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アルス×マグス  作者: KIDAI
第四章 光の翼
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15 最後のチャンス

 ユアン=バロウズは地面の上を這い蹲りながら、その瞬間を目撃していた。

 シクス=クララ=アーラが、人を殺す瞬間を。


「て、めぇ……ッ」


 そして心の奥から沸き上がってきたものは、怒りだった。


「キャロルの、体で……、てめぇは、何してんだッ!」


 許せなかった。何の罪もない少女の体を自由勝手に使って、怒りのまま平気で人を消し飛ばす、その術式が。無駄に強力な術式を基盤にし、『半径五キロ圏内にいる人間の殲滅』などと言うふざけたプログラムを組み込み、その術式を少女の体に刻み付けた者達が。


 だが彼の叫びに気が付いた少女の反応は、彼とは正反対なものだった。


「あれ? 気付いてたんだ。じゃあ今の見てた? あはは♪ 肉片一つ残らずに消し飛んだよ。やっぱり面白いね、人間の体で遊ぶのって♪」


 笑いながら、楽しそうに彼女は言った。先ほどまであれほど怒っていたはずなのに、彼女はそんな事などなかったかのような態度を取っている。そんな彼女にユアンは余計に腹が立ち、今まで以上に感情を剥き出しにして叫んでいた。


「いい加減にしやがれ! それ以上キャロルの姿で、ふざけた事喋るんじゃねぇよ!」


 立ち上がれもしないのに、それでもユアンは怒りを吐き出す。自分と彼女の力の差を分かっていながら、彼は彼女に敵意を向ける。それに対して、少女の表情は徐々に剥れていく。


「もー誰に命令しているの? 翼で軽く叩いただけで、簡単に壊れちゃうような弱い存在のくせに。ほら、こんな感じにさ」


 クララがユアンに向かって細い右腕を突き出しすのと連動して、二枚の右翼の内一枚が相変わらずの驚異的な速度で発射された。


 だがそれはユアンの体を切り裂かなかった。彼自身が反応して回避した訳ではない。そもそもその一撃は人間が反応できる速度を超えている。実際ユアンは指先一つ動かす事ができなかった。

 光の翼が発射される数秒前に数メートル離れた所で倒れていたアーウェルが、咄嗟に『諸範囲移動オールレインジムーブ』を発動させユアンの元まで辿り着き、彼の体に触れて再び一瞬で移動したのだ。


「てめぇは何挑発してんだ!」


「……っ!?」


 状況が飲み込めていないユアンだったが、アーウェルに胸倉を掴まれて縦横に体を揺さぶられる事で、ようやく我に返える。状況を理解し始めたユアンだったが、その表情は次第に青ざめていき、


「……ダメだ、早く逃げねーと! 翼がまた──」


「今は大丈夫だ!」


 しかし興奮しているユアンの声は、アーウェルの怒声で遮られた。


「あの子の翼は襲ってこない! 安心しろ! 混乱するな! 冷静でいろ! 分かったな!」


 強引に胸倉を引っ張られながら揺さぶられ、連続で言葉を叩き付けられたユアンは首を縦に振った。

 突き飛ばすように胸倉を放され、ユアンが地面に尻餅をつく。

 そんな彼にアーウェルが、今度は落ち着いた声色で言った。


「今あの子は俺たちを見ていない。何故なら──」






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 何もなくなった空間を光の翼が切り裂いた。


「むぅ」


 攻撃を回避された事に頬を膨らませてふくれっつらになりながらも、クララは辺りを見渡して逃げた行き先を探し出そうとする。突き出された光の翼は既に元の位置に戻っていた。


 と、視界の隅に蠢くものが映り込んだ。

 左斜め前方。

 ガルト=ニコルソンが立ち上がり、こちらへ向かってきているのだ。


「あ、わたしの攻撃を受け止めたつよいおじいちゃんだ。生きてたんだ。よかったーって言いたいところだけど、もうお遊びはおしまい。これからわたしはプログラム通りに殲滅を開始しまーす!」


