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第五章、『黒き魔女』

 白魔女の家、庭先。

 積もった雪を『風の魔法』で吹き飛ばすと、その下には石畳。

 その固い石畳の上に『ガリガリ』と魔方陣を描いていく白魔女さんと……もう一人。

 緑色の衣装に身を包んだ、緑色の少女。

「……ねえ、アイちゃん。私なんでこんなことやってんの?」

「それはですね……『反射魔法の対抗術式なんて一人で用意するの面倒くさいよ~』と、アイちゃんの中の確かな何かが叫んでいたからです。だからアイちゃんは打開策を考えました。そして気付いたのです――『一人では面倒くさくても、二人で分けあえば面倒くささ半減。持つべきものは仲間。友情は素晴らしいデ~ス』と、そんなワケで召喚魔法で呼び出させてもらいました。アナタが選ばれた理由が気になりますか? 簡単ですよ。ツヴァイを呼び出すと後が怖いし、フュンフちゃんは解析苦手。フィアさんには二十年前から召喚拒否されている……そんなわけで、栄えある魔女の第三位であるアナタ、緑のドゥライさんが選ばれたわけです。つまりは消去法というやつですね。嬉しいですか? アイちゃんは久しぶりに会えて嬉しいですよ。何年ぶりでしたっけ?」

 寂しがり屋の弾丸トーク炸裂。

 かなり自分本位な酷い事言ってます。

「……お父さんが危篤なんで帰っていい?」

「ドゥライ、アナタのお父さんは千と十八年前に大往生してるでしょ。ボケたのですか?」

「じゃあ、血を分けた娘が危篤で……」

「ごちゃごちゃ言わずに手を動かしなさい、ショタコン処女」

「違うよ。私は子供が好きなんじゃなくて、三歳未満の赤ちゃん・幼児に欲情するの。ちょっと人より『母性本能』が強すぎるだけなんだから、酷い事言わないで!!」

「世界中のお母さんに謝りなさい!」

 そんなお喋りをしながら、複雑な文様を地面に描いていく魔女二人。

 空中に描くには複雑過ぎるため、地面に描かれた紋様――転送の魔方陣。

 ゼクスとエルフィは黙ってそれを見ていた。

 あのやりとりに巻き込まれるのが嫌だったので、ツッコミたいのを我慢して見守っていた。



 そして、描き始めて一時間以上たって……ついに魔方陣完成!

 顔を上げた白魔女の『お絵描きが上手くできた幼児のような笑顔』に、生暖かい瞳を送るゼクス。外見が美女過ぎて幼い態度が似合わない。ギャップが完全にマイナス効果。残念。

 そんな笑顔とは対称的に、疲れた顔で『ヤレヤレ』と深いため息をついている緑魔女さん。

 そんな彼女にゼクスは『お疲れ様でした』と気持ちを込めて会釈をする。

 だから、二人の視線が合ったのは必然。

 緑魔女、ゼクスを認識――疲れた顔から一転/『ニカっ』と爽やかな笑顔を浮かべ――

「――よ、王子。久しぶり……って言っても、前会った時は赤ちゃんか。初めまして、私が緑の魔女、ドゥライちゃんです。アナタに『明晰な頭脳』って祝福をあげた魔女だよん。うんうん。なかなかいい感じに育ったね。私の祝福も役に立ったみたいで何よりだよ。うん。無知で許されるのは乳幼児だけ。知性の輝きこそ『イイオトコ』の条件だからね。そういえば、アナタの武勇伝は聞いてるよ。道は違えど、同じアブノーマルな道を進む者同士、仲良くやりましょう。あ、それで、これは提案なんだけど――税金使って保育園から初等教育完了までの教育機関作ってみない? 私が乳幼児達の先生やって。王子は四歳以上十三歳以下まで好きにするって感じで。あ、女学校でいいよ、私は性別こだわらないから問題なし。それなら私とアナタの利害関係が一致するよね。二人で協力して未来を担う子供たちに愛を振りまきましょう!」

