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5 予感
時計のチクタク音が響く小さなホテルの小さなロビーで、六〇歳ぐらいの白髪が目立つおじいさんが受付の前で新聞を広げて座っていた。
だが彼の視線は新聞の文字にはいっていない。新聞を端に見て、ホテルの玄関のさらに向こう側、太陽が消えて完全に闇へ沈んだ石畳の道を眺めている。
「全く、なかなか面白い客が来たものだ。まあちと物足りない感はあったが」
おじいさんの口調は先ほどのゆっくりしたものではなかった。どこか鋭さを感じさせられる。
「でも、今はそんな事などどうでもいいか」
誰もいないはずの真っ暗な石畳の道。しかし彼はそこに強い視線を注ぎ込んでいる。
「大勢でぞろぞろと、ここは団体客は受け付けておらんのだがな」
まるで何かを威嚇するように。
「……今夜は荒れるかもしれないな」
暗闇の向こう。そこに蠢くのは複数の影。
「もっとも、荒らすのはわしなんだがな」
不吉な言葉を放ったおじいさんは、椅子から消えた。