幕間、『魔王誕生』
「私をアンタの弟子にしなさい!」
あの恐るべき戦いから数日後――水色の魔女『フュンフ』の家。
玄関で仁王立ちする無礼な訪問者はエルフィさん。
出入り口を塞がれて凄く邪魔/迷惑/うっとおしい――でも無視しても退く気配はない。
……そんなワケで、心底嫌々ながら相手をする水魔女さんだった。
「………………エルフィ、それが弟子入り志願する態度? 違うよね。そういうときは土下座くらいするのが礼儀だよね、フツー」
「どうか、私をアナタ様のお弟子様にしてくださいませぇ!」
エルフィ、後方にジャンプしつつ土下座――伝説のジャンピング土下座!!
ビックリだった。あまりにも意外すぎる行動だったので開いた口がふさがらない。
「な、何があったの……あのクソ生意気なアナタが、そんな……」
あれからたった数日しか経っていないのに、この変わり様。
あの『尖ったナイフ』+『発情期の猫』のようだったエルフィに一体何があったのか――さすがの水魔女さんも気になった/ぶっちゃけ不気味/冷や汗&鳥肌モノ。
――考えてみればこの娘がゼクス王子の側から離れてるのもオカシイのよね……フィアちゃんのところでなんかあったのかな?
考えられる可能性――『呪いの解呪が出来なかった』、『新しい呪いをかけられた』、『逆ギレされて最悪の事態』……考えればキリがない。だから、その最悪の斜め上ぐらいを覚悟する。この娘の態度を見れば、それぐらいの心構えは必要だと判断できる。
「私は――」
あくまで顔を上げず、苦いものを吐き出すように言葉を絞り出していく。
水魔女は『ゴクリ』と喉を鳴らしながら、続く言葉を――
「私はロリっ娘になりたい!」
――聞いて損した。
無詠唱魔法発動/筋力強化――とりあえず、頭を踏んでみた/潰れた。
しかし、驚くことにエルフィは、その潰れた状態から腕立て伏せの要領で元の状態に復帰。
魔法で強化された脚力を上回る腕力。凄い力。少なくとも女子力には程遠い力だ。
――……なん……だと……。
水魔女は恐怖した。
その腕力にではなく、その諦めない姿勢に。青い炎のような、静かに燃える闘志に。
だからこそ、恐怖に押されるままに、さらなる力を脚に込め――
「ねえ、フュンフちゃん。話しぐらい、聞いてあげてもいいんじゃないかな~」
――ようとした直前、部屋の奥から停止の声がかかる。
「……ツヴァイの姉御」
「あらあら~。姉御なんて呼んじゃダメよ。『お姉様』って呼んでね、って前にも言ったじゃないの~。今度間違えたら、熱湯飲ませちゃうぞ☆」
あくまで微笑みながら、のんびりとした口調で怖いことを言う。
部屋の奥から現れたのは――橙色の瞳と髪/二十代/女性/黄色と白で構成されたおとぎ話の魔女みたいな服――『五星の魔女』第二位、橙色の魔女・ツヴァイお姉様。
水魔女に相談事があってやってきていた先輩魔女。
「……いえ、でも……姉……お姉様」
「なにか文句でもあるのかな~」
――…………この人ならやる。笑いながらヤる。嗤いながら殺りにくる!
その微笑に、エルフィから感じた以上の恐怖を受ける水魔女――背中が汗でびっしょり/蛇に睨まれた蛙状態/脳内対策会議開催――ポクポクチーン♪――閃いた!
怖い人から身を守る為の一番簡単な手段は、相手の言うことを聞くこと!!