 勝手に手をとってブンブン握手。

 ゼクスの反応などお構いなしに、言いたいことを言ってくれるパワフルな女性だった。

「……あの人なに言ってんの? 変態なの?」

「……否定出来ないですね。ええ、変態です。我が五星の魔女の中で最悪の変態です」

「あんな人に協力してもらった魔方陣で大丈夫なの?」

「天才とは頭がオカシイものなのです」

 ――……つまり、魔女は全員頭がおかしいって事か……。

 無言で冷静・冷徹な分析を下すゼクス。

 言葉にしないのは、自分もロリコンな変態であるという自覚ゆえ。同病相憐れむの精神。

 でも、これからは性癖の主張は控えめにしようと決意するゼクスだった。

 ……人はこれを『反面教師』と言うらしい。


 この後も彼女はしばらく止まらなかった……どころか、増々パワフルになってダメな性癖を主張してくれたので、エルフィと白魔女が協力して彼女を黙らせました。スマキング誕生!



「じゃあ、フィアさんのところへ転送してあげますね」

「よろしく頼む」

「なお、反射魔法に対抗する術式を加えた結果、転送魔法の精度が減少してしまった可能性があるので………………誤差で上空や地中に転移場所がずれるかもしれませんが、そのさいは諦めてください」

「うむ。わかった」

 生死に関わる問題を、あっさりと了承する漢。

 万が一の時の為に――エルフィの腰に手を回しガッチリ抱きしめる/力強い腕/直に感じる想い人の体温に一瞬我を忘れるエルフィ…………だが、それはあくまで一瞬だけ。

 次の瞬間には――


「いやじゃああああああああ!!」


 ――血を吐くように叫んでいた。

 その叫びが『転移の光』のなかに消えていき……残されたのは優しく微笑む白い魔女。

 ……心の中で「やっちゃった☆」とか思っていたのはヒ・ミ・ツ。

 …………その姿を、スマキングだけが『ヤレヤレ』って顔で見ていた。



 光の向こうに広がっていたのは、広がる海のような蒼い世界。

 つまりは、白魔女の忠告通り、『上空』に転移場所がズレたらしい。

「……うむ」

「うむじゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 地上まで数百メートル――自由落下、開始。

 さすがのゼクスも空は飛べない。人間だもの。

 だから――


「まあ、こんな最期もいいだろう」


 ――諦めた。

「良くない! こんな、いきなり、何いってんの!!」

「エルフィとなら、一緒に死ぬのも一興」

 大真面目に言い切った。

 その顔はどこまでも真剣――と言うか、こんな極限状態で冗談かましてたらアホである。

 ……どこまでも紙一重かもしれないが、むしろ完全に向こう側な気もするが。

「……お、王子はそれでいいの」

 迫る地面。

 脳内麻薬の分泌で周囲はスローモーション――だが、既にエルフィは地面を見ていない/意識の外/彼女の心はゼクスに夢中……もとい集中/悪い言い方をするなら現実逃避。

「……エルフィが、余のことを想ってくれていたのは知っていた」

「な、なんで! どこでバレたの!?」

 本気で驚いてました。

 そう。彼女は数々の告白失敗を完全に誤魔化せた気になっていたのです。驚愕の事実。

「よ、余もエルフィの事は嫌いではない……が、結ばれることは『絶対にありえない』から、あえて気づかないふりをさせてもらったのだ」

「をいっ!!」

「それでも、一緒に死ぬぐらいは良いだろう」

「いや、一緒に死ねるなら結ばれようよ!!」

 この危機的状況でおかしな会話をしている二人である。

 正直『なにやってんの?』と言いたくなるが、会話の内容は『一緒に死のう』なので、ある意味すごく状況にあった会話なのかも知れない。

 ――……残り数秒で、地面に激突……この勢いなら、たぶん一瞬で死ねるな。

 今、ゼクスにできることは助かる手段を模索すること――ではなく、幼馴染より深い関係な一人の女性の恐怖を和らげることだけだろう。

 ――死ぬ瞬間まで『できること』があるなんて……なんて幸せな最期だろうか。

 本心からそう思った――『誰かのためにその身を削ることに喜びを感じる』それがゼクスの本質。自分自身に自信が持てなかった結果、他人の為に生きることを選んだ男の在り方。

