第二章『旅立ちの日』
そして舞台は『運命の宴』から二十年後・IN・王城。
「王子~! ゼクス王子~!! どこにいるんですか~!?」
大きな声を上げながら王宮を歩くメイド。
何故か背中にホウキを背負っているメイド――基本に忠実、濃紺と白のエプロンドレスにホワイトブリムなメイド衣装/中身は二十代前半/黒髪黒瞳/ちょっと年齢的に無理のあるツインテール/気の強そうなキツイ眼差し――見た目クールビューティな巨乳美女
「王子~! 早く出てコ~イ!! 出てこないとベッドの下のブツを燃やしますよ~!!」
……ダメ、メイド。略してダメイドです。
でも、騎士や文官達はそんなダメイドを叱りもせず、微笑みながら見送る。
それが、彼女の立場――次期国王/王子のお気に入り――専属メイド。
「――それは勘弁してほしいな、エルフィ」
声は庭から。
メイド――エルフィが庭へ移動すると、騎士の詰所から歩いてくる王子の姿が見えた。
金色の髪と緑色の瞳/凛々しい顔立ちに、やわらかな眼差し/エルフィよりも頭一つ以上高い身長/鍛えられ引き締まった細身の身体/身にまとう衣装は訓練用の軽装なのに、それすら優雅に見せる立ち振る舞い――王族の威厳をまとう青年/この国唯一の王位継承者・ゼクス。
「ま~た、騎士の皆さんをいじめてたんですか、王子?」
「人聞きが悪いな。余はただ、騎士達の戦闘訓練に付き合ってきただけだぞ」
「戦績は?」
「全勝!」
白い歯『キラーン』な爽やかな笑顔。
――……だからイジメだって言ってるんですよ! まったくもう!!
その笑顔に『まったくもう!』って感じの苦笑で応えるエルフィさん。まったくもう!
「……まったく、守護者達よりも、護られる方が強くてどうするんですか?」
「その方がアイツらも安心できるだろう」
「騎士達から仕事を奪っちゃダメです。あの人達、戦うこと以外ダメダメなんですから。失業して、チンピラになって、街で徒党を組んで治安悪化とかしちゃったらどうするんですか!?」
「仕事なら『国民を護る』という最も大事なモノが残っている。問題ないさ」
こういう人なのである。
当たり前のように『王の為に国民がいるのではなく、国民の為に王がいるんだ』と言って、有言実行してしまう人。その困った性癖を知られても、それでも騎士達が忠誠を誓わずにはいられない理想の権力者。
そんな『自分より強い』未来の主君を護るために、騎士達は更なる高みを目指している。
その結果……騎士団のレベルが上がりに上がりまくり、入団試験のレベルがヤバイことになっちゃって、人材不足で少数精鋭化が進行中なのが悩みの種だったりします。
「……で、余に何の用かな、エルフィ?」
「あ、そうでした。そうでした」
言われて、思い出したって感じに『ポン』と手を打つエルフィ。
瞬間――不穏な気配を感じたゼクスが踵を返して逃亡。
エルフィ、ホウキに手をかけ――抜刀!/仕込み箒/目標、ゼクスの背中――投擲!!
迫る刃/命中……直前に回転するゼクス/右手/人差し指と中指で――真剣白刃取り!
「あぶないではないか」
ぜんぜん危なげのない口調で危険を訴える。
同じ事を百回やったら、百回とも成功させる――そんな確信があったからこそエルフィさんもやったのだろうが、やられた本人は『そんな信頼は怖いのでいらない』と言うだろう。
「王子、今日のスケジュール、覚えていますか?」
「うむ。確か今日は午後一で隣国の末姫とお見合いだったな」
「いまは?」
「うむ。そろそろ午後のティータイムだ」
「弁明、釈明、申開きは?」
「年上・同い年の女性に興味はない! 十三歳以下の全ての幼女・少女は余の嫁!!」
「死んじゃえロリコン!!」
自らの主君に暴言を吐きながらジャンプ&フライングドロップキ――――ック!
ゼクス、そのツッコミに――延髄をさらし、あえて受ける/炸裂!/ゴロゴロ転倒。
――……つ、ツッコミは……避けちゃ……ダメ、絶対!
