第一章、『始まりの日』
それは御伽話のような一夜の出来事――
「――今宵は王子の誕生を祝いに来てもらい、嬉しく思う」
王城で開かれた慎ましくも賑やかな宴。
それは、小さいが強く豊かな王国に、未来の王が生まれた祝いの席。
招かれた客人達の誰もが心から喜び、祝福する、善意にあふれた優しい空間。
そして、参加者が十分楽しみ、少し落ち着いてきた頃……メインイベントが始まる。
「では、我ら『五星の魔女』より、次代の主に祝福を」
その声と共に、人の群れが二つに割れた。
海を割り進むように――人の海を割り、王に歩み寄る『魔女』達。
美しく、魅惑的。されど近寄りがたい雰囲気をまとった四人。白、橙、緑、水色の魔女。
リーダー格の純白の魔女が王に向かって優雅に微笑みながら、頭を垂れる。
臣下が主君に対する礼――その異能故に人の営みから弾き出された魔女達に、住処と地位と日々の糧、なによりも尊敬してくれる人々を与えてくれた王への感謝を込めて。
これから始まる儀式は、そんな彼女達からの贈り物。
王子の未来を明るくする『祝福』を与える儀式。
最初の一人――一歩前へ出た女性/橙色の瞳/同色の長い髪/黄色と白のローブ/外見は二十代前半/穏やかな微笑――明るく優しい陽だまりのような雰囲気を持つ橙色の魔女。
彼女は王妃より王子を受け取ると、その胸に人差し指をあてて言葉を紡ぐ。
「五星の魔女、二位『ツヴァイ』より~、『英雄の如き最強の肉体』を王子に贈りま~す」
指先に橙色の光りが灯り、王子の胸へと吸い込まれていった。
スヤスヤ眠る王子に変化が見えないのは、この祝福が『未来』に作用するモノだから。
「やっぱ、男は鍛えられた『肉』だよね!」
甲高い声で感想を口にするのは水色の魔女。
両手を上げて自己アピールする――見た目は十代半ば(後半)/水色の髪と瞳/ツインテール/ノースリーブでミニスカな群青色の衣装――喧しそうというか、元気が良さそうな魔女。
「間違ってる。間違ってるわよ、アナタ達! 男は知性! 頭よ、あ・た・ま――って事で」
それに異を唱えたのは緑色の魔女。
全体的に薄緑で瞳にやさしい色彩/外見年齢は水魔女と同年代/橙魔女と同デザインのローブ/ショートカット/ハキハキとした口調――活発というかパワフルな印象を持った魔女。
そんな彼女が橙魔女から王子を受け取り、その人差し指を――額にあてて言葉を紡ぐ。
「五星の魔女、三位『ドゥライ』より、王子に『賢者の如き明晰な頭脳』をプレゼンツ!」
言葉と共に緑色の光が王子の額に吸い込まれる。
緑魔女、そのまま王子の寝顔に微笑みを向け………………………………ヨダレ、タラリ。
なにか危険な雰囲気に気づいた白魔女は、慌てて水魔女の背中をプッシュ!
「つ、つぎは私だね! 力も頭も大事だけど、やっぱ彼氏は優しいのが理想よね!」
突然押されたことで、少々慌てている水魔女さん。
テンパッているようで『彼氏』とか言っているが、気にしたら負けです。
緑魔女から強引に王子を奪い――残念な顔をする緑魔女――その人差し指を額に当てる。
「だから、五星の魔女、五位『フュンフ』より王子へ、『絶対に女性を泣かせたりしない優しさ』を魂に刻んじゃうよ!」
王子の額に染みこんでいく水色。
その光景を見て、内心ざわめく白魔女。
それは前の二人が単純な『能力の増強』の祝福であったのに対し、水魔女の祝福が『精神』に作用するもので……しかも『女の子を泣かせない』という制約付きだった為。
その制約は、王子の自由意志を縛る。言葉を変えれば『呪い』に近いモノ。
「……みんな好き勝手やってくれるわね」
ため息ひとつ。
魔女は天才にしかなれない為に基本ワガママ。制御は不可能に近い。
そんな魔女達のまとめ役は気苦労が絶えない……というか気苦労しか無いのである。
そんな哀しい宿命を負った魔女達のリーダー格――外見は橙魔女と同年代/銀髪、金瞳/ウェディングなドレスを連想する白い衣装/自信と余裕に溢れ、クールで大人な印象を周囲に与える――純白の魔女。
「では最後に、五星が魔女、一位『アインツ』より王子へ……」
とりあえず胸中を占めるガッカリ感を顔には出さず、儀式進行。
水魔女の祝福を弱め、あわよくば好転させる為の『都合のいい祝福』を考えながら、王子を受け取る為に手を伸ば――
「ちょっと待った――――――――――――――――――――――――――――っ!」
――したところで、天井が崩れた。
思いっきり『ガラガラ』崩れた――が、崩落地点には人がいなくて怪我人皆無。一安心。
そして、それは偶然ではなく……たぶん計算尽くの結果。