 視線を空へ。

 見えるたのは、どこまでも透き通る蒼穹。


 そして――理想の女神。


 落下が止まる。

 衣服を掴まれての停止――服が食い込む/強烈な痛み/空気が体外に絞り出され、一気に酸欠状態――「ぐえっ」と乙女らしからぬ声を上げ、一瞬で気絶するエルフィ。

 ――…………美しい。

 薄れゆく意識の中、その存在に手を伸ばす。

 たしかな暖かさに触れた瞬間――


「――どこさわってるのよ、エッチ!」

 

 ツルンって感じに再落下!

 ペタン……ではなく『ベタン!』って感じに頭部に衝撃を受け、ゼクスは意識を失った。

 ちなみにエルフィは自分の体をクッションにすることで護ってました。



「うんしょ! うんしょ!」

 そこは一言で表すならカオスな部屋だった。

 たくさんの可愛いぬいぐるみと、山のように積まれた古びた書物。

 パステルカラーの壁に掛かっているのは奇妙な実験器具の数々。

 そんな頭がおかしな人が住んでいそうな、頭がおかしくなりそうな部屋の片隅――お姫様が寝るような天蓋付きのベッドに寝かされているゼクスとエルフィ。

 意識のないゼクスの服を脱がし、地面に強く打ちつけた背中に薬を塗る黒魔女ちゃん。

「痛くない。痛くない。はやくよくな~れ♪」

 優しい微笑みを浮かべ、創作の『おまじない』を唱えながらスリスリ。

 途中、ゼクスが何故か鼻血を流し始めたので、そちらも治療。

 治療が終わったらリラックスできるお香まで炊く『そつのなさ』だった。

 ――………………揺れるな! 揺れるな余の心~!!

 実は治療される前から意識を取り戻していたゼクスだったけど、黒魔女ちゃんのあまりの可愛らしさに『暴れだしそうな暴れんボウ』を抑えて寝たフリし続けていたのです。話しかけるのは落ち着いてから。

 ……落ち着いた時には、背中の痛みは嘘のように消えていました。


 それから、三時間後。

「――ひ、光が広がっていくぅ!」

 変な叫びを上げて目覚めたエルフィさん。

 さっきの出来事のせいで精神崩壊したんじゃないかって心配になったが、よく考えればいつもこんな感じのような気がしないでも無いので、心配しなくてもいいような気がした。

 とりあえず、ゼクスも――今目覚めたような感じで――起き上がる。

「大丈夫か、エルフィ」

「あ、王子。ここ天国? 地獄?」

「安心しろ、まだ生きてる。あの御方が助けてくれた」

 部屋が妙にカオスだったせいか異次元に迷い込んだような顔になってるエルフィさん。

 ゼクスが、その視線を部屋の中央に促すと――


「――よく来たわね王子! このスーパープリチーな私が悪い魔女っ子のフィア様だよ!」


 ――そこには大きな椅子に腰掛けた幼女の姿。

 どうみても一桁な少女――抱っこしやすそうな小さな体/ツルンでペタン/床まで届きそうな長い黒髪はツインテール/漆黒のゴスロリ衣装/妖艶な輝きを秘めた大きな黒い瞳/小悪魔な微笑を浮かべる小さな唇――それは伝え聞く通りの黒き魔女。

 ちなみに、少女の小柄さを引き立てている大きな椅子が元々そこにあったわけではなく、彼女が「うんしょ、うんしょ」言いながらあの場所まで一生懸命移動させていたのをゼクスは横目で見て知っている。

 ……そのせいで起き上がる時間が遅れたのは言うまでもない。

「……魔女っ子って」

「……可憐だ」

 口を開けて放心しながら黒魔女を見つめるエルフィ。

 恋する乙女のような瞳で美幼女を見つめるゼクス。

「まさか王子、アレ、ストライクゾーンなんですか!?」

「いや、危険球だ――ハートブレイクなデッドボールだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 変質者が『もう辛抱たまらんですよ!』って感じに弾けた。

