拍手で埋め尽くされていく。

 その状況に毒気を抜かれたマスターは、『コホン』と咳払い一つして仕切りなおし。

「まあ、いいわ。エルフィ、とにかく頑張りなさい!」

「はい!」

 その笑顔は、会場の全員を魅了するほど輝いていた。



 そして、翌日。

「おかえりなさいませ、王子」

 城の正門――六年ぶりに帰ってきた王子を一人でお出迎えするエルフィの姿。

 これは城の人々が薄情なのではなく、マスターが気をきかせたからである。

 門番すらいないありえない状況だったので、『こういう演出なんだ』と王子も察した。

「ただいまエルフィ。……綺麗になったな」

「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ」

 謙遜は美徳。

 ちなみにこれは王子の正直な感想――六年も会わなければ、女の子は良くも悪くも変わるけど、エルフィは確実に良い方向に変わりました。メイド・スターはダテじゃない! キラっ☆

「王子もご立派になられて……幼少期よりお側に仕えるものとして嬉しく思います」

「ハハハ。まったく、二歳しか違わないのに、まるでお婆ちゃんみたいなこと言う」

「王子、そこは冗談でも『姉のよう』と言っていただきたかったですわ」

「あ~。そうだな……えるふぃネエサン」

 何故かエルフィを姉と呼ぶことに抵抗を示す王子。

 そんな主人の態度に少々疑問を持ちつつも、深く追求しないのが『できたメイド』である。

「では王子、いまさらながら改めて自己紹介を――これより正式に王子の専属としてお仕えすることになりました、エルフィと申します。不束者ですが、末永くよろしくお願いします」

「…………まるでプロポーズだな」

「一般の使用人ならともかく、専属の使用人は引退まで結婚は許されません。そして私は生涯メイド――そういう意味では、嫁入りと同じようなものですわ。ダ・ン・ナ様」

「重っ!」

 真面目な顔で『冗談』を交わす幼馴染同士のやりとり。

 知らない人が見たら本気にするかもしれないが、あくまで『冗談』である。

 そう――あくまで王子にとっては冗談なのである。メイドはどこまでも本気なのだが。

「王子、長旅でお疲れでしょうから続きはお部屋で。お荷物をお預かりしますね――」

 そう言って、荷物を受け取ろうと手を伸ばす。

 だが、その手と手が触れ合う瞬間――王子が『ビクっ』と震え、エルフィの手を避けた。

「……おう……じ?」

「……いや、その……女性に荷物を預けるのは、余の流儀に反する……だけだ」

 それは、『女性に優しく』という水魔女にかけられた祝福を建前にした言い訳。

 だが、それが嘘だということぐらい誰よりも王子を知るエルフィにはバレバレだった。

 彼女の知っている王子なら、『女性だから』という理由で差別して、その誇りを傷つけるようなマネはしない。王城のメイドが自分の仕事に誇りを持っている事ぐらい、誰よりも知っている人なのだから。

 呆然とするエルフィから逃げるように歩き出す王子。

 できるメイドは無言でその後に続く――主人より三歩下がった場所をキープしつつ、顔には笑顔/そして、頭の中ではひたすら思考を巡らせ続ける。

 ――少し、調べてみましょうか。たしか、新卒採用に学園の卒業生が数人いたはず……。

 ……行動カラダ思考ココロは別物なのである。



 深夜、午前一時――エルフィの自室/小さな屋根裏部屋。

 新人数名に無理やり提出させた『王子の学園生活』調査報告書をまとめた結果――


「――手遅れ、だった?」


 胸が絶望で締め付けられ、自然と唇を噛み締める。

 貴族の奥様・お嬢様から王子を護るために手に入れた城中での権力。

 これから、エルフィの『本当の戦い』が始まるはずだったのに、学園から帰ってきた王子は既に手遅れな状態――完全な女性恐怖症/幼馴染の手を避けるぐらい、致命的に、手遅れ。

「……王子が入学したのは隣国の女学校。その国だけでなく近隣の同盟国からも王族・貴族等の上流階級お嬢様を集めた学園。全寮制で卒業までは親が死んでも帰国は不可――ていのいい人質ね。一箇所に権力者の身内を集めることで戦争への抑止力にするって考え方か……男である王子が入学できたのは、新興国で勢いのあるこの国には女の王族がいないから」

 ――……そして、他国がこの国を危険視しているから。


 この『星の王国』は王様ことキング・ヌルが三十年ほど前に建国した若い国。

 元々この土地は大量の魔獣が自然発生し、近隣に強国がひしめいて、いざ戦争となったときには戦場になることを想定されていたため、誰も支配しようとしなかった空白地帯。

 そんな危険地帯で生まれ育った孤児の少年ナナシ。

 比較的安全な北方で遊牧民をしていた一族の末姫アイネ。

 そして、通りすがりの魔女っ娘アイちゃん(自称)。

 この三人が出会い、成り行きで共闘し、魔獣や隣国の兵隊と戦い、勝利し、その度に仲間が集まり――最終的に隣国の一つが自滅して、その人々を救うために、吸収して生まれた国。