崩れた瓦礫の上に仁王立ちする『幼女』の姿を見て白魔女はそう確信した。
「「ここで『ちょっと待ったコール』だぁ!」」
「……ちょっと待ったコールって」
適当な事を言う緑&水魔女。
わざわざ風の魔法を使って声量強化。無駄に大声量。やかましい。
宴の客達の視線が天井を突き破って現れた幼女に集まり――幼女はそんな観客達の視線が十分集まったのを確認してから口を開く/エンターテイナーな演出。
「呼ばれて飛び出ぃえ――」
……噛んだ。
思いっきり噛んで、涙目になってた。
周囲もどう対応していいか解らないようで、気まずい雰囲気/沈黙/無言で流れる時間。
…………数秒後。
「五星が魔女四位改め、悪い魔女『フィア』様とーじょー!!」
ポーズを『ビシっ』と決め、何事もなかったように口上をやり直す幼女――黒魔女。
セリフが最初と変わっているのは、同じ失敗をするのが怖い乙女心。
周囲の皆様は、そんな彼女を生暖かい、同情の視線で見守る――普通の精神では耐え難い、恐ろしく恥ずかしい状況/善意で行われているイジメ。
視線に耐え切れなかった黒魔女は、逃げるように早足で王の元へ向かう。
針のようにチクチク刺さる視線に耐えながら早足で!! 走らないのは淑女の誇り!
……でも、王の元に辿り着いた時には、瞳を潤ませて、今にも泣き出しそうだった。
「出たなチンチクリン!」
そんな半泣き幼女に、王様は優しく言葉をかける。
星の王国・初代国王――黒髪黒瞳/三十代/筋骨隆々、鍛えあげられた肉/シワひとつない精悍な顔立ち――『ニヤリ』と不敵に素敵な笑みが似合うナイスミドル。
今のは、あえて茶化すことで場の空気を和らげようとした、王様の優しさなのです。
…………残念なコトに、その優しさが黒魔女に理解される事は少ないのですが。
「チンチン言うなエロキング!」
顔を真赤にして怒る幼女。
直後――自分の間違いに気づき、顔を真赤にする。
恐る恐る振り向けば、恥ずかしそうに目を背ける周囲の皆様の姿。
テンパッて頭の中グルグル状態での聞き間違え――普段の彼女なら冷静に対処していたのだろうが、この状況では『カっ』となって反射で対応しても仕方ない。仕方ないのである。
「あうあうあうあ、ちが、ちがあうあ」
言葉の意味は解からんが、とにかく大混乱。
思わず『泣いてもいい、お前は今泣いていい!』と言ってやりたくなるぐらい哀れだったので……魔女仲間からヘルプ入ります/水の入ったグラスを渡す橙魔女。
受け取ると同時に一気飲み――そして、空いたグラスを差し出しおかわり所望。
素直におかわりを貰いにいくお人好しな橙魔女を見送って……ようやく落ち着いたようで、黒魔女の顔に『フフフ』って感じの小悪魔な笑みが浮かぶ/でも、ちょい引きつり気味。
「久しぶりね、キング・ヌル」
「ああ。久しぶりだなチンチ……いや、黒き魔女フィアよ」
王様、言い直した。
また同じ間違いされたら嫌だから言い直しました。
そのお気遣いに苦笑いを浮かべる黒き魔女・フィア――外見は一桁後半/黒髪黒瞳/ツインテール/黒のゴスロリ服/小悪魔な笑みが似合いそうな顔立ちをした、とても美しい幼女。
「お前の事だから、今日は来ないと思っていたぞ」
「……そうでしょうね。だって、このパーティーの招待状、私には来なかったもの」
黒魔女の声のトーンが一瞬で極寒レベルまで下降。
なんか殺気を感じた王は慌てて弁明する。
「……いや、だってお前、『お酒飲めないから宴とか嫌い!』と言っておったではないか」
「嫌いだよ。誘われても断るよ! ……でも、誘われないのは許せないの!!」
「なんて理不尽!?」
驚愕する王様。
しかし、周囲の皆様は「確かに」「わかる」「礼儀だよな」って言いながら頷いていた。
味方がほとんどいない事実に再び驚愕する王様。
「王妃ちゃんがご懐妊て知らせ聞いてから八ヶ月間……ず~っと招待状が来るの待ってたっていうのに、アナタはそんな私の期待を見事に裏切った! お酒飲めないけど顔だけだして、王子に祝福してあげちゃおっかな~、とか考えてたのに! どうせみんなの事だから『頑丈な身体』と『明晰な頭脳』と『優しさ』とかになるだろうから、私は『困難に立ち向かう勇気』をプレゼントしようとか思ってたのに……」
見事に大当たり。
恥ずかしそうに視線を逸らす魔女三人。
「王子様の名前だって考えたんだから! この国を建国した時、私達の名前は古代数字のゼロから五って意味の言葉を元にしたから、王子は六で『ゼクス』なんてどうかな~、とか!!」
その言葉に王様と白魔女も目を逸した。
……考えることは一緒なのである。単純でいいのだ。シンプル・イズ・ベスト!