 エルフィはそんなゼクスを『初めて』見た――ゼクスは少女に対して愛を囁くロリコンの変態だが、我を見失って叫んだりはしない/どんな美少女に出会っても「揺れるな余の心~」とか呟いて平常心を保つのである/正直キモイと思ってるのはヒミツ。

 ……そして、その平常心が幼い少女達からはオトナの余裕に見えるようで、恋のキッカケになってしまうのである。なんたる不幸か。

 ――あ、あの、王子が……こんな……。

 なんか、いまにも目の前の幼女に襲いかかりそうなケダモノがそこにいた。

 やばいぐらい『ビースト・モード』である。

「で、でも魔女って不老長寿で、ああ見えて千歳超えてるらしいですよ」

「最高ではないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 噛み付かれそうな勢いで返事された。

 目が血走ってて怖い。

 気がつけば、一歩引いていたエルフィ。

 ――この私が気迫で押し負けた!?

 愕然としながらも、勇気を振り絞り――ゼクスの前に立って、黒魔女を背で庇う。

 ちなみに、黒魔女の方はこの危険な状況にまったく気づいてなくて、次はどんな『思わせぶりなセリフ』を言おうか考えてるぐらい危機感皆無だった。

 ――わ、私が頑張らないと……。

 瞬間――脳裏をよぎる先日の一幕。


『余は、花開く前のつぼみをこの手で手折りたいのだ』

『はい、アウト――――っ!!』


 続けて浮かぶのは、この逞しい青年に押し倒されて泣き叫ぶ幼女のイメージ。

 それは例えるなら、言葉の通りに『つぼみの花びらが散っていく』イメージ。

 妄想力豊かなエルフィさん……結局、『虚ろな瞳で涙を流しながら、半裸で倒れている黒魔女の姿(事後)』までイメージしてから現実に帰還。

 ……犯罪だった。どうしようもないほど犯罪だった。

 だから――


「………………………………………………………………ヤるしか無い」


 ――かってに妄想して、かってに覚悟を完了させる。

 愛する人の誇りを護るために、事に至る前に愛する人を殺す。

 そう、この旅の終着点――エルフィのラスボスは愛しい、愛しい、ゼクス本人だったのだ。

 ベッドの横/仕込み箒、確認/手に取り抜刀/這うような姿勢から――右切り上げ!

 衝撃――硬いものにぶつかった感触/目を見開く/刃がゼクスの左手に――人差指と中指の二本で真剣白刃取りされていた/既視感デジャヴュ

「……ドウイウツモリカナ、えるふぃ?」

「は、はわわ」

 あまりの展開に狼狽えるエルフィ……いまので一気に頭が冷えた様子。

 ――……あれ? なんで私、王子を殺そうとしてるの!?

 思い込んだら試練の道を――一瞬の激情で想い人を斬り殺そうとした残念メイド。

「…………………………まあ、おかげで余もちょっと頭が冷えたから、許そう」

 ビーストモード解除。

 軽い『パキン』という音を立てて、折れる刃。

「ああっ!? 何するんですか王子! 高かったんですよコレ!!」

「また斬りかかってこられたら、たまらんからな」

 予防措置――つまりこの漢、またケダモノになる気満々である。

「いいかエルフィ――余が愛した少女たちは、いつも時の流れと共に消え去る運命……だが、不老長寿な彼女ならば永遠に愛せるということなんだぞ!」

「『なんだぞ!』じゃねえ!」

 吠えるだけしかできないエルフィさん。

 武器を喪失し、実力差を思い知った彼女は素手でツッコミするのにも躊躇していた。

 まさに負け犬の遠吠え――ゼクスの心には響かない。

 それでも、エルフィは吠える!

「そもそもアレと付き合ってどうするんですか! 付き合って、結婚して、世継ぎ作るとでもいうんですか、アレと!」

「アレ、アレ、失礼な娘ね」

「うるさい! お赤飯も永遠にまだなロリババアは下がってろ!」

「生理ぐらいきてるわよ、この無礼者!」

「…………え、きてんの?」

「きてちゃオカシイの?」

 正直、意外すぎだった。

 ――え? なに? こんなに『ちっちゃい』のに、赤ちゃんできるの? うそ!?