 数々の負けられない戦いに、全戦全勝し続けた結果生まれた、無敗の王国。

 魔女という他国には一人もいない『最強の兵器』を五人も保有する、最強の王国。

 いまでは、誰もが敵対することの不利益を思い知り、仲良くしようとする無敵の王国。


「――そーよ。王子を魅了して、この国に楔を打ち込む。あわよくば結婚。王妃になって、王子を操ってこの国を手に入れる……いわゆる『女の戦い』が、逃げ出すことのできない女の園で展開されてたわけね。怖い怖い」

 その声は気配もなく生まれた。

「……マスター」

 天窓の向こう側――満月を背に立つ影。

 それは王城守護のために配置された『六人目』と噂されている女性。

 近衛騎士すら軽く叩きのめす王の最後の守護者にして政治にすら深く関わる使用人。

 建国時、いつの間にか王達と一緒に行動していた本名・身元不明の『超』が付く不審人物。

「しけたツラしてるわねエルフィ。――アナタはクーデレ属性なんだから、デレ以外の感情は極力表に出さない方がいいわよ。常に冷静沈着、それでいて想い人の前ではちょっとデレる。そのギャップがクルのよね!」

 その言動は何故か常に男視点である。

 つまりオヤジくさい――セクハラ発言すぐするし、毎日下っ端メイドたちと一緒に風呂に入ってその胸を揉むのを日課にしていたりする。苦情はエルフィにくる。直接言うのは怖いから弟子にくる。エルフィにとってはいい迷惑である。

「で、愛しい王子様が女性恐怖症になって帰ってきたわけだけど、どうすんの? 諦める? それともアタックしちゃう? 『私が女性恐怖症を治してあげます~』って言いながら、相手の都合お構いなしで、愛の押し売りしちゃう?」

「……マスター。アナタは私に対して口が悪すぎます。私のこと、嫌いですか?」

「何言ってるのよ! 私は嫌いな相手だったら催眠術で無理やり人格矯正して私好みにしてあげるわ! アナタに対してこういう発言ばかりするのは好きな子を虐めたい女心ってやつよ」

「…………………………マスターは私の事好きなんですか?」

「うん。性的に!」

「……死ねばいいのに」

「なんかゾクゾクきちゃう。……でも、やっぱり母娘ね。その蔑みの視線が『オネエサマ』にそっくり。…………ねえ、もう一回言ってくんない」

 途中の重要ワードはエルフィには聞こえない小さな呟き。

 師が変態だったことにショックを受けることもなく、『ああ、やっぱり』って気分になったことが哀しいエルフィだった。哀れみの視線を送っても、嬉しそうな顔をされるので困る。

 ――私は、これから、どうする? どうすればいい?

 だから目を逸らす。

 嫌なものから目を逸らして、何も見ない。そして、自己に問いかける。

 追い詰められたときに一人で考えこんで答えを出す――それはまごう事無き失敗フラグ!

「……マスター。さっき催眠術で人格矯正とか言ってましたよね? できるんですか?」

「できるよ。催眠治療で記憶書換して、人格を作り替えるって私オリジナルのまほ……技術」

「まほ技術?」

「性格は幼少期の体験が元になってることが多いから、過去の記憶を書き換えることで性格を誘導するって手段。人格は直接イジれないけど、この方法ならけっこう望んだとおりに変えられるんだよね~」

 ――トラウマになりそうな過去を挿入すると、簡単に、ね。

 例えば、『迫害された記憶』でも挿入すれば、根暗になる可能性が高い。

 例えば、『人間関係で失敗した記憶』を挿入すれば、消極的になりやすい。

 そんな非道を気軽に気楽に考えているあたり外道である。


「それを――私に使ってください」


 マスターの手を掴み、真っ直ぐ目を合わせて言う。

 射殺すような視線に、マスターが怯む。

「私の、人格を……ガサツでバカで子供で困ったちゃんなキャラに作り替えてください!」

「なんでそんなキャラっ!?」

 せっかく鍛え上げた愛弟子がおかしな事言い出したので、師匠は狼狽えた。

 いつも高みから見下ろすキャラゆえ、必要以上にオーバーアクションで狼狽えていた。

「王子に『女』を意識させないためです」

 エルフィはあくまで真剣な顔で続ける。

「王子の専属として、プライベートに関わる私が『女』を意識させてしまっては、王子の気が休まる時がありません。それに、同性の友達のような関係を築くことが出きれば、王子の女性恐怖症を治すキッカケになれるかもしれませんから」

「まあ、ガサツで男っぽいキャラなら『女』は意識されにくいかな? ……その状態から始めて、アナタが女らしく成長できれば効果倍増。あわよくば、王子はアナタだけを見るようになるかもしれないってことね」

「人聞き悪っ!」

 どう聞いても献身的な感動話だったはずなのに、凄く打算的な解釈をされてビックリ。

 でも、言われてみると『た、たしかにそうかも!?』って思ってしまって、頭の片隅から消えなくなるから不思議。乙女の純情が汚された瞬間である。

「……でもさ、そこまで人格を変えるためには、アナタの過去をほとんど塗り替えなくちゃいけない。つまり、現在のアナタを殺して、別人に生まれ変わるのと同じだってコト……ちゃんと解ってる? アナタは、師である私に『自分を殺して』って言ってるんだよ?」