「それなのに、それなのにぃ~! 絶対許さないんだから!!」
恐ろしいほどの怒りの込もった声と態度が、恐ろしいほど可愛らしいから恐ろしい。
さらに恐ろしい事に、周囲の皆様はそんな彼女に味方するような空気をかもし出していた。
王様と魔女達もなんか『こりゃ、しゃーない』って顔になってたからホントしゃーない。
「だから、私が王子にくれてやるのは祝福じゃなくて『呪い』なんだよ!」
宣言し、先端に星の飾りがついた短い杖をかざす。
その杖と外見と仕草――どこからどう見ても子供の魔女ごっこ/プリティーだけど……彼女はこの世界に五人しかいない『本物の魔女』である。
身構える魔女達/腰にさした剣に手をかける王様――一瞬で臨戦態勢。
先ほどから空気を読みまくってた客人達は、空気を読んで王様達から距離をとっていた。
そんな緊張感高まってピリピリした空気の中――
「――悪い魔女『フィア』より王子に『異性にモテモテになる呪い』をくれてやるわ!」
その言葉にコケる王様――言葉の綾とかではなくホントにコケた/前のめり。
先陣を切るはずだった王様がコケたので、出るタイミングを逃す魔女達/その隙に――発光する杖を自在に動かし、空中に美しい魔方陣を描いていく黒魔女/幻想的な光景――うつぶせになったまま、魅入られたように魔方陣を見上げる王様。
「……それ、男としては嬉しくね? そんな呪いなら、むしろ余も呪って欲しいぞ」
「待ってください王! その呪いは…………マズイです」
王様のダメ発言に深刻そうな顔で異を唱える白魔女。
「恐ろしい事です……『最強の肉体』と『明晰な頭脳』、そして『女の子を泣かせたりしない優しさ』を兼ね備えた王子が『モテモテ』になったりしたら……」
「理想じゃないか?」
「王位継承者が大量発生して国が傾きます」
「…………はぁ?」
その突拍子も無い結論に、マヌケな返事を返す王様。
周囲の皆様(魔女達含む)も理解出来なかったようで似たような反応。
そんな一同に――ひたすら魔方陣を描き続ける黒魔女を放っておいたまま――解説開始。
「いいですか、よ~くイメージしてください。……来るもの拒まずで、計算に長けて、精力旺盛で権力も持ってるモテモテをっ! ……わかりましたか? 二十年も経てば、間違いなくこの国にロイヤルなベビーブーム到来しますよ!!」
一同、イメージ開始…………………………………………………………………………終了。
『手に負えねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇっ!!』
みんなの気持ちがひとつになった瞬間だった。
そして――その瞬間、黒魔女の魔方陣が完成する。
「ああ! いつの間に!?」
本気で驚く白魔女さん。
ツッコミ入れたいけど、入れられないその場の皆様――説明聞いてた以上、みんな同罪。
「フェロモン体質になーれ☆」
その言葉が『発動キー』――『ピっ、ピカ、ピっ』って感じで点滅発光する先端の飾り/黒魔女の元から消える魔方陣/転移/王子の身体を取り囲むように出現/弾かれる水魔女/魔方陣に抱かれ宙に浮かんだままの王子/その身体の中へ吸い込まれていく漆黒の光。
最後の一片まで吸い込まれ――魔方陣消失/『呪い』の儀式完了。
直後、王子落下/反応できない一同/王子をキャッチする小さな手――黒魔女・フィア。
「…………ちょっと、危ないじゃない!」
『お前が言うか!?』
この事態を引き起こした元凶に全員でツッコミ!