 それは背徳感しか感じない人体の神秘。神の悪戯。

「いや、最高だ!」

 両手を広げ天を仰ぐようなポーズで感動するゼクス。

 エルフィさんの『もうどうにもならない』って感じに頭を抱える姿が対称的です。

「フィア」

「呼び捨てしないでよ王子様」

「余の事はゼクスと呼び捨ててくれ――愛しき人」

「は、はひ?」

 キラキラしてた。

 どうしようもないほどキラキラしていた。必殺白い歯『キラーン』炸裂☆

 実はこっそり『呪い』をかけた恨み言を言われる覚悟をしてた黒魔女からしてみたら、あまりにも意外すぎるセリフだったので、驚きすぎて返事が変。

 ゼクスはその場に片膝を付き、どっかのキザな恋の奴隷のようなポーズで続ける。

「その抱きしめたら折れそうな小柄な身体、思わず舐めまわしたいあどけない顔、ここまで漂ってくる甘いミルクの香り、なによりも年を取らない永遠の美幼女なところ!」

 なんか褒め言葉に聞こえない。

 エルフィは呆れた。

 ――……こ、これなら、まあ、うまくいくことは無い……かな。

 ちょっと安心。

「アナタに会うために、余は生まれてきた――結婚してください」

「は、はわわ!?」

「――って、こんな告白で狼狽えてる!?」

 エルフィは驚いた。

 驚きすぎて、ますます呆れた。呆れすぎて何が起こってるか解らなくなってきたぐらい呆れた。……何を言ってるか解らなくなってきた。

 でも、頬を紅潮させて、真っ赤になって狼狽える黒魔女はエルフィの目から見ても可愛い。実は抱っこしてあげたいとか、ホッペにチューしたいと思った事は墓の下まで持ってく秘密。

「で、でも、私、悪い魔女だし」

「悪女こそ、余には必要なのだ――できた妻は夫をダメにすると思うがゆえに」

 エルフィは『できた妻の皆さんに謝れ!』と思った。

「不老長寿だし」

「アナタが望むなら、余は神に逆らってでもアナタより一日だけ長生きしよう」

「ぺったんこだし」

「カモン・ベイベー」

「…………王子が壊れた」

 元から壊れていたという意見もある。

 ……………………可哀想な男なのだ。

 心の支えが折れたように、その場に『ペタン』とへたり込むエルフィ。


「……は! まさかこれは私までモテモテの呪いの効果がおよんで……いけない!」


 突如、そんな事を言い出す黒魔女。

 どこからともなく魔法のステッキが出現/素敵なステッキだった――何処がと言われれば先端/大きなハートの枠の中でお星様が回転してるステキ仕様。

 ……しかし、パーツの色ががピンクと白なのは、黒の魔女としていかがなものか?

 でも、その小柄な身体にとても似合ってて、ゼクスの心は再び崩壊寸前です。

「えい! 解呪!!」

「えーっ!! そんな理由で呪い解くの!?」

 あまりにもあまりな行動に、呆れていたエルフィも再びやる気を取り戻してツッコんだ。

 嬉しいはずなのに素直に喜べない。

 喜んだら負けのような気がする、複雑な乙女心。…………あれ、乙女?

 そんな感じで、ファンシーなステッキが複雑な魔方陣を刻みゼクスを取り囲む。

 輝きが螺旋を描き、足の先から頭のてっぺんまで通り過ぎた後――

「――ふう。これで大丈夫…………たとえ私好みの『引き締まった筋肉質な肉体』と『明晰な頭脳』と『優しさ』と『カッコイイ顔』と『私の身体を差別しない性癖』と『カッコイイ顔』を持っていても好きになったりなんてしない!」

「カッコイイ顔二回言った!?」

 堕ちるまであと一歩だった。

 呪いは解けたはずなのに、なんにも変わってない。

 相変わらず黒魔女の頬は紅潮してて可愛い。相変わらずゼクスはカッコイイ。相変わらず自分の立場はなんなんだろう? って状況で、ホントに何も変わっていなかった。自覚したら泣きたくなってきたエルフィである。

