16 光の粉が舞い降りるとき
ガルト=ニコルソンとシクス=クララ=アーラの間に、花火の如く火花が散る。
超高速で繰り出される剣技と翼。
クララが襲い、ガルトが防ぐ。
「……信じらんないなぁ、本当に。ここまで防がれちゃうなんて」
驚嘆の声を上げたクララの表情は、余裕の色が薄くなっていた。
一撃一撃が必殺であるはずなのに、その殆どを弾かれている。単調な攻撃をだらだらと続けている訳ではない。速度や角度、威力や範囲を全て変えている上に、一本の剣では決して防ぐ事の出来ない起動に翼を叩き込んでいるつもりだ。
それなのに、決定的な一撃を与えられないでいる。
(こうなったら、もう本気で──)
クララは強い。しかしその割には人格が幼い。
彼女は周りを見ていなかった。熱くなり過ぎていたから、と言う事もあるが一番の訳は、周りに視線を向ける意味がないと考えていたからだ。強者の驕りと言うやつか。己の強さに絶対の自信を持っている彼女は、敗北など一切考えていない。
つまり彼女は、相手を見縊っていたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翼には一つの癖がある。
動き出す直前に軽く振れるのだ。
そしてユアン達は右翼に残る最後の一枚が振れるのを見逃さなかった。
「今だッ!」
ユアンの言葉に乗じてアーウェルが術式を発動。
陣の展開と同時に二人はクララの背後に飛んだが、
(──遠いッ!)
距離は約二メートル。安全を期して敢えて空けた空間。二歩で踏破できるその距離が、今のユアンにはどんなものよりも遠く感じる。
(届くのか……ッ)
ユアンは両足に風を巻き、手を伸ばす。少しでもその距離を速く縮める為に。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
四枚目の翼が発射されると同時に、ガルトの右腕が宙を舞った。最後の一撃を放とうとしたクララだったが、しかし彼女はそれを放たなかった。
背後に気配を感じたからだ。
気が付くと、足元には以前破壊した術式の陣が再び展開されている。
しまった、と思ったクララは左下の翼を使い、背後から迫る敵を薙ぎ払おうとする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
左側から迫る翼は、あらかじめその起動で襲って来る事を予想していたかのように、その空間に置いてあったアーウェルの黒片手半剣と激突した。
「ぎ──ッ!」
歯を喰いしばるアーウェルの横で、ユアンはその手を限界まで伸ばす。
(後、少し……ッ)
残り三〇センチ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翼を止められた事を自覚したクララは、迎撃よりも回避を優先した。前方にいる利き腕を武器ごとなくした老人を突き飛ばし、背後にいる襲撃者との距離を取ると言う、かなり強引な方法で。
しかし、それは実行できなかった。
前方にいる老人が、腕と共に飛んでいこうとする大剣を左手で掴み取り、そのまま斬りかかってきたのだ。
「──ッ!」
クララは驚愕し、だが的確に対処しようとする。
両翼を一枚ずつ老人に向け、残った右翼の一枚を背後にいるもう一人に向ける。利き腕ではない老人はもう敵ではない。背後にいるもう一人の元力も小さい。
二人を一瞬で切り刻み、残る一人を惨殺する。
勝てる、とシクス=クララ=アーラは殲滅を確信した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ユアンは願う。
届け
届けっ
届けッ!
『六枚の光の翼』の陣まで後十五センチ。
だが、視界の隅で右側の翼が蠢いた。
翼がユアンの体を切り裂くのが先か、ユアンの手が陣に届くのが先か。
残り一〇センチ。だがそれより僅かに速く、翼が真横に振られた。
間に合わない。
直感したユアンだが、しかしその事実は諦めを生んでいなかった。その真逆。間に合わないものを絶対に間に合わせてみせる、と言う決して折れない不屈の精神を生んでいた。
(どんな障害が立ちはだかろうと、どんな力が行く手を阻もうと────)
そして、全力で腕を伸ばし、
たった一人の少女を助ける為に、
(俺が全部、まとめて突き破ってやるよ!!)
少年は腹のそこから叫びを上げる。
「止まれぇえええええええええええええええええええッ!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
突然、
光の翼が、一瞬止まった。
クララの表情は驚愕に色塗られ、その一瞬は全ての結果を変えてしまう。
ユアンの掌は少女の背中に触れていた。赤い光を放っていた『六枚の光の翼』の陣も、
バキン、と言う音を立ててその輝きを失った。
それに続くように光の翼が先端から空気の中に溶けていき、丸い光の輪も弾け飛び光の粉を撒き散らす。
「そ、んな……。なん、で……──、あんた、が……ぁ」
途切れ途切れのシクス=クララ=アーラの声は、すぐに消えた。
地面に上手く足を着いたユアンは、力なく地面に倒れこもうとするキャロルの体を支える。意識をなくしている彼女の顔は、まるで眠っているようだった。手足の傷は塞がっていて、他に目立った傷もない。
ほっと一安心したユアンは、
そのまま膝から崩れていった。
全ての緊張が切れ、押し込めていた疲労や痛みの大波に意識を呑まれてしまったのだ。
ユアンはキャロルを抱えながら倒れこんだ。その時には既に意識を失っていたのだが、それでも彼は自分と共に倒れこむ少女の体を守っていた。下に回りこむ形で。クッションとなるように。
そして何より、ユアン=バロウズは笑っていた。
笑っていながら、彼はもう動かない。
二人の上には、真っ白な雪が降り積もるように、光の粉が舞い降りる。