怒られた(?)幼女は涙目で口を尖らせ――
「フィア悪くないもん!」
――捨てゼリフを残して、逃げ出すように駆け出す、というか逃げた。
そして、その外見相応のお子様っぷりに面食らった一同は『可愛いな、おい』って感じに放心し、その逃走を黙って見送ってしまったのでした。お気楽平和ボケ集団です。
……精神状態が復帰した時には時遅く、黒魔女は遠い空の彼方(王子を抱いたまま)。
それから十分後…………王子は魔法で転送されて戻って来ました。一安心。
一時とはいえ王子を誘拐された近衛騎士団は面目丸つぶれだったけど、黒魔女が天井突き破って登場した時に出て来なかった時点で既に潰れているという意見もある。でも、見送った皆様もダメなのでどっちもどっち……って事で責任追及は無しの方向でまとまりました。
「――さて、どうすればいい?」
王が不安そうな声で助けを求めると――
橙色の魔女、微笑みながら目を逸らす。
水色の魔女、目を逸らして口笛を吹く。
緑色の魔女、現実逃避して料理を食べ始める。
純白の魔女、…………『私がやらなきゃ誰がやる!』って感じに燃えていた。
「まず、最初に言っておきますが、呪いの解除はできません」
「……魔女の最高位である『アイちゃん』でも無理なのか?」
「フィアさんの描いた魔方陣は私でも初めて見る術式でした。全てがオリジナルの構成で、芸術的といえるぐらい複雑で、独創的で……初見ではとても覚えられません」
残り魔女三人、『一番有能な人がダメなら、私達なんて~』って感じで勢いよく頷く。
「おそらく、招待状が来なかった時の事を考えて、研究に研究を重ねたのでしょう。開発期間八ヶ月で新作魔法を作るなんて、あの娘の才能には本当に驚かされます」
「……そこらへんでその話は勘弁してください。余が悪うございました」
王様が謝った。
威厳が減った/客人達からの好感度が上がった。
「でも大丈夫。呪いは打ち消せませんが、私の『祝福』で対抗することは出来ます」
「……おお! そうなのか!!」
「そう。モテモテになるのが呪いなら、それを無意味にする『祝福』を与えれば良いのです」
なるほどって感じに頷く王様。
なるほどって感じに頷く魔女達。
困った顔になる言いだしっぺ。
――……勢いで言ってしまったけど、モテモテを無意味にする祝福ってどんなのですか?
祝福は才能を開花させる魔法。
それに対して、体質を変化させる魔法を『呪い』と呼ぶ。
つまり、王子は『異性を惹きつける体質』にされたのだ。
だから、仮に『女性に嫌われる系統の才能』を開花させても無意味っぽい。
その場合、おそらく『こんなヤツ嫌いなのに~、身体が勝手に惹きつけられちゃうの』って感じになってしまう。ツンデレとは似て非なるものである。……恐ろしい。
――……えっと、モテモテになるけど、子供ができないようにする才能………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あっ!!
閃いたって感じに『パン』っと拍手を打つ白魔女。
無意識の行動である。途中で手を止めてガッカリさせたりはしない。
そして、白魔女は王子を抱き上げ――
「五星が魔女、一位『アインツ』より王子へ――幼き異性にしか性的に興奮しない祝福を」
――そんな事を言っちゃった☆
『ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
その瞬間、みんなの心が一つになって、王城を揺るがす大絶叫。
近衛騎士達が「何事!?」と部屋に入って来るぐらい、大きな叫びである。
でも、白魔女は『どうだ』と言わんばかりのしたり顔――通称どや顔だった。
「これで大丈夫――たとえ王子がモテモテでも、物理的に子供ができない相手にしか興奮できません!」
「違う意味で国が傾くわ――っ!」
父親(王様)が叫んだ。
母親(王妃)は倒れた。
国民は泣いた。
魔女達は気不味そうに頭を下げた。
そして、純白の魔女様は……最後まで過ちを認めなかった。
この日から、この国で悪い魔女と言えば『白と黒の魔女』と言われるようになる。
それを聞いた白魔女はショックを受け、「アイちゃん悪くないもん」と言って引き篭もってしまい人々の前に姿を現さなくなりました。無責任の極み、アッー!
……こうして、後にこの世界で語り継がれる『魔女嫁』の物語は始まったのである。