 シクス=クララ=アーラは標的を変更した。


「おじいちゃんはつよいから、先に殺しておくね♪」


 少女が左手をガルトに向ける。同時、左翼の二枚が大気を裂いて突き抜けた。一切の躊躇なく放たれた二枚の光の翼は、


 ガッ! と音を立ててガルトの白光する大剣に弾かれた。


「うそッ! なに今の動き」


 目にも止まらぬ速度で撃ち出された翼を、ガルトが目にも止まらぬ速度で大剣を振るい弾き返した。そしてその瞬間を、クララはその目で捉えていた。


「思った以上にやるね」


「悪いがお嬢ちゃん。ここからは本気で行かせてもらうからの。こう見えても昔はそこそこ名のある術者だったんでな、まだまだ生まれて十年ちょっとしか立っていない小娘などに、負ける訳にはいかんのじゃよ」


「あは♪ 安っぽいプライド。そんなつまらないものを掲げているおじいちゃんに一つ教えてあげるよ。知識や経験をいくら積もうと決して縮まることのない、ゼッタイの差ってものをね♪」






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 天使の化け物と老夫の怪物が衝突した。


「じいさんを囮に使っているから、か」


 ユアンはアーウェルを睨み付けた。

 彼の言っていた『今は大丈夫』『あの子の翼は襲ってこない』の意味は、ガルトがその役を代わりに受け負っているからだった。


「そんな睨むな。別にガルトさんを置いて逃げ帰る、なんて一言も言ってねぇだろうが」


「でも──ッ!」


「お前の言いたい事は分かる。だが今は我慢しろ。これはさっき俺とガルトさんで考えた作戦の一環、第一段階だ」


 ……作戦? と訝しげな視線を向けながら首を傾げたユアンに、アーウェルは一回頷き、


「なぁに、お前が言った『囮』ってのは間違っちゃいねぇ。ガルトさんにはこれからあの子の翼を全て相手取ってもらう」


「はぁ!? あんたそれ本気で言ってんのか!」


 今のガルトは負傷している上に先ほど自分たちを庇って、振り下ろされる翼を真正面から二枚も受け止めている。しかも突然起こった爆発で体力も更に削がれているはずだ。そんな状態であの翼を四枚も相手にするなど、誰がどう見ても自殺行為。結果は目に見えている。

 例え万全な状態だったとしても、ぶっちゃけガルトがシクス=クララ=アーラに勝てるとは思えない。それ程に、今の彼女は強大な相手なのだ。

 アーウェルにもそれは分かっているはずなのに、それでも彼は言う。


「本気も本気。ガルトさんが全ての翼を引き付けた隙に俺らが『諸範囲移動オールレインジムーブ』を使ってあの子の背後に回り込み、背中の陣に触れて術式を停止させる。幸い翼は一度破壊されると簡単には修復されねぇようだし、術式の逆算はあの子の翼を通して行われているみたいだ」


 逆算はされない。今が絶好のチャンスだとアーウェルは言った。


「これは最初で最後の攻めだ。今やらなきゃ俺達は殺される。いい加減覚悟を決めやがれ。ガルトさんの血と肉を無駄にすんじゃねぇ」


「……」


 時間はない。

 今はまだ二枚の翼で交戦しているクララも、そのうち残りの二枚も使って来るだろう。そしてガルトは四枚もの光の翼を絶対に相手取れない。二枚でもあれだけ劣勢なのだ。三枚でギリギリだとしたら、四枚目で首を跳ねられるか、致命的な一撃を受けてしまうだろう。


 だが逆にガルトは必ずクララに四枚の翼を使わせるだろう、とも思う。なぜそんな風に言い切れるのかは分からない。


(でも、そう思ってしまう自分がいる)


 信頼か。それともただの願望か。

 チャンスは一回。それも一瞬。

 それを逃したら自分達は殺される。守りたいと思った者に。


(割り切れ! じいさんが囮になってくれねーと、俺達は全滅だ!)


 生き残る為の、犠牲。


(……いいや、犠牲なんかじゃねえ)


 誰一人、欠けさせはしない。

 ユアンは誓い、同時にガルトを襲っているシクス=クララ=アーラの翼が、二枚から三枚に増加した。

 老人の頬が切り裂かれ、肩から血が滲み、口から苦悶が漏れる。

 拳を握り締め、ユアンはそれらから視線を反らさない。


「覚悟はできたようだな」


 そう言うと、アーウェルも共に待つ。最後のチャンスを。


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