それが、このコンビの暗黙のルールだった。
追撃/倒れたゼクスにマウントポジション/圧倒的優位な体勢確保――その上で尋問開始。
「――で、本当のところは?」
「あの姫は幼馴染の半人前騎士と隠れてラブラブだったのだが、それが親バレしてな……身分差で反対されて、引き離すためにこのお見合いがセッティングされたのだ。心の底から愛する者がいる女性に手を出すような奴は馬に蹴られて死んでしまえ」
「……で?」
「その相手の騎士を調査して、ちゃんと信頼に足る人物と判断した上で余からフォローを入れておいた。今回の見合いはカタチだけ。余がすっぽかして相手の顔を潰すカタチで破談ってシナリオになっているって……その……父上も大臣達も騎士も女官達も……みんな知っている」
「ああ。そうだったんですか。そうですね。呪いがありますもんね。お見合いしちゃったらアウトですからね。馬に蹴られて死なないといけませんものね。…………で、その『みんな知ってる事』を私が知らなかったのは何でですか~?」
「たぶん……その方が面白いから、じゃ、ないか……な?」
「ムキぃ――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
叫びながらゼクスを『ポカポカ』殴るエルフィ。
残念なことに、そんな子供っぽい仕草が致命的に似合わない残念な娘だった。
見た目がクールビューティな分、感情的な行動がマイナス印象にしかならないのである。
「……はあ、はあ、はあ」
「気は済んだか?」
すべての攻撃を避けずに受け止め、包容力を見せるゼクス。
そんなゼクスの姿に、頬を赤く染めそっぽを向くエルフィ。
主人を尻に敷きながら、頬を染める使用人………………いろいろ間違っている。
「…………お、王子、もしですよ、もし姫に恋人がいなかったら、どうしてました?」
「フッ。余は美しく咲いた花に興味はない」
輝くような笑顔でゼクスは語る。
対称的に『聞くんじゃなかった~』って顔になっていくエルフィさん。
「余は、花開く前のつぼみをこの手で手折りたいのだ」
「はい、アウト――――――――――――――――っ!!」
ゼクスの告白をエルフィの絶叫が斬り裂いた。
「せめて『愛でる』ぐらいにしなさいよ! 手折っちゃだめでしょ!!」
「……愛するがゆえに壊したくなる。それもひとつの愛の形」
「お前のはただの異常性欲だ――――――――――――――――――――――――――っ!!」
さっきよりも大きな叫びが空に響く。
城中に聞こえるぐらい。
ちなみに、それを聞いた皆さんは「今日も平和だな~」ってほのぼの。
それが彼等の日常――ホントに平和な国、平和な時代、平和な人々だった。
ただ、今日がいつもと違ったのは――
「呪いを解くための旅に出ましょう」
――エルフィがそんな事を言い出した、ということ。
「何故?」
「悪いのは全部呪いなんです! 『ロリコンの呪い』と『モテモテの呪い』がぜ~んぶ悪いんです!! それを解けば王子にだってマトモな恋愛ができるようになるはずなんです!!」
「余は真面目に恋愛をしているぞ。対象は十三歳以下限定だが」
「真面目とマトモは違うんじゃボケぇ!」
ヒートアップして口調がおかしくなっているエルフィさんでした。
目も血走っていて、ゼクスはちょっとビビり気味。
「それに、このままではお世継ぎの問題もあります。王族なんですから、ちゃんとそういうのも考えないと…………まあ、いざとなったら、その、私が何とかしてあげてもいいですが」
「別に世継ぎなど無理して用意しなくても、王政を廃止して民主政へ移行すれば良いだけではないか。目指せ、国民の国民による国民のための政治」
「そういうヘリクツ言わない!」
「それに、最近の少女は成長が早いから、頑張れば十三歳以下でもいけるらしいぞ」
「王子…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ダマレ」
「――はい! すみませんでしたッ!!」