「過去を変えようが私は私です。それに……この王子を想う気持ちは絶対に消えませんから」

「ダメじゃん! その恋心が一番『女』を意識させちゃうでしょうが!!」

「――た、たしかに!?」

 またしても『言われてみると確かに』な発言炸裂。

 マスター、言葉の粗を探すのが上手すぎる。さすがマスター。

「で、でも、そこらへんは、まあ、臨機応変になんとかなると期待して――とにかく、人格変えちゃってください! さあ! さあ! さあ!」

 肩を掴んでガクガク!

 言葉に詰まりそうになったら有無を言わさぬ実力行使!

 切羽詰まると誰もが通る道であります。

「オ・チ・ツ・ケ!」

 マスターの反撃――額に『ゲシっ』とチョップ!

 子供じみた行動は大人の容赦ない一撃で止められるのが世の常。

 額をおさえて涙目エルフィを横目に、ため息をつくマスター。

「……わかったわよ。そこまで言うならやってあげる。アンタみたいなバカ弟子、どうなろうがもう知らんわ!!」

「あ、ありがとうございますマスター!」

 感謝を述べた瞬間――床に光が走る。

 黄金に輝く幾何学模様/魔方陣――『魔法』を使用するための術式。

「あ~、他人との記憶に齟齬が出ると新しい人格にエラーが出るかもしれないから……結局アンタだけじゃなくて関係者全員の記憶操作しとかないといけないのか~。メンドイな~」

 ブツブツ呟く――同時に魔方陣が部屋の外まで広がる/城を包み込む巨大な立体型魔方陣へ変化/視界を埋める金色が、エルフィの意識を希薄にしていく。


「第六位の魔女ズィべンの名のもとに――」


 そこにいたのは銀髪銀瞳ではなく、金髪金瞳の女性――王子誕生より後に魔女として目覚めた為、6でなく7を名乗った金色の魔女。

 でも、なんか変な名前なので名乗りづらい。8だったらアハトで良い感じなのに残念。


「――記憶書換魔法『リライト』発動」


 それは過去の記憶を書き換えることが出来る魔法。

 身体的能力は操作できないが、知識などは書き換えて強化することも出来る――つまり、知識に能力を依存する魔女にとっては、自分自身を際限なく強化できる魔法。

 彼女が魔女として創りだした、彼女だけに使える唯一魔法オリジナル

「……マスターが……魔……女?」

 育ての親の正体に驚くも、意識が混濁してきて上手くリアクションがとれないエルフィ。

「そうだね……冥途の土産にいろいろネタばれしてあげる」

 シャレではなく、素で言ってるメイドです。

「私は正真正銘の魔女。世界の根源を見て、世界の理から外れた存在。ただし、私が魔女だって事実を知ってる人はこの世にいない。魔法を教えてくれたアイちゃんや他の魔女達も、魔法を教えてもらった後に記憶を上書きしといたから、私のことは覚えていない」

「……な……んで」

「メンドーだから。魔女として認識されたら、私も結界システムの中に取り込まれそうだったからね。私はオネエサマの愛した『王』とその血筋を見届けたいだけだから……生涯一メイドでオッケーなのよん☆」

 口調は軽いが、顔はあくまで真剣そのもの。

 そして一メイドでいいと言っているくせに、現状は王国の支配者(裏)である。

「えっと……あとネタバレすることは……あ、そうそう! ここまでしといて何だけど、アナタと王子は基本結ばれません。王子が世間から後ろ指さされる覚悟を決めてくれるなら別だけど…………まあ、無理だろうね」

「…………………………………………………………………………え?」

「なぜなら、アナタと王子は――」

 視界が白く霞む/頭の中で、いろいろな思い出が――自分を構成する部品が組み変わっていく/自分が崩れる/自分が終わる/新しい自分が始まっていく。

 そんな状態のエルフィに――もう意味のわからない――隠されていた真実が告げられる。


「アナタと王子は『――――――』だから」


 記憶書き換え中のエルフィにその言葉の意味はわからない。

 頭では理解出来ないけど――


「ソレを先に言ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」


 ――魂が咆哮した。

 でも、叫びすぎて酸欠で意識が途絶えた。

 完全無欠のメイドスター・エルフィはこの瞬間、死んだ。



 翌日。

「起きろー! バカ王子!!」

「うぎゃん!」

 眠る王子を蹴飛ばして起こすガサツメイドがそこにいた。

 それは『いつも』の光景。

 そんな主君を主君とも思わない行動を容認する周囲の皆様。

 女性恐怖症のクセに、エルフィに対してだけは普通に接する王子。

 それが、エルフィが自分を殺して手に入れた新しい日常。



 この幸せな日々は、王子が『目覚める』まで続いた。

 ぶっちゃけるなら一ヶ月持たなかった……………………合掌!

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