すなわち――
「エルフィ、何があったのか簡潔に話しなさい! 聞いてあげるから!!」
――速攻でヘタレれば良いのである。
ただし、これは問題を悪化・先送りするだけで、基本的な解決にはなりません。
本当に状況を改善したいのなら、勇気を持って立ち向かうことをお勧めします。
「……聞いて……ください……」
そして、あの後の出来事を魔女達は聞く。
……水魔女がエルフィの頭に足をおいたままの態勢で。
「……で、アナタはどうしたいのかな~?」
すべてを語り終わった少女に、橙魔女は尋ねる。
相談にのるのではなく、あくまで確認――『弟子になりたい』とか『ロリっ娘になりたい』という『手段』ではなく、その果てに何を成し遂げたいのかという『目的』を尋ねる。
「……あの、アナタは?」
「私? 私は五星の魔女・橙色のツヴァイですよ~。アナタのお父さんの恋人やってま~す」
「お姉様、さりげなく爆弾発言しないでっ!」
「でも本当だよ。王妃ちゃんと私と、この娘のお母さんで主様をとりあって……結局、優柔不断な主様は断りきれず全員と関係もって~、ずるずる、ずるずる、いまだに関係が続いてるって感じなんだよ~。うん。結婚する前から付き合ってるし、王妃ちゃんも了承済みだから不倫じゃないよね~。でも愛人とかお妾さんって言われかた嫌だから~、恋人でお願いね~」
「「いろいろ最低だ!」」
「で~も、アナタのお母さんはアナタを産んで死んじゃって~、王妃ちゃんは心の病でほぼリタイアしてるのね~。だ・か・ら、現在、主様の『性欲処理』は私がぜ~んぶ引き受けてたりするんだよ~。最後の勝利者だね~。ブイブイ☆」
「「腹黒!!」」
親世代がダメすぎて、エルフィは世界を恨みたくなった。
でも不平不満を言っても世界は変わらないので、世界ではなく自分を変えようとするのがエルフィさんの生き方です。
「で、話を戻すけど……アナタはどうしたいの~?」
「……フュンフさんにに魔法を教えてもらって、若返りの魔法で『ロリっ娘』になって……王子の心をゲットします。絶対に」
「いや、アンタ、ゼクス王子の『血の繋がった』実の姉、なんでしょ?」
「手応えはあったのっ!」
語気を荒げ言い放つアブノーマルな彼女。
その気迫に物理的に押され、後退る常識人な魔女。
「王子が私に好意を持っていたことは間違いないの! だから、私が王子好みのロリっ娘になりさえすれば、血縁の壁なんて乙女の純潔より簡単にぶち破れるに決まってるんだから!!」
――……ああ。この娘、思いっきり現実逃避してるんだ。
自分が選ばれなかった理由を、『自分が足りないせいだ』と思うことで心を保っている。
生まれた時からどうしようもない運命があるなんて認めたくなくて、自分を高めれば夢は叶うんだって信じたがっている。
……そんな、どこまでも哀れで、誰よりも可愛い乙女がそこに居た。
「うん。アナタの言いたいことはよ~く解ったわ」
「じゃ、じゃあ!」
残念なコトに……そういう人間を見捨てられるほど、この『魔女』は非情でない。
むしろ優しい。とても優しい。野良犬がいたら『鎖につながれたくないなら媚びるな』って突き放すぐらい優しい。
だから――
「だが断る!」
――この場合は受け入れるほうが残酷だと解っているので容赦無く切り捨ててくれる。
ショックを受けるエルフィに、すかさず橙魔女がフォローを入れる。
「あ~、そもそも魔法っていうのは魔女にしか使えないからね~。……教えてできるものじゃなくて、始めっから才能のある人間じゃないと『世界の根源』なんて見えないんだよ~」
「私は才能ないんですか?」
「う~ん。才能のある人間は、魔女に……なりたくなくても、なっちゃうからね~」
見たくなくても『見えてしまう』――それが彼女達の言う才能。
生まれた時からどうしようもない、呪いのような運命。
「……才能というコンパスがなければ、その道を目指すことはできない、ってコトですか?」
「うん。いい例えだね~。そゆことだよ☆」
穏やかな微笑で希望に死刑宣告。
哀れむような瞳をエルフィに向ける水魔女。
哀れんでいる相手は目の前の彼女か自分か、本人にも謎。たぶん半々。
特別という名の異端。だから、彼女達は普通の人間と一緒にはいられない。
だから、普通の人間が羨ましくて、恨めしい。それは全ての魔女に共通する感情。
才能という越えられない壁。
それを――
「……でも、道案内がいればコンパスが無くても辿り着けますよね」
――彼女は軽く飛び越えてしまう。
越えちゃいけない壁も越えようとする娘であるがゆえに。
エルフィと水魔女の目が合う――強い眼光/逸らしたいけど、逸らせない魅力的な輝き。
「私を導いてよ、お師匠様」
「……バカには何を言っても無駄か。いいわ。便利に使える下僕がタダで手に入ったと思ってこき使ってあげる。感謝なさい、バカ弟子」
バカと言いつつ微笑む。
才能故に人生を諦め続けてきた水魔女には、バカで無謀な挑戦ができるエルフィが眩しく輝いて見えたから――そんな彼女が、自分を頼ってくれたのが、どうしようもなく嬉しかった。
「……それでいいですか、お姉様」
「いいよ~。ダメもとで育てて、上手くモノになればめっけもんってやつだよね~。今日、私がアナタに相談しにきたフィアさんが抜けた分のフォロー、しばらくは私達でなんとかなるけど、やっぱ負担大きいからね~。代わりになればバンバンザ~イ。ダメならダメで、こんなバカがいましたよって教訓になるから問題なしだよ~☆」
「「…………」」
穏やかな声で、ビックリするほど計算高いことを言われました。ゲスい。
顔を合わせるエルフィと水魔女――苦笑い。
だんだん本気で可笑しくなってきて――
「「プっ、あははははは!」」
――声を出して笑った。
心の底から、嫌なものを吐き出すようにエルフィは笑った。
ここが新しいスタート地点。
こうして、エルフィはその一歩を踏み出した。
そんな彼女の情熱が後に『魔術』――呪文と魔方陣を一般人向けに改良することにより誰にでも使えるようにした劣化魔法――を開発し、『新星☆五星の魔女』の一員に抜擢され、幻想期と呼ばれる人類の最も栄えた時代の礎となるのであるのだが、それは彼女にとってはどうでもいいお話。
……ちなみに、『不老長寿の魔術』はできたけど『若返る魔術』はできませんでした。