後にゼクスは『人生で死を覚悟したのは三度。魔神相手にタイマンはった時。嫁相手にハッスルしすぎた時。エルフィに本気で怒られた時』と語るようになるのだが、それは別の話。
とにかく、本気で死を覚悟したくなる視線だったらしい。
……恋する乙女は無敵にステキ☆
「――却下である」
玉座の主がエルフィさんの提案を一刀両断にする。
あれから、エルフィがゼクスの首根っこ引きずって連れてきたのは――城の顔、謁見の間。
この国の気質を表すように、荘厳ではあるが、きらびやかではない部屋。
玉座に座るのは、この部屋で最も強い存在感を持つ存在――国王、キング・ヌル。
五〇代後半/鋭い瞳/黒瞳/白髪/同じく白いロングな髭/シワを刻み始めた顔/対して、老いを感じさせない筋骨隆々な身体/戦時を駆け抜けた、強者の雰囲気をまとう建国王。
※ゼクスの金髪碧眼は母譲りです。
「おそれながら……よろしければ理由をお聞かせ願えないでしょうか」
王の決定に異を唱えるメイドだった。
そして、そんなメイドを近衛騎士や国の重役達は咎めない。
いまだに王子様の首根っこ掴んだままなのに、誰も咎めなかった。
「ゼクスがいなくなったら、余の仕事が増えるではないか!」
「……失礼。いまなんと?」
ちゃんと聞こえていたのに、あえて聞き直す。
瞳にゼクスに死を覚悟させた眼力を込めて聞き直す。
「…………あ~。既にゼクス王子は、騎士団や外交官達にとって、なくてはならない存在になっておるので、連れ出されると、余ではなくて、みんな……そう、みんなが困るので、勘弁してくれませんかの~?」
最高権力者、ヘタれるの図。
最初は『自分が困るから』って却下したのに、二度目の説明では『みんなが困るから』に変わってるぐらいヘタレてた。
周囲の皆様、苦笑い/『キっ』と睨む王様――失笑停止。
「ですが、王子の呪いを解かないと、跡継ぎ問題で将来困る事になります。未来の為に、現在を耐えることも必要なのではないでしょうか?」
さすがのエルフィさんも、『ちょっとやり過ぎたかな~』って態度を改めた。
でも、意思は曲げない、変えない――『思い込んだら試練の道をいく情熱の人』である。
ノリで突っ走る人は始末に負えないっていう典型です。
「まあ、その時は民主政に移行するという方向で、ゼクスが根回ししておるし……」
エルフィ、『ニコっ』と優しく微笑み――殺気をプレゼンツ/ゼクス、蛇に睨まれた蛙状態で『ガタガタブルブル』/脂汗/背中びっしょり/……哀れなり。
「余としても、跡継ぎ問題を掘り下げるつもりはないのだ。……王妃がそれを気にして心を弱らせ、伏せがちになったことはエルフィも存じておろう?」
王妃は二十年前の事件の後、万が一の時に王位を継ぐ『新たな子供』を産む為に頑張った。
王様が白髪になったのは王妃に吸い取られまくったせいだ、って噂されるぐらい頑張った。
でも、子供は天からの授かりもの……頑張ったけど、見事に全弾ハズレ。
ついでに、新たな子供を望むことが『ゼクス王子の存在を蔑ろにしている』のではないかって悩んで、悩みまくって、倒れて、それから病弱キャラに転向してしまったのでした。
元々は剣を片手に王様や魔女達と一緒に魔獣と戦った遊牧民のおてんば娘だったので、王様や建国当初からいる重臣達にはショックだった様子。
「――でも、それは逃げです!」
そんな『シンミリ』とした空気を物ともせず、言いたい放題なエルフィさん。
ホントに物怖じしない娘。これが若さ……若さと馬鹿さって発音が似てる。
「王妃様の心を癒すためには、その原因を取り除くのが一番! そして、それこそが王子の呪い!! だったら、旅立つしか無いと私は思うので、旅立ちます!!」
力強く断言――まさかの決定事項だった。
許可を貰いに来たくせに、『許可などいらん!』と言わんがばかりな態度に一同驚愕。
「……………………じゃあ、一ヶ月。一ヶ月以内に帰ってくるって条件付きなら……いいよ」
そんなエルフィさんに、王様の方が折れた。
その光景に――重役たちは呆れて笑うしか無かった。
こうしてゼクス王子は旅立つことになったのである。
メイドを連れて……訂正。メイドに連れられて……。