3 家来
「思ったより早くついたね」
そう言ったのはキャロルと言う少女。
「はぁはぁ……、そっそうだな」
膝に手をついて息を荒げながら答えているのはユアンと言う少年。
(そりゃ早くも着くだろっ。全力で走ったんだからな。俺がお前を背負ってっ!)
結局ユアンは彼女の家来になる事なってしまった。
このまま食料に飢えて餓死するのも嫌だったし、彼女から食料を奪って逃げるなんて考えは答えるまでもなく切り捨てた。あと一日で町に付くなら何も食べなくてもなんとかなるかもー、とも思ったが、キャロルが目の前で心底美味しそうに干し肉やら干し魚などを食いやがるせいで、空腹に負けて食料を貰いうけてしまったのが全ての原因。
そして何よりの原因は、キャロルが出した条件を甘くみてしまった事。
(『家来になってほしい』と言っても相手は所詮子どもだ。そんなにキツイ要求はしてこないだろう)
当時のユアンはそう考えた。
そして案の定と言うべきか、予想どおり彼女は子どもらしく、唐突な思いつきで、
「じゃあ町までわたしをおんぶしながら走ってね♪」
それから約十五時間、途中三回ほど休憩を挟みながら、彼はキャロル(と自分と彼女の荷物)を背負い走り続けた。そうして二人はようやく町を見つける事ができたのだ。
「走ってる最中、感覚が訳わかんなかった。もう一歩も動ける気しねー」
「なに弱音吐いてるの? まだ泊まる宿も見つけてないんだから、休むのはその後だよ」
「ん? ちょっと待て。今のお前の言い方だと、まだ俺ら一緒に行動するみたいじゃないか」
「? わたしここでお別れなんて言ったっけ?」
「……」
マジかよ、とユアンは絶句せざるを得なかった。
(これ以上こいつと一緒にいたら身がもたねーぞっ)
「って顔してるね」
キャロルのいきなりの言葉に、心臓の鼓動が一瞬大きくなった。
そんなユアンを見て彼女は小さく笑うと、
「大丈夫。もうあんな要求はしないから」
状況にもよるけど、と付け足すと、彼女は『行こ♪』と陽気な声でユアンを先導する。
「……」
一人先に歩き出したキャロルの背中を見ながら、ユアンは思う。
気のせいか、さっき一瞬だけ彼女の表情が暗くなったような気がした、と。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『リーヴァリー』
町の入り口にそう書いてある看板が立ててあったから、おそらくそれがこの町の名前だろう。
町のほとんどはレンガ造りの建物で、二階から三階建ての家が多く並んでいる。地面は平らな石が敷き詰められている石畳の路面で、見た目はとてもおしゃれな感じだった。しかしまだ太陽も沈みきっていないのに、町の外を歩いている人が極端に少ない、かなり静かな町だった。
「なんだか寂しそうな町だね。人が全然歩いてないよ」
少し小声で言うキャロルに対し、ユアンはつまらなそうに、
「世界にはたくさんの町がある。大きな町や綺麗な町があるように小さな町や汚い町もある。だから活気がある町があればその逆で気力を無くした町もあるもんなんだよ」
「それ誰の受け売り?」
「誰のでもねーよ」
それは長い間旅をしているユアンだから言える事だった。旅の途中、近くの町に立ち寄る事なんてごく普通の事。立ち寄らなければ旅に必要な物資を調達できないからだ。
「私はまだ旅に出てから日が浅いからそう言うのはちょっと分かんないかな。私の生まれた町はとても賑やかだったから」
彼女の声は何故かとても小さく、弱弱しかった。そんな彼女を尻目に見ているユアンは唐突にこんな事を尋ねた。
「そう言えば、なんでお前みたいな子どもが一人で旅なんかしてんだ?」
思えばどうして最初に尋ねなかったのか、不思議なほど単純な質問だった。だが、
「それは……」
彼女は言葉を詰まらせた。何かいけない事を聞いてしまったのか? とユアンは思って、なんとかフォローを入れようとする。
「別に追及するつもりはねーから。言いたくなったらまた言ってくれ」
数秒の沈黙の後、『うん』と小さく頷く少女を見て、ユアンは背中に背負っているバックを背負い直す。
そのまま二人は町の中央通だろう、広い石畳の道を並んで歩いていく。
そして二人は宿を見つけるまで、一言も言葉を交わさなかった。