 そして、そんなエルフィとは対称的に――


「素直じゃない子猫ちゃんだ」


 ――増々ノリノリに乗って、ノリ過ぎてちょっぴり悪ノリな王子様。

 普段のゼクスを知ってる人でもついてこれない領域に突入しております。ご注意ください。

 さすがに注意しようと思ったその瞬間――エルフィはゼクスを見失う。

 直前までちゃんと視界に居たはずなのに、瞬きした一瞬で、消失。

 人の意識の隙間を縫うように、音も気配も感じさせない高速移動――とても無駄な場面で、無駄に高等テクニック。意味が無いと人は言う。……実はホントに意味が無い事も世の中にはたくさんあるのです。

 そもそも、見失ったからといって、焦る必要はない。

 そう――彼は、振り向けば、そこにいるのだから。


「はわわ!」

「口は素直じゃないみたいだから……身体に聞いてみようか?」


 ……なんでか、椅子に堂々と座って、膝の上に黒魔女を乗せていた。

 ……なんというか、幼女の耳に息を吹き付けつつ囁くように喋りかけてた。

 ……あ、よ~く見たら、腕をお腹に回してガッチリホールド済み。逃走不可能っぽい。

 幼い少女を抱きしめ、耳元に囁きかける成人男性…………絵図らは既に犯罪というか有罪。

 でも正直言うと、エルフィはちょっとドキドキしていた。でもそれは墓の下まで持ってく秘密である。お墓の中が秘密でいっぱいになりそうで困る。

「はわわわわわ!? ま、まさか、強引な俺様系!?」

「ふ……自慢ではないが、力尽くで迫るのも実は得意なのだ」

「ホントに自慢じゃねえ!!」

「言っておくが本気で嫌がる相手に手を出したことはないからな」

「その言い方だと前科アリに聞こえるぅ!!」

「はわわ、カッコイイ王子様が強引に私を奪おうとしちゃってるなんて困るよぉ!」

「いや、アンタぜんぜん困った顔してねえよ!」

 ひたすらツッコミするエルフィさん。

 でも、いい加減疲れてきた。人生にも疲れてきた。『もうゴールしてもいいよね』って言って眠りたくなってきた。でも、ここで寝たら恋心に死亡フラグな気がしまくるので我慢。

 だから、ちょっと心を癒す現実逃避開始。

 ――……もう、こうなったら私もまぜてもらおうかな~。そうすれば、もしかしたらもしかして私も一緒に愛してもらえるかもしれないし~。黒魔女ちゃんは可愛いし~。ほっぺた美味しそうだし~。私もイタズラしたいな~。いい声で鳴かせたいな~。『らめ~』とか。

 もう、いっそ美事って言いたくなるぐらい卑屈まっしぐらで、新たな境地が心の中で絶賛開拓中デス。ユリユリ。ちなみに、ゼクスとエルフィの女性に対する『可愛い』の基準は驚くほど似ていたりするのだが……その理由はとりあえず置いとく。

 そんな事を考えていたら……不意に二人の視線が合う。

 視線に願いを込めて、目と目で通じ合う……前に、ゼクスの方から視線を逸らした。

 後ろめたい感情があったワケではなく、エルフィの『卑屈な妄想した挙句に興奮して血走っていた脅威の眼力』の効果。既に邪眼クラス。

「…………エルフィ、ここから先は一八禁だ」

「いや、私は王子より歳上なんだけど」

「余には見られて燃える趣味はない! ――しばらく眠っておれ」

 瞬間――またしてもゼクスを見失うエルフィ。

 背後――首筋に感触/男らしいゴツゴツした指/首を掴まれているので振り向けない/優しく、強く、押さえられる頸動脈/痛みはない/だんだん意識が遠くなっていき――


 ――暗転。


 倒れ行くエルフィが最後に見たのは、幼女を優しく抱っこする愛しい人の姿。

「安心して眠れ……目覚めた時には、全て終わっている」


 ………………………………そして、ツッコミ役は誰もいなくなった。

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